企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。現在は特別編として、森ビルが東京・虎ノ門で展開するインキュベーション施設「ARCH(アーチ)」に入居して新規事業に取り組んでいる大手企業の担当者さんを紹介しています。
今回は、タカラトミーのMoonshot事業部課長の五島安芸子さんと、コエステのチーフ アカウント・ディレクターの山田陽美さんのお二人にご登場いただきました。
6月に発表された「日本おもちゃ大賞2022」において、タカラトミーの読み聞かせスピーカー「coemo(コエモ)」がエデュケーショナル・トイ部門 大賞を受賞しましたが、五島さんはタカラトミーの新規事業であるコエモの開発責任者、山田さんはコエモのサービスに欠かせない音声合成技術「コエステーション」を提供するベンダーの担当者として、タッグを組んでコエモのサービスを実現されています。前編では、すでに製品化されているコエモについて詳しく伺います。
角氏:この連載は事業開発の達人たちということで、新規事業開発に従事されている方にお話を……。
山田氏:達人じゃないです!
角氏:大丈夫です(笑)。今回のプロジェクトはもちろんとして、これまでのキャリアを含めて人物についてもお二人に根掘り葉掘り伺います。
五島氏:掘れる根があるかどうか(笑)
角氏:いいですね、この空気感(笑)。では会社紹介とご自身の経歴について、五島さんからお願いします。
五島氏:私はタカラトミーに入社して、ずっとおもちゃの企画開発をしてきました。皆さまが知っているものだと、「人生ゲーム」や「黒ひげ危機一発」などのファミリーゲームを担当し、その後新商品の開発に従事して今に至ります。コエモは、新規事業開発をしていくことを目的として2年前に発足した「ムーンショットプロジェクト」で生まれた商品です。
角氏:ムーンショットというと、無茶をすることの代名詞で使われますよね。
五島氏:タカラトミーでは2023年までの中期経営計画で「『おもちゃ』から『アソビ』へ」を、次の成長の原動力として掲げました。これまでのおもちゃという枠に捉われず、新しいアソビを作るということを実現するために、経営直下の組織として誕生したのがわれわれのムーンショットプロジェクトです。
角氏:枠に捉われないと言っても、おもちゃ自体の世界が相当広い。そういう概念を飛び越えろというのも無茶な話ですよね。
五島氏:だから最初は色々な企画を作りました。その中で、コエモの前にも「MUGENYOYO/ムゲンヨーヨー」という商品を出しています。MUGENYOYOは、ヨーヨー自体が発光しスマホのアプリを通して見るとARでエフェクトがかかる仕掛けになっていて、アプリを使って撮影した動画をTikTokなどのSNSに投稿できるという商品なのですが、この商品も新しいテクノロジーとおもちゃの融合という文脈の中で開発しました。
山田氏:コエステは、2020年2月に発足したエイベックスと東芝デジタルソリューションズの合弁会社です。東芝が音声合成に40年以上取り組んでいる過程で、東芝デジタルソリューションズが音声合成や音声認識をサービス化しました。その中でコエステーションの事業を立ち上げたのですが、東芝だけでやっていてもあまり広がらないという話で、エイベックスのエンタメのノウハウとB2Cサービスの経験を生かし、サービスを広げようとしてできたのがコエステというわけです。ただ、会社ができた瞬間からコロナになってしまいまして。
角氏:でもみんなも外に出られないので、リモートで声のコミュニケーションが活発になって引き合いが増えたんじゃないですか?
山田氏:もともと東芝は、「客先に行かなくてどうする」という営業スタイルだったんです。コエステーションは、全国の小規模な企業からのお問い合わせが来ていたのですが、すべてのお客様には会いに行けずにもどかしい思いをしておりました。コロナ禍でお客様に会いに行くことができなくなったおかげで、日本各地の方とウェブ会議でお話ができるようになりました。
角氏:コロナ禍で引き合いがあって成長してきた感じですね。そんなお二人がいま一緒のプロジェクトに取り組まれているということですが、どんなことをしているんですか?
山田氏:私の視点からお話しますと、私たちは2011年(当時は東芝)からPCで自分のコエが作れるサービスを始めていて、2018年からはiOSアプリでもコエが作れるサービスを無料で提供(当時は東芝デジタルソリューションズ)していたんです。ビジネスとしてのコエステーションはB2Bサービスで、私たちが持っている標準のコエや有名人のコエ、あるいはアプリで作った一般の方のコエを使って合成音声を生成するサービスを、有償のSaaSとして提供しています。
コエステーションの特長である一般のコエについては、病気や怪我で声をなくした方が、あらかじめ録っておいた自分のコエでコミュニケーションできるという福祉領域ではいち早く採用されていましたが、エンタメと言いますか、楽しむために一般の方に使っていただくことがなかなかできなくて、苦戦を強いられていました。そんなときに、五島さんからお問い合わせをいただいたんです。それが2020年の年末の出来事です。
角氏:その時、五島さんサイドではどういうことが起きていたんですか?
