ドローンで薬を高速配送する「Zipline」--日本上陸のキーパーソンらが語る出会いから5年間の奮闘

藤井涼 (編集部) 藤川理絵2022年09月09日 09時00分

 トヨタグループの総合商社である豊田通商は、出資先である米国発スタートアップ「Zipline」の技術提供を受けて、100%子会社「そらいいな」を長崎県五島市に設立し、2022年5月より医療用医薬品B2Bドローン配送事業を開始している。

 Ziplineはドローン配送の世界的なパイオニアだ。アフリカのルワンダでは病院向けの輸血用血液製剤、ガーナでは医療用医薬品を配送し、両国では1年365日、毎日20〜30機が飛び交っている。

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「Zipline」の固定翼型ドローン

 CNET Japanは2020年、ルワンダから現地レポートをお届けしたが、2年を経て同社がアフリカ以外で事業展開する第三国として、まさか日本に白羽の矢を立てるとは衝撃だった。

 そこで、2022年6月末に五島でも現地取材を実施。時速100km超えで薬を配送する様子や、Ziplineから移植された拠点設備については、前回お伝えしたとおりだ。続く今回は「そらいいな」立ち上げのキーパーソンである3人に、Ziplineとの出会いから約5年間の奮闘や、日本におけるドローン配送の課題とこれからを聞いた。

1年で世界300社のスタートアップを訪問--Ziplineとの出会い

 豊田通商は2021年3月30日に、Ziplineと日本市場でのドローン物流サービスの社会実装を目的とした戦略業務提携契約の締結を発表。同年4月1日に100%子会社となる「そらいいな」を設立した。

 豊田通商からの出向で同社代表に就任した松山 ミッシェル 実香氏は、その出発点をこう振り返る。「2017年頃から、100年に1度といわれるモビリティ業界の変革期を迎えて、商社として対峙するために打ち出された『ネクストモビリティ戦略』のいち担当者として、ドローンに着目して調査を始めた」(松山氏)

そらいいな代表取締役の松山 ミッシェル 実香氏
そらいいな代表取締役の松山 ミッシェル 実香氏

 当時は新たなモビリティとして、UberやGrabなどのライドシェアも注目されていた。そんななか、豊田通商社内には「ドローンって面白いな」と、実務とは別に取り組む若手もいたと言う。「社内起業家的なメンタリティを持つメンバー同士、自然と連携していった」(松山氏)。

 その1人が、同社でオペレーションの責任者を務める土屋浩伸氏。当初は有志の一人として松山氏をサポートしていたが、2019年に松山氏が出産により一時現場を離れるタイミングで、正式にドローンチームに加わった。いまは松山氏と同じく、豊田通商から出向してそらいいなでドローン配送事業を推進している。

 「2017年以降、当時のグループメンバーが延べ300社近く、世界中のスタートアップを訪問した」と松山氏は続ける。インド、イスラエル、ケニア、ルワンダ、フランス、アメリカとまわり、2018年3月に初めてルワンダのZiplineを訪れたという。

 「最先端の技術を使って、社会に役立つ事業をしているのを目の当たりにして、群を抜いてすごいと思った。同時に、豊田通商が得意な、“現場で汗をかく”事業作りにも、とてもマッチする。すぐにZiplineに出資すべきだと上程した」(松山氏)。「当時のドローンは、まだ技術的な実証が多かったなか、Ziplineはすでに安定的に飛行し、かつ1日あたり100回など広域に血液を配送していた。お互いの強みをいかして協業を展開できると感じた」(土屋氏)

同社 Head of Operationの土屋浩伸氏
同社 Head of Operationの土屋浩伸氏

Ziplineの展開地域を「五島列島」に決めた背景

 「当時、まさか日本でやるとは、実は誰も思っていなかった」(松山氏)。アフリカなら、豊田通商は54カ国に基盤があるし、もしくはアジアなど、グローバルに見渡せば、協業できる国はあると捉えていたという。

