日本地図で九州を見ると、三方に大きな島があるのがわかるだろう。北には対馬や壱岐島、南には種子島や屋久島。そして西にあるのが五島列島だ。筆者は2022年11月8~11日、五島列島の福江島にワーケーションを目的に滞在した。今回は、この島におけるワーケーションの模様をご紹介しよう。
なお、今回の五島訪問は、観光庁の「『ワーケーション推進事業』企業と地域によるモデル実証事業」に対し、CNET Japanを運営する朝日インタラクティブと五島列島観光コンベンションビューローが共同で提案し、これが採択され実現したものだ。
五島列島は、長崎県の西に連なる島々だ。「上五島」に分類される中通島や、今回訪問した、「下五島」に分類される福江島など、大小152の島の集合体となっている。島々には、かつての隠れキリシタンに由来する教会が点在することが知られている。さらに歴史を紐解くと、列島最大の島でもある福江島には、かつての「遣唐使」が国内最後の寄港地として選んでいたという。加えて、現在では2022年9月開始のNHK連続テレビ小説「舞いあがれ!」の舞台にも選ばれ、ますます知名度が上がっている。
福江島へのアクセスは、福岡空港や長崎空港から飛行機で30~40分ほど。もちろん島なので船での訪問も可能で、長崎から高速船を使えば2時間程度で到着する。
そんな福江島への訪問に際し、筆者が選んだのは、飛行機でも高速船でもなく、夜行フェリーだ。博多港を24時前に出港する「フェリー太古」で、福江港には翌8時頃に到着する。関東から訪問する際、羽田空港を夕方に飛び立っても乗船できるダイヤが魅力で、実際筆者は夕方に退勤してから羽田空港へ移動し、フェリーに乗船した。
なお、夜行フェリーの乗船時に気になるのが風呂やシャワーの問題だが、心配は無用。博多港のフェリーターミナル前に温泉施設があるので、乗船前に汗を流すことができる。筆者は利用していないが、フェリーの船内にもシャワールームが備え付けられているという。
フェリーの等級は、いわゆる雑魚寝である「スタンダード」から、相部屋ながらロールカーテンでベッドが仕切られる「グリーン寝台」、ホテルと同等の「スイート」などがある。筆者が利用したのは「ツイン」。カーペット敷きの個室に布団を敷いてくつろげる部屋だ。定員は2人となっているが、追加料金を支払えば1人でも利用可能。それでいて、福岡~五島福江間の航空便よりも安いのだから魅力的だ。
ワーケーションの効率面でのフェリー利用は、先述したとおり時間の有効利用が可能なことだが、いち利用者としても、夜行フェリーは魅力的だ。乗り物に乗り、布団で眠り、目を覚ました時に見える美しい朝焼け。かつて日本全国を走り回っていた夜行列車のような旅情が味わえるのだ。もちろん一瞬で到着する飛行機も便利なのだが(筆者も帰路は飛行機を利用した)、あえて時間を掛ける移動も、旅好きにとっては魅力的だろう。
続いては、現地で体験したアクティビティについて紹介しよう。
福江島のシンボルと言える鬼岳は、標高315mと小柄な山。市街地からは車で15分ほどで到着する。このようにアクセスしやすい山だが、登ってしまうと市街地の明かりはそれほど気にならない。つまり、星空観測に適しているのだ。
筆者が訪問した日は、偶然にも皆既月食の日だった。鬼岳の展望台へ登り、数年に一度の天体ショーを鑑賞。完全に月が影に隠れると、月の明かりに妨げられていた天の川や星座たちがくっきりと姿を現すという、壮大な光景を体験した。また、この鬼岳などでは、星空のガイドツアーも開催されている。ガイドによる星座のエピソードを聞けば、より星空への理解度が深まるだろう。
また、島といえば海は欠かせない。海のアクティビティといえば、やはり釣りだろう。筆者は釣り初体験の身ながら、業務前の早朝に漁船へ乗り、沖合へと繰り出した。残念ながら、筆者や同行者は戦果ゼロだったものの、船長がカンパチやシビ(小柄なマグロ)を見事釣り上げた。
釣った(というよりは釣ってもらった、だが)魚は、その日の夜に刺身などとして食した。シビは、魚の見た目は小さなマグロなのだが、刺身にすると、一般的なマグロよりも色が薄い。口に運んでみても、マグロよりもあっさりとした食感なのだ。このような新鮮な魚の刺身を、業務終了後に食べることができるのも、島のワーケーションの醍醐味だろう。
他のグルメも紹介しよう。五島の名物といえば、「五島うどん」だ。うどん生地を引き延ばす際、島特産の椿油を塗っているといい、細麺ながらコシのある触感が特徴だ。また、「地獄炊き」という伝統的な食べ方もあり、一つの大鍋から肩たたき棒のような棒でうどんを個々に取り分けて食べる。
市街地にある焼肉屋「喜楽」へも訪問した。この店で提供している牛肉は「五島牛」。やわらかい触感が特徴的な肉だ。周りを海に囲まれた島では、塩分を含んだ潮風が吹き寄せる。結果、牧場の草はミネラルが豊富となり、これを食べた子牛の肉質も良くなるのだそうだ。松阪牛のようないわゆる「三大和牛」ほどの知名度は無いが、関係者には高い評価を得ているらしく、子牛の状態で三重県など他県へ出荷され、現地のブランド牛として育てられる例もあるという。
