共同通信によれば、東日本旅客鉄道(JR東日本)はQRコードで通過できる新型の自動改札機を2024年春にも実用化する方針を固めたという。新幹線や在来線の駅への設置工事を年内にも開始し、2024年春から首都圏以外の地域で順次利用可能にする計画だ。
JR東日本は2020年9月に東京都内の新宿駅と高輪ゲートウェイ駅の2カ所でQRコード読み取り機を備えた新型改札機のプロトタイプの実証実験を行っており、報道内容が事実であれば、本格運用に向けて動き出したことになる。
鉄道駅でのQRコード改札についてはさまざまな意見があるが、共同通信の記事でも触れられているように、JR東日本の最大の狙いは磁気切符の段階的な廃止によるコスト削減にある。磁気切符はそれを処理する自動改札機のメインテナンスを含むコストと、さらに塗料が付いた磁気切符が利用された後の処理コストの2つが大きな問題となる。
主要エリアでのSuica導入が一段落した2000年代後半以降、JR東日本の営業エリアにおける自動改札機の導入数は横ばいで、近年ではむしろ減少傾向にさえある。理由としては機械駆動部のメインテナンスにまつわるコストの削減が大きく、究極的には磁気切符のQRコードへの置き換えでこれらコストを一気に圧縮するのが狙いとなる。
本稿ではSuicaの現状も含め、技術面も絡めたQRコードのメリットとデメリットを考察したい。
この手の話題が出ると毎回「なぜSuicaをQRコードのような退化した技術で置き換えるのか」というコメントが出てくるが、今回については2つを分けて議論した方がいい。
現在、大手鉄道会社にも広がりつつある「クレジットカードの“タッチ決済”に対応した改札機」など、周辺環境の変化を置いておいても、JR東日本はSuicaをその戦略の中心に置いていることには変わりない。来年2023年にはJR西日本が「モバイルICOCA」をリリースする計画であり、少なくとも首都圏とJR西日本の営業エリアにおいてSuicaをはじめとした交通系ICカードは今後もしばらくは利用が続く。
今回の話題はSuicaとは別の「新幹線と在来線における“磁気切符”の扱い」であり、Suicaの対応エリアの云々の話ではなく、「首都圏と地方都市の両方で利用されている磁気切符を段階的にQRコードで置き換える」ことをJR東日本が方針として固めたという話だ。
実際、磁気切符はいまだ広く利用されており、特に新幹線や特急列車を利用した中長距離移動では、普段はSuicaのような交通系ICカードを利用しているユーザーであっても磁気切符で改札を通過することがあるだろう。東海道・山陽・九州新幹線のように新幹線の改札をSuicaなどの交通系ICカードで通過できるサービスも存在するが、日々駅の改札機を観察していると、回数券などを含め磁気切符で改札を通過する利用者が少なからず存在することが分かる。
交通系ICカードの弱点として、「(同じ鉄道会社であっても)異なる営業エリアをまたいだ改札通過ができない」ことが挙げられるが、磁気切符はこうした制限もなく便利だ。ただ、コスト面の問題から磁気切符の廃止が視野に入っていることもあり、交通系ICカードではない代替手段としての「QRコード」が登場することになった。
磁気切符の廃止にあたり、JR東日本のみならず日本全国のJR各社、そして相互乗り入れを行っている各私鉄との連絡切符も段階的にQRコード対応へとシフトしていく必要がある。そのため、QRコード改札の導入後も磁気切符利用はまだしばらくの間は続くことになり、特に通過人員の多い主要都市や首都圏の改札では当面の間、磁気切符改札は残ることになるとみられる。一方で通過人員の少ない駅では、例外処理として窓口での対応でカバーする形になると予想する。
ここまであえて「QRコード切符」という言葉を使わなかったが、QRコード改札で重要なのはあくまで「QRコード」であり、媒体を選ばない。従来通り、券売機で紙の“切符”に印刷しても構わないし、スマートフォンやタブレットの画面上に表示させても構わない。
また訪日外国人であれば、あらかじめ事前にQRコードを“プリントアウト”した“紙”を持ち込み、そのまま空港から在来線特急や新幹線へと乗り継ぐケースもあるだろう。これがQRコードで置き換えるメリットだ。
