米政府機関が培養肉の安全性に「異議なし」--量産化に向けた課題や日本が生かせる強みは? - (page 2)

熊谷伸栄 (アドライト:米国シリコンバレー/東京)2022年12月27日 09時30分

 こうしたシナリオを現実化させるには、さまざまな課題を克服していく必要がある。たとえば、以下が挙げられよう:

(1)主要各国の法整備の早期確立と後押しをする仕組みの構築

 日本国内でも2021年に発足した農水省主導による「フードテック官民協議会」をはじめ、官民及びアカデミアが連携して議論がなされているものの、具体的な指針が出るのはまだ先になりそうだ。一方で、世界の主要地域の代替タンパク食品に関する現状のガイドラインは先に示した図の通り。2022年11月に米FDAがUPSIDE Foodsへ安全性認可を下したことが「前例」となり、EUや日本でも果たして同様のケースが出始めるのかが、興味深い。

(2)潤沢な投資マネーが培養肉製造設備の開発資金等に流入

 米Crunchbaseによれば、世界の主な培養肉投資額は2022年には7億米ドル(約958億円)に到達する勢いだ。これはコロナ禍が起きた2020年から2倍以上の投資マネーが世界の培養肉開発に流入していることを意味する。

 ただし、2021年12月には、イスラエルの培養肉スタートアップであるFuture Meat Technologiesが347百万米ドル(約470億円)もの調達に成功しているが、彼らを含めて開発が一番先行するごく一部の培養肉スタートアップへの大型調達が総額の大半を占めているのも事実だ。大型戦略投資の主な担い手は、米の食肉大手Tyson Foods、穀物メジャーのADMやCargill、南米ブラジルの食肉加工大手JBSといった海外の大手企業である。

 2022年10月には細胞培養フォアグラを開発する仏Gourmeyも、創業わずか3年で総額48百万米ドル(約66億円)を集めた。同社は 調達資金を4万6000 平方フィートの製造ハブの開発に充てる予定らしい。今から約18カ月~24 か月以内の稼働実現を目指す。創業3年目の会社にこれほどの資金が集まるケースは、ほぼ日本ではなかろう。

 日本の企業では三菱商事がオランダのMosa MeatsへシリーズB投資をしたほか、いくつかの事例はあるものの、まだ全体的に件数はまだまだ少ない。

 マッキンゼーの予想「Cultivated Meat: Out of the lab, into the frying pan」(2021/6/16)によれば、地球上の食肉市場の1%を賄える仕組みを作るだけで何十億ドルもの資金が必要とされる。これからは、培養肉生産の社会実装の実現に向けて既存のインフラやノウハウの応用が期待される様々な産業界からの積極的な投資が求められる。業界の垣根を超えた事業共創が今後さらに求められそうだ。

(3)細胞培養に係る基礎技術のさらなる進展

 すでに多くの事例があるものの、一部を除いてまだ道半ばにある個々の細胞培養技術と発酵の作用、植物性代替タンパク源活用のハイブリッドが少なくない。われわれが米国で日頃から接する培養肉スタートアップでも、メディアでは大々的に取り上げているものでも現実にはまだ部分的な開発しか行き届いていないケースは少なくないのが実情だ。細胞培養培地、スキャフォールド、細胞株といった部分でより安価な方法が求められる。

(4)生産設備の構築

(2)と重なるが、培養タンパク食品の大型生産設備を実装するためには、たくさんの資金を集められるごく一部の培養肉スタートアップを除き、おそらく既存の産業界とこうしたスタートアップとの共創でしか実現し得ないと思われる。経済的にも多額のお金がかかる上、スタートアップだけでは実に荷が重すぎるからだ。現に、すでに日本でもインテグリカルチャーを中心に細胞農業のオープンイノベーションプラットフォーム「CulNetコンソーシアム」を発足している。

 2022年9月には、米国でProlific Machinesという米国サンフランシスコのスタートアップが登場したが、同社はフォード自動車の自動車製造アセンブリーのノウハウを応用させた「“ヘンリー・フォード式”細胞培養製造技術」を実現できるという。同社は2020年に設立されたばかりだが、すでに4200万米ドル(約57億円)をちょうど1年前に集めており、2023年には「225億円近いシリーズB投資を控えている」とのことで、こうした製造インフラを手掛けるスタートアップもこれから少しづつ数が増え始め、彼らの一部に対しては大型な投資資金が集まって行きそうな気配だ。

