Adobeは、10月18日(現地時間、日本時間10月19日)からサブスクリプション型クリエイターツール「Creative Cloud」に関する年次イベント「Adobe MAX」を、米カリフォルニア州ロサンゼルス市にあるLACC(Los Angeles Convention Center)で開催した。
この中でAdobeは、同社が2020年に構想を発表したディープフェイクを防ぐ画像の規格策定を目指す業界団体CAI(Content Authenticity Initiative)とMicrosoftなどが中心になって同じような取り組みを進めてきた「Project Origin」とが共同で提唱している規格「C2PA(Coalition for Content Provenance and Authenticity)」に基づいたカメラを、ニコンとライカが開発意向を表明したことを明らかにした。
C2PAに対応したカメラは、画像をストレージに記録する段階でC2PAの仕様に基づいて暗号化した著作権情報をメタデータとしてファイルに記録する。そのため、著作権者に断わりなく勝手に改ざんして使うことや、「ディープフェイク」と呼ばれるAIが自動生成したデマの原因になる画像ではないのかなどを検証できるようになる。
Adobeは、2019年に開催したAdobe MAXで、CAIの構想を明らかにした。今や社会問題となりつつあるディープフェイク(人工知能を利用した合成映像)や著作権で保護されている画像の改ざんを防ぐための仕組みとして提唱したものだ。
簡単にいってしまえば、コンテンツに公開化鍵で暗号化された著作権情報を付与することで、もともとの写真を作り出したのは誰なのか。また、その流通の過程で、たとえば写真のリサイズ、どこの部分を切り抜いたのかなど、どんな加工がされているの情報が記録される。そうした情報は、現在の写真のExifデータのように画像にメタデータとして保存されることになるが、Exifデータとの最大の違いは公開化鍵で暗号化されているため、CAIに対応したメタデータの改ざんは難しいという点にある。
その後、2022年1月にProject Originと共同で、CAIが提唱してきた規格をベースにしたC2PAを発表した。C2PAでは、メタデータの構造、暗号化鍵を利用した暗号化の方法などが規格化されており、今後C2PAに対応した編集ソフトの開発やカメラなどのハードウェアの設計、製造が可能になる見通しだ。
AdobeはすでにCAIの仕組みを採用したPhotoshopのベータ版を関係者などに提供しており、C2PAのメタデータを持った画像を編集して、履歴などをメタデータに保存することを可能にしている。CAI/C2PAの仕組みでは、著作権者の情報や編集履歴などは暗号化された形でメタデータとして保存されるため、編集ツール側がCAI/C2PAの仕様を満たしている必要があるのだ。仮に現行バージョンのPhotoshopなどのようにCAI/C2PAに対応していない編集ツールで画像を編集するとメタデータは消え、履歴などは追えなくなってしまう。
その場合でもメタデータを消したという履歴は残るため、何らかの改ざんが行なわれたことは追えるし、CAI/C2PAではオプションとしてメタデータをクラウドに保存することも可能だ。それは著作権者の選択次第で、画像ファイルにメタデータとして残せるほか、クラウドに保存することで、改ざんされたデータがインターネットに出回ってもクラウドにある履歴と照らし合わせることで、追跡が可能な仕組みになっている。
ニコン 映像事業部 UX企画部 参事 井上雅彦氏は「CAI/C2PAに対応したカメラでは、画像データ、Exifデータに加えて、暗号化されたCAI/C2PAのデータという三つのデータを一つのパッケージにする」とその仕組みを説明する。
具体的には、通常のカメラで撮影されたときには、まずRAWデータと呼ばれる非圧縮のデータがCMOSセンサーから生成される。その後ポストプロセスで、必要に応じてRAWデータがJPEGなどの圧縮形式に圧縮され、同時にExifと呼ばれる撮影時のデータが付与されて画像データがストレージに保存される。
CAI/C2PAに対応したカメラでは、それに加えて著作権者の情報(カメラマンの名前や所属組織など、任意で設定できる情報)を付与し、それを公開化鍵(CAI/C2PAのソフトウェアやハードウェアを製造する企業などに公開されている鍵)を利用して暗号化し、Exifと同じような形でRAWデータなりJPEGファイルにコンテナ情報として格納する。
この暗号化されたCAI/C2PAのデータを確認するには、前出のPhotoshopのベータ版のような対応したデスクトップアプリケーション、あるいはCAI/C2PAに対応したWebアプリケーションなどで、暗号化を解除して中の情報を確認できる。
逆に言えば、対応していないアプリケーションではその暗号化を解除できず、通常のExifファイルがついている画像ファイルとして扱われ、編集するとCAI/C2PAのデータは消えてしまう。その場合には「消されたという履歴が残る」(ニコン 井上氏)ため、たとえば企業がきちんと本人が著作権を持っている写真かどうかを確認してから買い取りたいと考えている場合には、CAI/C2PAの履歴が消された写真は買わないというポリシーを持つことで、お金を払って買ったのに、後で正当な著作権者から訴えられるという事故を防げる。
また、そうしたCAI/C2PAに対応したカメラで撮影した画像をCAI/C2PAに対応した編集ツール(Photoshop ベータ版など)で読み込めば、CAI/C2PAの暗号化されたメタデータをクラウドに保存できる。一度クラウドに保存してしまえば、履歴はクラウドで管理されるので、仮に悪意をもってメタデータが消された場合でも、追跡がこれまでよりも容易になるのもCAI/C2PAの特徴だ。
ニコン 映像事業部 開発統括部 ソフトウエア開発部 第一開発課の末長亮太氏によれば、今後CAI/C2PAに対応したカメラを設計する上で課題になりそうなのが、ポストプロセッシング時にそうしたCAI/C2PAの暗号化を行なう上でのカメラのSoC(System on a Chip)への負荷だという。
今回ニコンは、すでに販売されているミラーレスカメラ「Z9」のファームウェアなどを特別に改良して、このCAI/C2PAへの対応機能を追加している。末長氏は「現状としては暗号化のためのハードウェアを搭載せず、ソフトウェアだけで行なっている。しかし連写機能など性能面のことを考えると、暗号化のためのハードウェアなどの搭載は検討していく必要があると考えている」と述べ、商品化を検討する時には、SoCに暗号化アクセラレータを搭載するなど、処理をハードウェアで行なう必要がある可能性を指摘した。
というのも、ニコンがこうしたCAI/C2PAの機能を実装することを想定しているのは、プロのカメラマンが利用するようなハイエンドカメラで、連写時も高い性能が求められる。ポストプロセッシング時にCAI/C2PAの処理により性能が低下しては、プロカメラマンにカメラを選んでもらえなくなる可能性がある。ニコンの井上氏によれば「現状はまだ実装を始めた段階でどのような商品に搭載されていくかは未定だが、技術の性格上、そうした機能を必要とするようなプロ向けの製品から搭載されていくことになるだろう」と述べた。
なお、現時点では開発意向表明が行なわれただけで、実際にどのような製品にいつ搭載されるかは未定だ。今回展示されたZ9も、あくまでプロトタイプだとニコンは説明した。すぐに利用できるという話ではないが、プロカメラマンが利用するカメラに最初から暗号化された著作権情報を書き込めることは、ディープフェイクや無断利用などに悩むプロカメラマンや著作権を持つメディア企業にとってはよいニュースといえるだろう。
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