一方でデメリットというか、技術的課題がいくつかある。磁気切符を処理しないQRコード改札では“メカニカル”な駆動部がなくなることで改札機自体ならびにメインテナンスのコストが大幅に削減できるが、「QRコード」を適切に処理するための仕組みに工夫が必要になる。
1つは読み取り精度で、“タッチ”すれば確実に読み取りが行われる交通系ICカードに対し、印刷条件やスマートフォンの画面の輝度などによっては短時間で読み取れない可能性がある。リーダーから85mm離れた場所から読み取りを開始する交通系ICカード(Suica)に対し、実際にはQRコードは「それより離れた場所から読み取りを開始する」ため、条件さえ悪くなければ処理そのものは交通系ICカードより早く実行されることも多い。
ただ、離れすぎた場所から読み込むと改札を通過する人を上手く認識できなかったり、いくら早めのタイミングから読み込みを開始したとしても「QRコードが正しく読み取れる角度になっていない」「状態が悪い」といったケースで距離に関係なく読めない場合があり、そのときは改札が閉じて行列が詰まってしまう。慣れの問題もあるが、このあたりは交通系ICカードの改札と分離したり、いくらかの工夫が必要だろう。
もう1つは最大の課題として「改札処理のクラウド化」がQRコード改札では要求される。現行の「交通系ICカード」「磁気切符」ともにローカル処理を前提としており、交通系ICカードでは入出場を行った駅や残高(Stored Valueと呼ばれる)がカード内に記録され、磁気切符でも有効期限や出発駅、経路、入出場の情報が記録され、必要に応じて書き換えられる。つまり、自動改札の通過に必要な情報はすべてカードや磁気切符に記録されており、改札機はその情報の正誤だけをチェックし、必要に応じて情報の書き換えを行っている。
一方で、QRコードでは一度出力したコードは仕組み上書き換えができず(印刷物として出力済みのため)、最大の問題として「複製が容易」なことが挙げられる。これにより、例えばローカルの情報のみで改札処理を行おうとすると、複製するだけで同じQRコードで何人も同時に改札を通過できてしまう。
そのため、QRコード改札では別のテクニックが必要になると考えられる。具体的には、発行されるQRコードには個々に異なる「ユニークID」を埋め込み、同じユニークIDを持つQRコードを同じタイミングで改札内に入れないよう制御する。例えば「1234567890」という“ID”が埋め込まれたQRコードがある改札を通過すると、そのIDを持つQRコードが出場しない限りは「無効なQRコード」としてすべての改札で入場を拒否する。これにより単純にQRコードを複製しただけでは、複数人での使い回しはできない。
これを実現するためには、QRコードに対応した対象営業区すべての改札の通過情報をシステム的に一元管理する必要があり、これを「改札処理のクラウド化」と呼ぶ。JR東日本は地方路線や無人駅などですでに“クラウド的”な仕組みを改札機に導入しているが、これを全国規模に展開することになるのが今回のQRコード改札だ。
実際にどのような形で実装することになるかは今後の検証が必要だが、「クレジットカードを使った“タッチ決済”」の改札機はクラウドによって実装されており、磁気切符の仕組みを最新技術で“モダナイズ”するものだと考えていい。
交通系ICカードや磁気切符でこうしたことが問題にならないのは「複製が容易ではない」ことに起因するが、一方で磁気切符入手のために必ずKIOSK端末や窓口に並ぶ必要があり利用者的には不便だ。
他方で、ローカル処理がゆえに「耐障害性」が高く、通信トラブルや機械の故障があっても、ある程度窓口処理で解決できる部分がある。クラウド化されたシステムではネットワークのトラブルが全体に波及してしまうため、このあたりの運用がよりシビアになる。
Suicaが導入され始めた2001年当時にクラウド処理ができなかったのは通信技術が追いついていなかった部分が大きいが、これは近年の技術革新で改善された。
仮にもし通信機能のトラブルでQRコード改札が機能不全に陥った場合、完全なシステム依存ではなく、利用者の利便性を考えて一時的に改札をすべて完全開放するなど、より柔軟な運用が必要になるかもしれない。
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