企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。
前編に続き、森の香りに着目した新規事業であるクリアフォレスト事業を手がけるエステー 新規事業開発室 クリアフォレスト担当 エグゼクティブエキスパートの奥平壮臨さんとの対談後編をお届けします。今回は、クリアフォレスト事業の意義と、ARCH内での活動も含めたこれからの事業の可能性について語っていただきました。
角氏:いま取り組んでいるクリアフォレスト事業について伺えますか?
奥平氏:失敗を重ねて思ったのが、ビジネスの基本は、社会課題を事業で解決するものであるということでした。技術者の独りよがりでモノづくりをしてはだめで、社会課題を解決する商品をちゃんと作ろうというところに目覚めたんです。先達はトイレが臭かった時に、きんもくせいの香りをつけてトイレをちょっと幸せにした。それはエポックメイキングだったと改めて実感して、僕もそういう仕事がしたいと思ったんです。
角氏:やはり失敗は人を育てますね!
奥平氏:それで香りで何か人を幸せにできないかと考えて、クリアフォレスト事業が始まったのです。「日本かおり研究所」という香りの基礎研究をする子会社がありまして、さまざまな研究機関と連携して研究をしていたんですね。その中の1つのテーマが、森林総合研究所と実施する“森の空気は何できれいなのか”というものでした。たとえば、中国やインドであれだけCO2が排出されていても、世界の空気はきれいに保たれている。それはたぶん森があるからなんです。でも僕らの知識レベルだと、森は光合成をして二酸化炭素を酸素に変えるくらいしか知らない。どうやってきれいにしているのかは疑問ですよね。
角氏:いくつもミッシングリンクがある感じですね。
奥平氏:論文検索をしても、大気汚染物質を森がきれいにしているということをちゃんと調べたデータはないんです。そこで「日本の森の中で一番空気がきれいな森に生えている樹木が、空気をきれいにしている成分をたくさん出しているのではないか?」という仮説を立てて、日本中の森を回って空気を集めて回りました。それで2年間で66カ所の森を回って見つけたのが、北海道の釧路のトドマツの森でした。大気汚染物質の中で発生量が最も多いのは二酸化窒素(NO2)なのですが、NO2の検出量が圧倒的に少なかったのです。
トドマツの何が効いているかを調べるために、300〜400種類を成分分析したところ、大気汚染物質に効いている成分が見つかったんです。それが「テルペン」という浄化成分なのですが、それを消臭力に入れることができたら、森の空気浄化作用をお部屋で再現できるのではないだろうかということで、クリアフォレスト事業を始めたのです。
角氏:テルペンはトドマツを伐採して抽出するんですか?
奥平氏:合成成分として売っていないので、そうするしかありません。ただ、実はわれわれが欲しい成分は葉っぱの中に入っているんですよ。それで釧路の林業の会社に相談したら、「林業で葉っぱなんて使っていない」と。林野庁のホームページを見ても、葉っぱは未利用残材として計上されていて、伐採して木材になるのは7割で、残りの枝葉部分は使い道がないので林地に放置されているんです。
それで林業会社を通して国に確認したら「持って行っていい」と言われたので、現地の森林整備会社と契約を結んで、枝葉を集めてもらっています。北海道の国有林の50%以上はトドマツで、たくさんあるのに存在が知られていなくて、本州では材木としてあまり売れないらしいんです。北海道では「東京の会社がトドマツを有名にしてくれる」と凄く期待してくれていて、北海道庁と包括連携協定を結び、原料確保に協力してもらっています。
角氏:空気浄化成分の抽出はどうやっているのですか?
奥平氏:植物から香り成分を取り出す抽出領域は技術の進化がほとんどなく、原理的には1000年以上変わっていないのではないでしょうか。そこでわれわれは、高効率で、地球環境にやさしい抽出方法を独自に開発しました。昔はボイラーをガンガン炊いて水を蒸気に変える事で、水蒸気蒸留をしていたのですが、当社の技術は、電子レンジの応用でマイクロウェーブを用いて、葉っぱに含まれる水分を直接水蒸気に変える事で蒸留を行っているので、ボイラー設備が不要で、抽出に使うエネルギーもかなり少なくすることに成功しています。
角氏:なるほど、それはコストも抑えられそうですね。
奥平氏:コストもそうですし、そもそもボイラーを使うとCO2がものすごく発生して環境に悪いんです。片方で水を煮るボイラーを用意し、もう片方でそれを冷やす装置を用意する必要があるので、設備もでかくなるし環境にも悪いし抽出効率も悪いしで、全然いいことがない。われわれの装置は、コンセントさえあればボタンを押すだけで済みます。
装置を開発したところにはもうひとつ意義があります。昔は林業は花形産業の1つだったのですが、外材が入ってきて今は助成金なしでは黒字経営できないくらい厳しい状況になっているんです。それを何とかしたいという思いもあって。そこで抽出装置の操作は簡単なので、装置を含めた抽出プラントの運営はご協力いただいている林業の会社にお願いしているんです。
角氏:装置を渡して作業してもらったら、わざわざこっちまで運んでこなくてもいいですしね。
奥平氏:現地で抽出までしてもらって、それを買い上げています。間伐をする際に一緒に枝葉を集めて抽出すればわれわれが買うので、林業にも「抽出」という新しい事業が生まれている。規模はまだ小さくて7〜8人しか雇えていませんが、足を怪我して林地に入れない人や、ご高齢で山に入るのが辛い方でもボタンを押すだけでいいので、雇用の幅も広がります。
角氏:それはいい話だ。
奥平氏:だからこの事業の大きな特徴としては、1つは原料が未利用資源であること、もう1つは林業のなかに抽出という事業を創ることなんです。その2つがベースにあって、事業をやればやるほど雇用も増えるし、林地残材も有効活用できる。そういうビジネスモデルを意識して作ったわけです。
角氏:テルペンはどんなところに使えそうなんですか?
