インターネットの進化と共に、SNSやYouTube、TikTok、Instagramなど、人々のクリエイティブの表現の幅は広がりをみせています。小中学生の人気の職業にはYouTuberがランクインするなど話題になっていますが、Web3は、インターネットで活躍するクリエイターがより輝くための仕組みでもあると考えられています。
今回は、DeNAが愛媛県と共同で行っているNFTの事例を通じて、クリエイターエコノミーに加え、DAOという新しい組織体系にもスポットを当てて、ご説明したいと思います。
2022年5月にTechCrunch日本版の閉鎖が発表されたことは、大変ショックな出来事でした。TechCrunchはマイケルアーリントン氏によって創業されたブログメディアであり、彼自身は個人ブログから、IT業界のメディアにまで成長させた伝説のブロガーです。近年では、Web3関連のプロジェクトへ投資を行っていることでも知られています。学生時代、今ほど翻訳ソフトが便利ではなかった為、TechCrunchの翻訳された技術記事は重要な情報源でした。また、アーリントン氏のように自分のブログもいつの日かメディアになるかもしれないと、技術記事の執筆に勤しんでいたことを懐かしく思い出しますが、かつて、ブログは個人にとって貴重な表現の場でした。それが今では、技術の進歩により、テキストだけではなく、イラストやCG、また動画配信など、表現の幅は大きく広がっています。
最近、iPhoneアプリの「Canva」で広告を作りましたが(当記事に記載されている愛媛のNFTプロモーション画像)、通勤電車の中で作り上げたとは思えないような出来栄えです。かつて、WordPressやShopifyはマークアップを必要とせず、手軽に綺麗なページが作れるようになりましたけど、同じような体験ともいえます。将来、ハリウッド級の映画も、スマホひとつで作ることができるのではないかとすら思いますし、既にiPhone 13 Pro以降でApple ProResによりポストプロダクションなど映画撮影と同品質の撮影が可能になっているそうです。このように、商業的な創作活動と個人の活動の幅は徐々に狭まってきている現状があります。
「一億総クリエイターの時代」とも言われる現代において、コンテンツやIPを生み出すことを商業的な営みとして行う「企業」にとっては、一層の工夫が必要となりました。そのようななか、クリエイターと多くのファンを結びつけることでコンテンツを成長させていく「プロセスエコノミー」や「クリエイターエコノミー」といわれる手法が注目されています。「プロセスエコノミー、あなたの物語が価値になる(幻冬舎)」においては、K-POP業界、BTSは、YoutubeやTikTokなどでファンが彼らの曲のダンス動画をアップロードするセカンドクリエイターの巻き込みによって巨大市場へと成長したという経緯が書かれています。個人が手軽に創作活動ができるようになった今、さまざまなインフルエンサーやクリエイターを巻き込み、知名度向上へ繋げる手法は、理にかなった方法でもあります。
DeNAにも「Pococha(ポコチャ)」というライブ配信PFのサービスがあります。このアプリは、多くの一般の方が配信をしており、その中でも地域ごとに地元のライバーさんが主体となって、地元のあるあるトークを楽しむなど、広い意味でのクリエイターエコノミーの世界観を併せ持っています。近年では、AIの進化も凄まじく、コンピューターが描くハイレベルなイラストには目を見張るものがありますが、多くのコンテンツが溢れる現代においても、ものを作り出す過程(プロセス)はコピーすることができず、産みの苦しみを乗り越え、素晴らしい作品を生産する、その過程そのものに多くの共感が得られるということは、理解できるような気がします。
この12月に、DeNAは愛媛県、デジタルハリウッドSTUDIO松山と共同で、クリエイターエコノミーをテーマとしたNFTの実証実験を行います。愛媛県には、街を歩くといたるところで目にする、かわいらしいゆるキャラ「みきゃん」というキャラクターがいます。実証実験では、愛媛と関わりのある多くのクリエイターを集い、みきゃんの二次創作NFTをつくることに挑戦しています。
自治体が主体となって、さまざまなクリエイターや民間企業と協力し、ゆるキャラの二次創作NFTを配布する施策は全国でも珍しい試みではないかと思っています。