 ルワンダとガーナに続く、Ziplineの次なる事業展開エリアを模索していた松山氏らが、日本に白羽の矢を立てたのは2020年。中山間地域や離島における物流の課題は顕在化し、ドローンはそれを解決する手段になるとの見方が広がりつつあった。ケニアに1カ月張りつくなど、海外と日本の市場調査を並行するなか、五島スマートアイランド構想を掲げる五島市にも、日本でのドローン社会実装のリーディングエリアとして着目したという。

 五島市の行政、医薬品卸事業者、医療機関などと話し合いを推進してきた、3人目のキーマンである豊田通商 ネクストモビリティ推進部 ビジネスイノベーショングループ 主任の石川達也氏は、「五島には、ドローンを活用していく、大きなうねりがあった」と振り返る。2020年の遠隔診療とドローン配送を組合せた実証は、全国規模で注目されCNET Japanでも詳しく報じた

 また豊田通商は2010年に、クロマグロの完全養殖を確立させた近畿大学からの技術協力を得て、完全養殖クロマグロの育成事業会社「ツナドリーム五島」を設立するなどしており、五島とは会社として縁が深い。Ziplineを日本に展開するという選択肢を役員に報告すると、「五島も訪問してみては」と話があったという。

 現地を視察すると、五島列島における医薬品配送の課題はシビアだった。たとえば、「そらいいな」が提携している医薬品卸事業者では、倉庫があるのは、五島列島では人口最多の福江島のみ。倉庫があるエリアから、島の反対側にある診療所までは、陸路で往復2時間かかる。また、五島列島の北部に位置する新上五島町は、福江島の次に人口が多く約2万人が住んでいるが、医薬品卸の倉庫がないため、福江島の倉庫から船と陸路で配送している。配送時間の関係から、注文の締め切りが前日に設定されている状況だ。

五島列島での医薬品配送の課題について、3人は口々にこう語る。

 「新上五島町には、当日必要になった薬を、当日お届けするという体制ができていない。人口の少ない二次離島への配送も基本的には船なので、便数が限られているうえ、最終便が出た後の追加配送ニーズには応えきれない。一方で薬局側も、薬を手元に長期間保管するのは避けたい、医薬品の種類によっては一度購入すると返品できないといった悩みがある」(土屋氏)

 「コロナ禍で増えたオンライン診療の影響も大きい。五島列島にお住まいの方が、長崎市や佐世保市のお医者さんの診療を受診して、いただいた処方箋の中には、五島の薬局さんが扱っていないような新しい薬がある、そんな事例がある、と話す医療関係者もいる」(石川氏)

豊田通商 ネクストモビリティ推進部 ビジネスイノベーショングループ 主任の石川達也氏
豊田通商 ネクストモビリティ推進部 ビジネスイノベーショングループ 主任の石川達也氏

 「医薬品卸の世界を、私たちも勉強し始めて知ったが、首都圏などでは注文から30分で必要という緊急ニーズにも応えている、本当にお客様のためにさまざまな努力をされている業態で、サプライチェーンを担う商社パーソンとしてすごく共鳴した。五島では地理的な要因でニーズに応えられていないところを、ドローンでお手伝いできれば」(松山氏)

Zipline初の「技術・拠点を社外移植」--強固な信頼を築けたワケ

 こうして決まった五島での事業開始。日本に本社がある豊田通商が、日本でのオペレーションを担うのは自然な流れだったというが、事業展開の座組みを聞いた。「Ziplineが日本人を採用して、日本市場を開拓するという方法もあったとは思うが、日本に事業基盤のある豊田通商が営業やマーケなどのフロントラインを担い、Ziplineが技術を提供する座組みにした。日本市場で参入・スケールさせるには合理的判断だと思う」(松山氏)

