音声合成の弱点に「奥の手」で対処--読み聞かせスピーカーを発明したタカラトミー・五島氏、コエステ・山田氏【後編】

 企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。

タカラトミーのMoonshot事業部課長の五島安芸子さん(左)と、コエステのチーフ アカウント・ディレクターの山田陽美さん(中央)
タカラトミーのMoonshot事業部課長の五島安芸子さん(左)と、コエステのチーフ アカウント・ディレクターの山田陽美さん(中央)

 前編に続き、「日本おもちゃ大賞2022」にてエデュケーショナル・トイ部門の大賞を受賞した読み聞かせスピーカー「coemo(コエモ)」の開発責任者である、タカラトミーのMoonshot事業部課長の五島安芸子さんと、コエモに音声合成技術を提供するコエステのチーフ アカウント・ディレクターの山田陽美さんにお話を伺います。後編では、コラボレーションの中で発生した数々の苦労話と、それをどう解決したのかを語っていただきました。

音声合成の弱点を看破され“奥の手”で対処

角氏:苦労も多かったようですが、たとえばどんなことが?

五島氏:最初コエステさんに音声合成を依頼したとき、「おばけのてんぷら」という絵本を指定しました。料理の描写で「ぐつぐつ」「パチパチ」という表現ができないと、たくさんのコンテンツを表現するのは難しいだろうと思ったので、あえて難しい題材で合成音声を作ってもらったのですが、あまりうまくいかなかったんです。

山田氏:われわれも意図はわかっていました。通常はテキストを音声合成するのですが、絵本のような情感があるものは、テキストに感情を付けたりしても、中々再現が難しいのです。合成音声で1語ずつ調整することもできるので調整はしたのですが、それでOKが出たとしても、今後いろいろな絵本ごとに1語ずつ調整するわけにはいきません。それで奥の手を出すしかないということで、技術統括責任者の平林(剛氏)に参加してもらい、韻律情報の活用を提案したのです。

 韻律情報の活用を簡単に表現すると、人が喋るときのイントネーションやリズムの情報に関して、あらかじめプロのナレーターの韻律を用意し、それを基にママやパパのコエに変えるという技術です。ただ、それをサービスとして使えるような外部連携の仕組みを持っていなかったので、この機会にその技術をサービス化しようと。そこを使うとうまくできそうだと考えたのです。

五島氏:ですのでコエモの童話は、1回きれいなイントネーションでナレーターさんに読んでもらっていて、そこにコエステーションの音声合成で作ったパパやママなど保護者の声質や癖を反映している形になっています。先ほど滑らかに聞こえたのには、そういう理由があるのです。

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コエモについて紹介する五島氏

角氏:声の補助線が引いてあるようなものですね。ナレーターの声にあてて流れるような。それをAPIとして提供したのが今回初めてのケースで、それでぐっと近づいたと。

五島氏:それで私のコエで赤ずきんを作ってもらったら、社内で高い評価を得て、その後検証のために社内外の知り合い10組に声を掛け、合成音声を作ってもらいました。お母さんにコエステーションアプリでコエを作ってもらい、お子さんにそれを聞かせてもらったのですが、そこで確認したかったのは、「機械っぽくて気持ち悪い」という拒否反応が起きないかということでした。結果、ママのコエとわかった子とそうでない子がいたのですが、ほとんどの子がナレーターの声と比べた時にママの合成音声の方がいいという反応だったんです。それで「いけるぞ!」となって、本格的にパートナーシップを組んで開発を進めました。

山田氏:最初に想像されていたサービスのイメージがそのままコエモになっているので、感心しています(笑)。開発のためのフェーズもきちっと管理されていて、私たちも頑張って作った技術が確実に商品化されるということを確認して進められたので、すごく安心感とやりがいがありました。

角氏:おばけのてんぷらのくだりで、だいたい緊張感やガチ感はわかります(笑)。あの話は親が読むのも難しいですからね。

五島氏:そのとき持っている最大のもので返してくれたので、私も信頼して進めることができました。

経営直轄で加速できたムーンショットプロジェクト

角氏:現場で信頼関係ができたとはいえ、社内には別なロジックがあるものです。不安もあったと思いますが。

五島氏:結構ひやひやでした。でもムーンショットプロジェクトは、経営の直轄部隊で意思決定が速かったため物事を進めやすかったんです。通常のプロセスを踏んでいたらコエモはまだ世に出ていなかったと思います。

フィラメントCEOの角勝
フィラメントCEOの角勝

角氏:商品的にも複雑ですしね。ソフトが絡み、自社で作るアプリもあって、そもそも今まで作ったことがないものだし、PL法の確認もある。それを2年弱は相当早いです。社内のいろんな人の調整が大変だったのでは?