愛媛のキャラクターである「みきゃん」は、元々無料で利用できましたが、都度、自治体の許可が必要であったため、個人の方が利用する事例は多くありませんでした。今回は、審査などによる手戻りを防ぐために、下絵の段階でチェックを行うように、自治体がクリエイターをサポートする体勢を整えたことにより、作品の応募に繋がりました。
2017年に登場したNFTゲームの元祖ともいわれるCryptoKittiesでは、キャラクターの相互運用のために、レギュレーションが考案されています。クリエイターやファンがどう関わることができるのか、ルールの整備やフォローを行うことは重要です。
多くの人の関わりによってコンテンツは、熱量のあるコミュニティと一緒に、成長していきます。私も愛媛県庁を訪れ、みきゃん副知事室という部屋から、説明会を行いました。
みきゃん副知事室から、愛媛にゆかりのあるクリエイターの募集を行いました
また、「官民共創デジタルプラットフォーム エールラボえひめ」のなかで、クリエイターを募集しました。今後、集まったイラストはNFTとして、12月の中旬頃から、せとうち旬彩館(東京)、えひめ愛顔の観光物産館(愛媛)、愛媛県庁(愛媛) などの場所で、QRコードなどを通じて無料配布する予定になっています。NFTの配布自体は無料ですが、保有しているNFTについては、OpenSeaなどのマーケットによる二次流通が可能であるため、それらの売り上げのロイヤリティついては、クリエイターに還元できる仕組みの検討や模索なども行っています。
また、プロジェクトの意思決定について、後述するDAO(分散型自律組織)の活用を考えています。「たてヨコ愛媛」の協力で、コミュニティのDiscordを使い、どのデザインをどの場所で配布するのかなどのテーマについてディスカッションを行い、投票による意思決定を行います。MetaMaskなどNFTを管理するためのWalletやOpenSeaなど、マーケットでの販売についてもNFTを使ったことがない方にはハードルが高いため、NFTの配布に合わせて、コミュニティ内の勉強会などの開催も予定していますが、最初はシンプルにNFTを配布するだけの企画が、クリエイターの参加やコミュニティの巻き込みなど、徐々に広がっている状況があり、今後どのようになっていくのかとても楽しみです。
なぜ、DeNAが愛媛県という自治体と一緒にNFTを製作するのだろうと思われるかもしれませんが、旧山古志村のNFTを通じたデジタル村民による関係人口の創出事例などをはじめ、NFTやDAOは地方創生と大きく結びつくテーマです。リアルな土地だけではなく、メタバースに住む人が増えていくことすら予想される現代で、既に個々のアイデンティティは、ひとつの組織や土地に帰属するものではなくなっている現状があります。さまざまな人が入り混じり、関わり合い、何かを生み出していく過程がいま、Web3に期待されています。愛媛県とDeNAが作り出そうとしてる世界観もまさにそのようなものです。
映画や音楽、ゲームなどは、シナリオ、音楽、デザイン、キャラクターなどさまざまなクリエイティブの集合体でもあり、一人のアウトプットによって成立しているものの方が少ないと思います。その組織として、新たな組織形態である「DAO」(Decentralized Autonomous Organization)が注目を集めています。DAOは、日本語にすると「分散型自律組織」と表現されます。デジタル庁も、Web3.0研究会にて独自のDAOを設立する方針を明らかにしたことがニュースで報じられました。
これまでも、クラウドファンディングなどをはじめとして、創作活動における最適な人との関わりへの方法は模索されてきました。DAOと、既存のサービスとの大きな違いは、DAOのAはautonomus(自律的)で、特定の管理者が存在しなくても、事業やプロジェクトを推進していくことができる組織」であることです。
DAOでは、リーダーをたてる代わりにGovernor(ガバナー)といわれるプログラムを作成します。プログラムで作られたリーダーはロボットのようなものですが、指定するパラメーターによって、即決で導くリーダー、多くの人に意見を聞いた上でじっくり実行に移すリーダーなど、様々な性格を表現することができます。人間とは違い、感情によって意思決定が左右されることはありませんし、不正も行いません。さまざまな意思決定について、透明性を担保することができるため、参加者の安心に繋がります。