 さらに気になるのは、Ziplineにとっても初めて、社外に技術を提供したことだ。なぜ、「初の移植先」としてお墨付きをもらえたのか。松山氏は、「ZiplineにはCEOのKellerを筆頭に、トヨタのVALUEであるトヨタウェイに対して一定の尊敬の念を持っていただいている」と説明する。

 「Ziplineのメンバーは全員が、“どうしたら自分達がもっと良くなるか”というスタンス。私たちは、豊田通商に在籍するTPS(トヨタ生産方式)の改善活動を指導できる社員をZiplineの製造本社へ派遣して、工場内の動線を改善するなど密に交流してきた。このため、豊田通商が安心・安全を優先するトヨタグループとしてのDNAを持っていることを、しっかり理解してくれているし、CEOのKellerからも『安心してオペレーションを任せられる』と言われている」(松山氏)

 強固な信頼関係があるからこそ、Ziplineによる現地でのオペレーター研修も、通常は半年かかるところを1カ月程度に短縮して実施できたのだろう。2021年夏、出産を経て4月に復職した松山氏と土屋氏らは、ルワンダでZiplineの研修を受け、各種社内資格を取得したという。

 Ziplineでは、機体の日次点検と月次点検の項目を設け、マニュアルに基づいて点検し、社内有資格者が整備を行うことが定められているという。もちろん、各種設備についても同様で、離陸、着陸などの、設備ごとに整備資格とマニュアルがある。

 不具合が見つかったときの対処法も明確で、過去の事例をもとに作成されたトラブルシューティングを参照して、手順通りに実行すればよい。メンテナンス工具一式も、機体用、設備用、とセットされている。また、メンテナンスで解消できない故障の場合は、パーツを交換するだけで復旧できるよう、交換可能な単位でパーツがあらかじめ用意されている。

 「専門的な技術や、電気工事士などの国家資格がなくても、現場の担当者が点検や整備も含めて運用できるレベルに落とし込んで、マニュアル、研修と資格、交換パーツなどがすべて用意されている。習った通りに、正しい情報を的確に見つけて対応することで、日本側で十分に運用できている。Ziplineの技術は、すでにスケーラブルな状態として確立されている」(松山氏)

 2人がルワンダで膨大なインプットで技術を移植するなか、石川氏は五島で奔走していた。医薬品をドローンで運ぶにあたり、現地でステークホルダーとの連携を図り、関係団体向けの説明会を行うほか、「拠点を移植する」準備を進めていたのだ。

 拠点設立にあたり、土地の選定、建物の図面、配線図の作成、工期の調整、現地施工会社とのやり取りなどをゼロから進めた。設備を構築するため、米国から部材を輸入し、同時にZiplineの専門技術者に来日してもらい、拠点を立ち上げようとするも、コロナ禍の入国制限の影響を受けて来日できない、海運の乱れで部材が届かない、航空会社や税関との交渉など、「数々の壁が立ちはだかった」と3人は振り返る。

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五島福江島の「そらいいな」にはZiplineの機体が並んでいる

 「ようやく来日できたものの専門技術者の滞在中に部材が到着せず、クリスマスシーズンと重なってしまったので、ほとんどのメンバーを帰国させた。最終的に残ってくれた3人が、クリスマスも年末年始も日本で一緒に過ごしてくれて、ようやく2022年1月に試験飛行できる体制が整った」(松山氏)

「医薬品ドローン配送」現状と課題

 2022年1月から8月まで、試験飛行も含めて200回超の実績があるという。ビジネス業態は、医薬品卸会社からの配送委託だ。医薬品卸会社から、毎月定額のサブスクリプション型で配送業務を請け負い、注文に応じて医薬品卸会社から届けられた医薬品を、発注元へドローンで届ける。

 たとえば、福江島の二次離島である奈留島へは、発注元である薬局から車で5分の空き地に、ドローンが上空からパラシュートで薬を届ける。投下中、風に流されることを考慮して、投下エリアは20m四方。薬局側からは、「もう少し近いところだとありがたい」と、早くも前向きな改善を求める声もあるそうだ。