奥平氏:そこがなかなか。そんな簡単に使えるものではないんです。いまだに消臭力も出ていないですから。技術開発は色々取り組んでいて商品化も少しずつしていますが、販売はそこまでうまくいっていませんね。以前の失敗でもありましたが、説明が必要な商品は売れないんです。今はクリアフォレストというブランドで、森の空気浄化作用を自宅で再現できるというブランディングを考えているのですが、なかなかそれが伝わらないんですよね。
角氏:商品化されたものにはどんなものがありますか?
奥平氏:テルペンからは油と水と粉が取れるので、それぞれを商品にしています。たとえば「MoriLabo(モリラボ)」は、トドマツのオイルをワックス剤の中に入れてリップスティックにしたものなのですが、トドマツの空気をきれいにする成分が、空気中を飛んでいる花粉のアレルギー性を下げることもわかったので、これをマスクに塗るとトドマツの成分が揮散して顔の周りを飛んでいる花粉のアレルギー性を下げてくれる、たぶん世界で唯一の「香り」で「花粉をガード」する、花粉対策製品として展開しています。
角氏:(製品の香りを嗅いで)ほお、木材のいい匂いがしますね。
奥平氏:ほかにも、抽出した残滓を加工した針葉粉体はプラスチックに混ぜて、プラスチックを減らしつつプラスチック自身が消臭するというコンセプトで、「猫用システムトイレ」として最近販売を開始しました。また、原料そのものの販売もしていて、エアコンのフィルターやビニール袋、寝具の原料などに活用していただいてます。
角氏:花粉症のアレルギー性を下げるという話がありましたが、森の香りからは他にどんな効果が得られるのですか?
奥平氏:大学の先生方とさまざまな研究をしているのですが、たとえば、香りを嗅ぐだけで、ストレスを軽減したり、睡眠の質や認知症の改善にも効果があることが分かっています。
角氏:応用領域は広そうですね。つまり奥平さんは、森の香りとそこから得られる効果をさまざまな企業と協業するドライバーと考えてARCHに入居されていると。
奥平氏:おっしゃる通りです。エステーがクリアフォレストを活用しようとすると、日用品として、「商品」にして小売店の店頭に並べていただくことしかできません。でもARCHの会員企業と組めば、パートナーの製品に香りをプラスするという形でB2Bビジネスに広く展開できます。ARCHには香りで組める会社がたくさん入居されていて、凄く楽しいんです。だから周りからは奥平がARCHで活躍していると言っていただけるのですが、むしろ僕の方がARCHという場を用意してくれて良かったと感謝しています。
角氏:具体的に進んでいる話は?
奥平氏:勉強するときに香りを嗅ぐと暗記力が凄く上がり、さらに寝る前に同じ匂いを嗅いで寝ると記憶力が30%上がるというデータが出ていて、それを利用してNTTさんと大日本印刷さんと組んで、最高の学習システムを作ろうとしています。他にもいくつか走らせられそうな話も出ていますね。
角氏:奥平さんは、生態系を作ることを意識しているように思えます。テルペンを抽出するときに、林業の部分でまず生態系を事業として作っていくことが1つ。それとそこから更に、抽出した成分は汎用性が高いものだから、どこにでも入っていけるという部分もそうですよね。
奥平:クリアフォレスト事業は、未利用資源が原料で地域雇用促進にもなり、商品が世の中の空気を少しきれいにするという社会課題への打ち手になっています。トドマツに限らず、日本中の森は色々な機能を持っていて、僕はそれをいずれビジネスにしたいと考えています。当事業は、得られた利益を基に森の研究をもっと広げていくという形に、きれいな社会課題解決型の循環型ビジネスになっているんです。
角氏:なるほど、よくできていますね。いやあ、実に面白かったです。失敗の話は特に学びがあって良かった(笑)。香りでコラボレーションできそうな会社がいたら、奥平さんにおつなぎします!
【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】
角 勝
株式会社フィラメント代表取締役CEO。
関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。
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