五島氏:2020年秋にムーンショットプロジェクトが発足し、その時からこういう音声合成の技術やAR/VRについて、展示会に行ったりネットで見たりして技術情報を集めていました。その傍らで、私は子どもがいるのですが、他のママメンバーたちと「読み聞かせを楽しくしたいね」と話をしていたんです。もちろん幸せな時間ではあるのですが、毎日「同じ絵本を読んで」と言われたり、寝ながら絵本を持ち上げて読むと腕に負担がかかったりするので、「パパママ側をもう少し楽にできたらいいよね。読み聞かせで親子の時間を充実させたいよね」と。
角氏:わかります。
五島氏:その中で、「パパやママなど保護者の声で読み聞かせをするおもちゃは作れないのか?」という意見が出まして。実は私、以前図鑑をテーマにした子ども向けタブレットの商品開発をして、その時に音声合成で読み聞かせをやっていたんですね。それと同じことができるかもしれないと考えて、多くの企業様に「ママの声で読み聞かせができますか?」と声を掛けたんです。
ただ、普通の音声合成技術は、各社ともクオリティを追及しているので、1人当たりの音声合成を作るのに時間もコストもかかってしまう。その中で、唯一手軽にアプリで、15〜20分喋るだけ、しかも無料でできたのがコエステの技術だったんです。それで問い合わせてみたら、「できます!」と。それが始まりでした。まあ、そこからは長い話があるのですが(笑)
角氏:なるほど。そこの話は後々じっくりお聞かせいただくとして、それで出来上がったのがコエモですね。どういう商品なんですか?
五島氏:一言でいうと、たくさんのお話をご家族そっくりなコエで読み聞かせをしてくれるスピーカーです。アプリには60種類のコンテンツ入っていまして、そのうち童話などのおはなしが45種類、残りの15種類は音楽などで、45のおはなしをママやパパなど保護者のコエで読み聞かせすることができます。その音声を、コエステさんの技術を使って作っています。
角氏:購入して実際に使い始める前に、パパやママの声を覚えさせるんですか?
五島氏:専用のアプリがありまして、これはコエステさんのコエステーションアプリでまずコエを作成していただきます。お話を入れるのは、コエモのアプリでおこないます。全部で3つのステップありまして、最初にコエステーションアプリでコエを作成し、そのコエをコエモアプリの方に連携させて、赤ずきんや桃太郎などのおはなしにコエを当て込みます。最後にそれをコエモ本体に送信すると、本体からパパママそっくりのコエで読み聞かせをするという仕組みです。
角氏:一度、赤ずきんを読むんですか?
五島氏:そうではないです。最初にコエステーションアプリで、用意されているサンプル文をいくつか読んでコエを育てます。それらを読んで「コエを作る」ボタンを押すと、自分の声の分身ができるんです。次に、コエモ側のアプリのコエステーション連携機能で、コエの連携をします。メールアドレスとパスワードを入れてログインすると、自分のコエが獲得でき、アプリの本棚には「金太郎」「かぐや姫」「3匹のこぶた」などたくさんの絵本が並んでいて、そこから作品を選ぶことができます。
登場人物ごとにコエの配役を決められるのですが、そこでナレーションはママ、桃太郎はパパ、鬼はおじいちゃんなどと配役を決めてボタンを押すと、桃太郎を3人で読む音声データが作れます。そして出来上がったものをコエモの本体に送ると、その配役のコエで読み聞かせができるという仕組みです。ちなみに、1度に3話までスピーカーに送ることができます。
角氏:聞かせてもらっていいですか?
五島氏:コエステーションアプリでのコエの育成レベルは5まであって、私はMAXまで育てています。どうですか?(角氏がコエモの読み聞かせを聞く)
角氏:(コエモの読み聞かせを聞いて)イントネーションが自然ですね。これは新しい体験です。おもちゃであっておもちゃでない感じがします。ムーンショットになっていますよ。
五島氏・山田氏:ありがとうございます!(拍手)
角氏:アプリも使うし、情報の流し込みの連携などとても良くできています。いまはうまくいっていますが、そこまでの苦労話は?
五島氏:よくぞ聞いてくださいました。実はたくさんあるんですよ。
後編では、商品開発にあたってのさまざまな苦労話について伺います。
(C)TOMY
【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】
角 勝
株式会社フィラメント代表取締役CEO。
関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。
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