 このように、培養肉の社会実装を実現させるには、再生医療やバイオ、プラント・エンジニアリング、自動車産業からの技術的な応用がますます期待できるのかもしれない。

(5)消費者の反応

 最も肝心な部分だが、私たちのような一般消費者が、果たして「培養されたお肉」を受け入れるか否か。

 CE Delfによれば、現在細胞培養肉を開発するために必要な諸費用は、製造手法によって差異はあるものの、1kgあたり116ドルから2万2423ドル(約1万6000円から300万円)と試算される。これを2030年には5.66ドルから17ドル(約770円~2300円)にまで下げられるだろうと予想する。果たして、あと8年前後でこれほどまでのコストダウンが実現するのか、期待はしたいものの、ハードルは決して低くはなさそうだ。

 中でも細胞培養食品の開発で一番コストがかかる部分が、成長因子(Growth Media)と言われている。米GFIレポート「An Analysis of culture medium cost and production volumes for cultivated meat」や、欧米の培養肉開発関係者を通じて伝わってくる情報によれば、成長因子は製品に占める比重はわずか1%程度にもかかわらず、開発総費用に占める割合は99%近いとされている。

 従って、これから培養食品の量産システムを実現させるには成長因子をいかに安価に収められるかが一つのカギを握りそうだ。既に一部の国内外で研究成果が発表されている。たとえば、世界で初めて培養肉バーガーを2013年に発表したことで知られるオランダのMosa Meatsは、2021年5月14日、脂肪分の培地コストを従来比65%にまで削減することに成功したことを発表している。こうした事例は、これから着実に増えていくであろう。

注記:米GFIの資料から引用し、一部筆者が公開情報を基に加筆修正
注記:米GFIの資料から引用し、一部筆者が公開情報を基に加筆修正

日本企業が生かせる強みとは?

 日本企業の強みは多岐にわたるが、培養肉周辺では、たとえば以下の強みが生きてくるのではないか。

・食品素材の知恵……旨味成分が「UMAMI」として世界中で定着したように、日本には食の基礎素材を開発してきた知恵がある。この智慧を培養肉の食としての品質を細やかに高められる役割(食感、風味)に活かせる可能性は十分ありそうだ。

・精微な製造技術……日本といえば、「日本刀」を創り上げた匠の技のように、「精微な加工技術」が製造業の世界でも強みとされてきたのではないか。半導体製造こうした「組み立てる技術」や、効率的な製造インフラを作り上げる力を、培養肉の製造技術に活かされる素地はありそうだ。

 日本でもここ数年の間に培養肉の開発に取り組む大手企業に限らず、スタートアップの事例も徐々に出始めている。たとえば、大阪大学と島津製作所は3Dバイオプリントを応用した培養肉の自動生産装置の開発で共同研究契約も締結したと発表している。2025年の大阪万博開催時期までに、3Dバイオプリント技術を活用した「培養肉」の展示を目指すとのことだ。

 一方、製薬業界で製薬工場の役割を担ってきた日揮は、培養肉を手掛ける子会社のオルガノイドファームを2022年に設立している。このように日本のプラント・エンジニアリング企業が、自社で長年本業で成功裏に培ってきた「製造業のノウハウ」を、培養肉の大型製造システムの社会実装化に一躍を担うことができそうだ。

 培養肉の普及を実現させるには、私達のタンパクとしての付加価値を上げることと、地球上の人々に行き渡るような量産体制の社会実装化が完成されない限り、かつて2000年代後半に見事にこけた世界的なクリーンテック投資の失敗の二の舞に終わりかねない。発酵をはじめ、食文化の智慧に富み、かつ世界のGDP第三位にまで日本を押し上げてきた日本の製造業が誇るノウハウへの期待は高まっている。

【本稿は、イノベーション共創を手掛けるアドライト(東京都千代田区 代表取締役 木村忠昭)のパートナーである熊谷伸栄氏の企画、制作でお届けしています】

【アドライトについて】日欧米オープンイノベーションによる新規事業創出や社内ベンチャー制度構築、イノベーター人材育成等、事業化の知見や国内外ベンチャーのネットワークを活かした事業創造支援を展開。事業会社だけでなく、国の行政機関や主要自治体とも連携し、革新的な未来を共創することを目指している(https://www.addlight.co.jp/)。

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