もともとコンピューターが進化していく過程において、このような思想自体は、1996年にJohn Perry Barlow氏の「サイバースペース独立宣言」で語られていたものの、技術的な課題によって実現されませんでした。その課題の一つは、多重人格障害によって多数のアイデンティティを抱えた人物が登場する1970年代の映画になぞらえて「シビル攻撃」と呼ばれるものです。100人で決めているようにみせかけ、実は1人が100アカウントを制御している可能性を排除できず、真に分散的な仕組みを作ることができませんでした。サトシ・ナカモトが開発したナカモトコンセンサスをきっかけとして、不特定多数の参加者を前提とした分散型組織の構築が現実的なものとなりました。
「22世紀の民主主義(SB新書)」のなかでは、民意の吸い上げ方についてとんぼの眼(Dragonfly Eyes)という監視カメラを切り張りした映像をもとにつくられた映画や、オンライン会議における発言回数などを可視化するツールなどを事例にしながら、映像やセンサー類によって民意を吸い上げるアイデアが書かれています。AIなどの活用も含め、デジタル技術との親和性がよいという点も、DAOを使う理由になるかもしれません。
一方で、ワイオミング州の「DAO法」などが話題になっていますが、現在の日本においては、DAOなどの法的な整理が不透明な状況があります。しかしながら、トークンに金銭的な価値を持たせないような工夫などを行うことで、実験的にコミュニティを立ち上げることは簡単にできます。私がブロックチェーンに関わり始めた頃、少量のEthereumによって、自分だけの「オリジナルコイン」を作る勉強会がよく行われていました。仮想通貨に混ざって、作成したコインがWalletで管理できる経験は、驚きと感動に満ちたものでしたが、DAOもオリジナルコインと同様に、ツールを使うことで、簡単に立ち上げることが可能となっています。最近、私は勉強会などで、Tallyといわれるツールを使っていますが、Governorとよばれる管理者の作成、プロポーザルの提出から投票に至る一連の流れを体験することはDAOの理解にも繋がりますので一度体験してみるのも良いのではないでしょうか。
Ethereum創業者のヴィタリック・ブテリン氏のブログや、オードリータン氏の自著にも紹介されているなど、Web3に関係する人々に支持されている「ラディカル・マーケット 脱・私有財産の世紀(東洋経済新報社)」という書籍があります。著者のE・グレン・ワイル氏は、ヴィタリック氏と共著で「Decentralized Society: Finding Web3’s Soul」という論文を提出したことでも知られています。
ラディカル・マーケット は、市場を通した資源の配分が十分に働くようになる制度を目指したもので、競争的でオープンな市場をつくることによって格差を減らすことを目的としています。この書籍の中で、通常の民主主義で使われている伝統的な一人一票の投票に対して、物事を決めるために「二次の投票」(Quadratic Voting)という手法が紹介されています。
学校や会社の決め事で、多数決で選ぶ場合、なんとなく1票を投じたという経験はないでしょうか?QV(Quadratic Voting)では、自分にとってそれほど大事ではない問題に対して、公使する権利を手放す代わりにその票を「ボイスクレジット」という形で溜めることを可能とし、それを使う場合の影響は二次関数に従うというものです。たとえば、1ボイスクレジットでは1票、4ボイスクレジットでは2票の影響力を与えることができます。
書籍では、父を熊に殺された子供が、40年近く票を溜め続け、他の有権者と共に猟銃の個人所有を認める法案を通したという架空の話が掲載されていますが、マジョリティの興味が薄いテーマに関して、マイノリティがQVを利用することで、これまで難しかった意思決定を可能にする期待があります。このことを、物づくりとして言い換えるならば、これまで「ボツ」とされ、世に出ることのなかった個性的なプロダクトが採用され、一定の資金を得ることで世に出るチャンスがあることを意味します。意思決定の仕組みはいろいろとありますが、このような蓄積されたノウハウをDAOの作成時に簡単に選択肢として組み込むことができる点もメリットであると思います。
先日、「WIRED」日本版が主催するWIRED CONFERENCE 2022のなかで、「BUILDING THE NEW COMMONS 誰のためのWeb3?「公共」と「コモンズ」を豊かにするブロックチェーンを体験し、実装せよ!」というワークショップに参加してきました。そのワークショップでは、私の生まれ故郷でもある佐賀県でDAOの研究を行っている落合渉悟氏と、次世代の民主主義やガヴァナンスの仕組みを学ぶという内容でした。人口、環境、インフラ、情報空間といったさまざまな議題について、チームに分かれ、どのような解決策があるか議論を行いました。ワークショップの最後に、あるテーマにおいて一人一票の投票、二次の投票(QV)、熟議という3種類の方法で投票を行いましたが、結果、熟議という手法では、他の投票よりも大きく結果が変わることを体験しました。まったく同じ提案内容と投票者でも、決定方法によって大きく結果に差が出るということを目の当たりにしました。