五島氏:察してもらえて嬉しいです(笑)。通せたのは組織が良かったことに加え、私が母親だったことが大きかったですね。「自分がユーザーとしてこう感じているのです」とか、「ママ友に聞きました」という発言に説得力があったので。

サブスクではなく「売り切り」を決断

角氏:山田さん側での苦労話は?

山田氏:われわれはクラウドサービスなので、もともとユーザー様が1話の音声を作るごとにサーバーの原価がかかります。それをコエモの仕組みに最適化することが大変でした。

五島氏:サブスクモデルも検討し、たとえば毎月1500円で話数を減らすなども調査したのですが、最終的には売り切りで、最初のコストが高くても中にたくさん話が入っているほうがいいという結論に至り、1万1180円(税抜)という価格設定としました。そうなった背景の1つは、おじいちゃんおばあちゃんからのプレゼントという需要です。サブスクだとプレゼントしづらいですからね。なので、1回60話分を買っていただく形にしました。それ以降は課金でコンテンツを追加いただく仕組みにしています。また価格もどれくらい課金できるか調査をした上で決定しました。

山田氏:売り切りは本当に心配で、正直駄目かもしれないと思いました。でも五島さんが調査をして確認してくれていたので、大丈夫かもしれないと思えるようになったんです。おもちゃを買った後にお金を払うというモデルはあまり聞かないのですが、「これはスマホアプリを使うサービスだから大丈夫です!」と。

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いよいよ9月29日にコエモを発売

角氏:コエモの発売日は?

五島氏:9月29日の予定で、予約受付は開始しています。日本おもちゃ大賞で大賞を受賞してメディアにも取り上げていただき、6月のおもちゃショーにもメディアがたくさん来てくださり、さらにたくさん取り上げていただけました。おかげさまで予約も順調です!

 この商品は目の不自由な方も楽しめるんです。目が不自由なパパやママなどにも使ってもらえるように、コエステーションさんにも協力してもらって、iOSでアプリの読み上げをするボイスオーバー設定に対応するようにアプリを開発しています。

山田氏:コエステも声が出せない人に使っていただいているサービスですが、目が不自由な方でも発声できれば自分で音声を作れるだろうという発想だったんです。それで我々も、目が不自由な方でも簡単に合成音声が作れるようにしたいと思って、技術チームが頑張りました。

コエステにも新たな可能性が広がる

角氏:これが売れたら、コエステーションの領域もぐっと広がっていきますよね。

山田氏:そうなんです。これまでのコエステーション、つまり自分のコエが使えるということは、声が出なくなって認知される形がほとんどでした。「あなたの声が無くなるかもしれないから」という表現はネガティブなので、強くも言えなくて。なので、コエモのようなものを待っていたんです。ほかにも、若いときのコエを年を取ってから使うこともできますし。かわいかったときの子どものコエを残しておくとか。

五島氏:それは私も欲しいです。男の子は声変わりしますしね。

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山田氏:だから社内で、音声合成用の子ども向けの台本が必要だと言っているんです。コエモが広がっていけば、私たちの開発も加速していきます。芸能人や声優のコエを使う「大人コエモ」もできそうですし。

角氏:一番課金される可能性が高いのは、子どもに読ませて子どもに収録させるものですね。子どものコエを永久保存していくタイムマシーンになるし、そのコエはその後も使えますよと。

山田氏:なるほど。あと子どもが2人いると、上の子と下の子が読んで欲しい絵本が全く違うんですよね。

五島氏:そんなあなたに、このコエモを。タカラトミーモールで絶賛予約受付中です。

角氏:流石です(笑)。今日はありがとうございました!

(C)TOMY

【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】

角 勝

株式会社フィラメント代表取締役CEO。

関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。

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