その他、暇を見つけては車で島内を巡ってみた。市街地は意外と交通量が多いのだが、少し郊外へ行けば、島らしい風景が迎えてくれる。福江港の海は首都圏とは比較にならないほど綺麗なのだが、他の港町や入江へ足を運べば、さらに透き通った海が見られるだろう。
また、福江港では、風力発電装置の製造現場を見ることができた。五島市沖では、「浮体式」の洋上風力発電設備の建設事業が進められており、現地でこの発電装置が製造されているのだ。
洋上風力発電は、海底に基礎を固定する「着床式」と、発電装置自体の浮力で装置を船のように浮かべ、ケーブルで海底に固定する浮体式の、二つの方式がある。これまでは着床式が一般的で、五島市沖で建設が進む浮体式は、国内では初の導入事例になるという。福江港で製造した装置は、特殊な船で沖合へ輸送した後、洋上へ降ろし組み立てる。2022年現在は、本事業より前に建設された1基が運転中だが、最終的にはさらに8基の風車が沖合に並ぶという。
ここまでアクティビティを紹介してきたが、では仕事の方はどうなのか。福江島を管轄する五島市では、官民ともにワーケーションやリモートワークの受け入れに積極的。結果、自宅でのリモートワークと遜色ない環境での業務が可能だった。
宿泊および仕事場所として利用したのは、福江の市街地にある「セレンディップホテル五島」。2019年に旧来のホテルを改装し開業したというホテルで、1階にはカフェを兼ねたコワーキングスペースが設けられている。Wi-Fiも完備されており、宿泊客の利用は無料。宿泊者以外でも、ドリンクの注文で利用できる。
筆者の仕事は記者なので、PCとネット環境さえあれば、どこでも仕事が可能だ。これまでにも、CNET Japanや、同じ朝日インタラクティブ運営の媒体「鉄道コム」の出張取材で、オフィスや自宅ではない場所で記事を執筆した経験も多々ある。正直なところ、仕事自体の目新しさは無かったのだが、その分特に心配もなく作業が進められた。たまたまワーケーション中に会議が設定されていなかったのも大きいだろう。
しかし、同じ朝日インタラクティブの社員である筆者の同行者たちは、そうもいかなかったようだ。彼らは、ワーケーション期間中にも会議が一日中設定されていた日があった。ホテルのコワーキングスペースには、完全に周囲と仕切ることができる設備がなく、声を出すのははばかられる。ホテル内には貸会議室があり、また連泊のために部屋での仕事も可能だったため、会議参加時はこちらも活用したようだ。ワーケーションをする際には、事務仕事のような内容のみであればどこでも作業可能だが、会議参加時には場所をあらかじめ検討しておく必要があるかもしれない。
ところで、ホテルのコワーキングスペースを利用した印象だが、見たところ、宿泊者と思われる利用者よりも、どうも島民と思われる利用者の方が多いようだ。彼らは生まれも育ちも五島列島なのかといえば、どうも違うらしい。たとえば、後に別のバーで知り合った人物に話を聞くと、島外から移住して、現在はアフェリエイトで収入を得ているとのこと。業務内容はともかく、福江島にはこのように島外から移住する人が多いのだという。
福江市街には、ローソンやマツモトキヨシ、ダイソー、セルフのガソリンスタンドと、他の都市部にもあるような店舗が並ぶ。マクドナルドやスターバックスのような飲食品チェーン店こそ無いものの、本土の都市部と比較しても買い物で困る場面は少なそうだ。それでいて、一歩市街地の外へ踏み出すと、「島」のイメージに違わない、豊かな自然が出迎えてくれるのだ。そして、地元の人々も温かい。そんな島に魅力を感じ、年間約200人もの人々が、五島市へ移住しているのだという。
実は筆者は、過去に一度福江島を日帰り訪問したことがある。しかし今回のワーケーションは、プライベートの旅行ではなく、現地で滞在しつつ普段の仕事をすることになる。正直なところ、訪問前は不安もあったのだが、これは杞憂に終わった。体験したプログラムはもちろんなのだが、それを除いても、風光明媚な島内を巡る楽しさが大きなウェイトを占めたのだ。
「楽しかった」という感想は単純に過ぎるのだが、ワーケーション訪問者のこの印象は、かなり大きい意味を持つだろう。訪問する側は現地での体験や息抜きといった要素を求めているのだが、訪問される側としては、来訪者の増加によって、地元経済の活性化といったメリットがある。来訪者と現地住民の交流によるイノベーションも生まれるかもしれない。さらには、訪問先の魅力に惹かれ、最終的に移住する人も出てくるだろう。移住とまではいかなくとも、リピーターの獲得に繋がれば大きな効果が生まれる。「また行きたい」と思わせる訪問こそ、ワーケーションの誘致に取り組む自治体が目指すものではないだろうか。
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