 配送可能エリアは鋭意拡大中で、7月から新上五島へ、8月から福江島の空港と反対に位置する玉之浦や三井楽エリア、福江島の二次離島である嵯峨島へ、試験飛行を開始した。

 ただし、ハードルになっていることもあるという。1つは、現在は有人地帯上空をドローンが目視外自動飛行できないという法規制だ。このため、いまは遠回りになってしまうが、無人地帯上空を飛行する経路をとり、投下エリアも医療機関の施設からやや離れたところに設定しているという。2022年12月に予定されている改正航空法に合わせて、利便性向上を図るという。

 もう1つは、「ドローンによる医薬品配送に関するガイドライン」が、「実証実験」についてのみ言及されたもので、「社会実装」についての規制が未整備である点だ。また、現在ではドローン配送不可対象品目となっている「劇薬」(薬事法の規定に基づき厚生労働大臣が指定する、劇性の強い医薬品)も、医療の現場では日常的に処方されており、現場からの配送ニーズは非常に高いという。

 「いまは医薬品卸会社さんと、あらかじめドローン配送対象と定めた品目の常時配送と、ガイドライン内の制約に該当する品目を除いた緊急配送に対応している。あとは、年間の流動数量が少なく比較的高額な品目についても、ドローンによる随時配送に切り替えることで、在庫滞留を減らせるメリットがあるのではないか」(土屋氏)

 「いま規制されている品目のなかでも、毒薬や麻薬、向精神薬は、取り扱いの難易度が非常に高いが、それらに比べると相対的にハードルが低く医薬品の約3割以上を占める劇薬を配送できるようになれば、配送回数は着実に増えると見ている」(松山氏)

 ちなみに、Ziplineがルワンダやガーナで日常的に運んでいるのは、血液や医薬品だ。「COVID-19のワクチンすら運んでいる。Ziplineの技術で運べないものはそうないと思う」と松山氏。確かにルワンダの取材では、配送拠点で血液を適切に保管し、24時間体制でオンデマンド配送を実現して、荷物の準備が整った合図のベルは、ひっきりなしにチリンチリンと鳴っていた。松山氏は、「まずは医薬品配送で、毎日配送、1日あたり20〜30回を目標に、拡大を目指す」と話す。

「そらいいな」のこれから

 今後「そらいいな」は、医薬品はもちろんだが、日用品や、イベントなどでも、どんどん飛ばしていく方針だという。

 「Ziplineは、『地球上の誰一人として取り残さない』という理念の下、医薬品をお届けするという方針だが、それらに加え米国では、eコマースとドローン配送の連携を行うなど、事業領域は拡大しつつある。五島でも、医療用医薬品の配送に加えて、買い物などでも地域にお住まいの方々の困りごとを解決する、ワーケーションや海水浴にきた島外の方にコンビニの商品を届ける、お祭りなどのイベントのときに何かを届けるとか、地域に根差した事業を展開していきたい」(松山氏)

 「いまはZiplineでできることを実現していくことが優先」と松山氏。世界的なフロントランナーであるZiplineが求めるスピード感と、規制緩和を待ちつつスケールを狙う日本市場の進捗に、乖離が生じないよう手腕が問われる。

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 最後に、豊田通商ドローンでも、Zipline Japanでもなく、「そらいいな」という社名に込めた想いを尋ねた。「本当に地域に愛されて、老若男女に受け入れてもらえるような事業にしたいし、空から何か届いたらいいな、空っていいなと思ってもらえる、親しみやすい名前にしようと思った。豊田通商グループの中でも、これまでなかったような柔らかい社名になったと思う」(松山氏)

 まずは五島でビジネスモデルを確立したのちに、他エリア展開も見据えるという。豊田通商のキーパーソン3人が仲間と共に、これからどんな風穴を開けていくのか注目だ。

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