経産相の提言するアジャイル・ガバナンスでも、ステークホルダー間の水平的な関係を重視したガバナンスモデルが語られていますが、新時代に求められる合意形成の仕組みはこれからのイノベーションには必要不可欠なものです。選挙の内容や、集まる人によって、どの手段で選ぶかという最適解は異なるため、どうすれば、人々が豊かになるかは、繰り返し検証し続けていく必要があります。DAOの場合は、意思決定のプロセスがすべてブロックチェーンに刻まれているため、多くのデータは第三者が分析や検証が可能である点は大きなメリットとなります。全世界の意思決定のプロセスと結果がパブリックに、改竄されることなく蓄積されていることは、地球規模で人々が幸福になるためのノウハウが集められていると捉えると、なんだかワクワクしてきます。
日々、物づくりに関わる人にお勧めする「SIROBAKO」というアニメがあります。アニメーション制作会社に就職した主人公が、制作進行として携わり、次々とトラブルが発生するなかで奔走するという内容は、アニメ業界だけではなくさまざまな種類の物づくりを行う人たちには共感できる内容ではないかと思います。
SIROBAKOでも描かれていますが、物づくりにおける大変さは、そのステークホルダーとよばれる利害関係者間の調整コストが大きく占めます。時に、その旗振り役には板挟みにあうことで、精神的に大きな負担が強いられるケースが往々にしてあります。こういった役目の一部を、システムが補えるとしたら、人間関係の衝突や悩みを減らし、健全に創作活動を推進することにつながるかもしれません。
先にワークショップの話題でご紹介した、落合渉悟氏の書籍、「僕たちはメタ国家で暮らすことに決めた(フォレスト出版)」という書籍の中では、AlgaというDAOを使うことで、PTAや町内会、マンション管理理事会、小さな自治体など、幅広い組織における意思決定の仕組みに使うことができると書かれています。彼はAlgaを自分で増えることができるミドリムシに例えていますが、PTAなどの身近な組織で利用することでDAOを実感できれば、今度はその人たちが主体となって、行政や国という大きな組織で使うことになると予想しており、まずは、日々の小さなプロジェクトでDAOを試すことは、第一歩であるように思います。
全国的に過疎化が進み、限界集落が増え、2040年には日本の自治体の半数が消滅する可能性があるとも言われており、ワーケーション、人材交流、ふるさと納税、特産品の開発など、さまざまな試みによって関係人口を作ろうとする動きがあります。今回、ご紹介した、みきゃんのNFTは地元のクリエイターが、自ら二次創作のアート作品を生み出し、愛媛県内外のエンゲージメントを高め、ファンはDAOのコミュニティによって熱量を高め、繋がることが期待されます。
このような小さなうねりは、最初は小さいものであるかもしれませんが、徐々に広がり、多くの人の想像力を掻き立てるでしょう。そして、日本中に広がり、日本という国、そして世界を変えていく様子はまさに、ボトムアップな自律分散型の動きそのものでもあり、Web3が目指す未来でもあるような気がします。
緒方文俊
株式会社ディー・エヌ・エー 技術統括部技術開発室
2012年から株式会社ディー・エヌ・エーでMobageのシステム開発、リアルタイムHTML5ゲームタイトル開発、Cocos2d-xやUnityによる新規ゲームタイトル開発、ゲーム実況動画配信アプリの開発などサーバーサイドからクライアントまで幅広くエンジニアとして経験。2017年、フィンテック関連の事業開発をきっかけにブロックチェーンによるシステム開発をスタート。現在は、同社の技術開発室で、ブロックチェーン技術に関する研究開発、個人として外部顧問などの活動を行いながら、エンジニア目線での、日本におけるWeb3やブロックチェーン技術の普及・促進活動を行っている。「エンジニアがみるブロックチェーンの分散化と自動化の未来」を定期的に執筆中。
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