企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。前回に続き、テレビ東京 ビジネス開発局 コミュニティ事業部 部長の吉澤有さんとの対談の様子をお届けします。
前編では、吉澤さんがこれまで取り組まれてきた新規事業の内容と、現在の取り組みに至ったいきさつについてお話しいただきました。後編では、テレビ東京が取り組むメタバース「池袋ミラーワールド」の事業展開について伺います。
角氏:新規事業づくりの経験や取り組みの方向性を買われて今のポジションに抜擢されたということですが、現在吉澤さんが取り組まれている事業についてお話しいただけますか?
吉澤氏:コミュニティ事業部という部署名がキーワードになっていまして、我々の事業部ではコミュニティのビジネスをどれだけ作れるかをテーマに活動をしています。例えばここ虎ノ門のARCHでは、大企業の新規事業担当者のリレーションをテーマに、企業間のコミュニティを作ってどこまで新しいものを生み出せるかに挑戦しています。
同様に池袋では、「Mixalive TOKYO」という劇場・スタジオの複合施設を起点に、池袋の街全体をバーチャル化した「池袋ミラーワールド」というプロジェクトを作り、番組と連動して地元の企業と一緒にコミュニティづくりをしていています。そこではコロナ禍でバーチャルとリアルでどう人が集まり、お金を動かす仕組みを作り、経済圏と文化圏を作るかに挑戦しているのですが、その中でミラーワールドをどう成長させてビジネスに繋げていくかが僕に課せられているミッションです。
角氏:ミラーワールドはデジタルツイン的な街ですか?どこかにアクセスするとログインできるとか?
吉澤氏:そうです。ブラウザー上のサービスで、スマホやパソコンで街に入れます。豊島区にも後援してもらっていて、参加企業や豊島区からデータをもらってまずは忠実に今の街の様子を再現しています。
角氏:企業間連携があるようなコミュニティを作っていると。発端は?
吉澤氏:コロナで全く身動きが取れなくなってしまったときに、池袋の飲食店のオーナーさんたちを招いてZoom会議をしたのですが、想定以上に悲惨だったんです。それで食べチョクさんと一緒に、池袋の飲食店主のレシピとコロナで廃棄されそうになった食材を掛け合わせて、自宅に配送するサービスを始めたら反応がすごくあって。ただそういう活動はテレビ屋が仕掛けた一過性の企画と思われがちで、ちゃんと地元に根差して本気で経済を回すにはどうすべきか考えた時に、バーチャル店舗を作って人の集まりを作ろうというところから始まって、結果として街全部作ろうとなったわけです。
角氏:焚火にみんなで薪をくべたら大きくなったと。
吉澤氏:そうですね。ミラーワールドはいわゆるメタバースで、仮想空間上に街を再現し、アバターで池袋の駅や百貨店に入れてショッピングもできるようになっています。音声での会話もできるように整備しているところで、まずは実際に街でできることをバーチャル上でもできるようにして、その後に事業化を考えます。
事業展開についてはECをはじめ、仮想空間内に人口が増えればサイネージや広告出稿が見込めます。我々はプラットフォーマー的な立ち位置なので、場所を貸し出すこともできるし、行政から企業、市民までバーチャルでの社会実験の場としても使えます。地元企業の皆様とも、リアルとバーチャルで事業を大きくしていこうと色々トライアルをしているところです。将来的にはそこに新しいビジネスが生まれると思っています。
角氏:資源とビジネスのネタの両方が揃っていて、ちゃんと地元の方が参加する意欲を持って絡めている部分が面白いですね。単に「3Dで場所を作りました。データもあります」では住民が参加しないことも多いでしょうが、そんなことはない。
吉澤氏:そうですね。まずは企業からになりますけど。企業との取り組みではミラーワールドをデジタルツインにすることが最初のステップですが、その際に今コロナ禍でリアルでできないことを手掛かりに、例えばアニメの街である池袋へ海外からの旅行者が来られない状況で、バーチャルでのツーリズムや物販に挑戦していただくようなことを考えています。
そこでコミュニティができたら、今後旅行ができるようになった時にコミュニティの人たちがリアルでも会う場所を池袋に用意します。すると同じ登場人物がいるから、池袋の肌触りがあるコミュニティの方でも何か新しいことをする企画を考えていくことができます。その結果、ミラーワールドが街の呼吸がわかるメタバース領域になるかもしれないのです。
角氏:なるほど。それをやろうとすると、賛同している地元の企業からもマネタイズの知恵も出してもらえますね。その辺のコミュニティの運営をおこなうために、どうやって繋がりを強めていくのですか?
吉澤氏:まずは声を聴くところから始めています。元々当社は池袋には何の縁(ゆかり)もないので。
角氏:そもそもMixalive TOKYOを池袋に作った理由とは?
今井:講談社さんから、「アニメの町池袋で一緒にイベントの場を作らないか」とお声がけいただいたんです。その話が出た頃は自分には関係ないと思っていましたが(笑)
角氏:コロナがあったから結びついているのでしょうが、アニメの街から地方創生とだいぶ飛んでいますもんね。そもそもその流れだとアニメ製作班案件になりそうなところを、新規事業として手掛けられている訳ですし。
吉澤氏:テレビの在り方のひとつに、出来上がってくる様、特に失敗も含めて成功までのプロセスを見せていくことがあって、特にテレ東の番組はそういうものばかりです。ARCHはそれを感じられる場所ですごく面白いと思うし、池袋での取り組みもそうなんです。
角氏:テレ東さんの番組には、必ず1時間の中にちょっとした失敗とそこからのリカバリーが入っていますからね。
吉澤氏:番組を作っている今井としては、多分ARCHや池袋で行われている新規事業の力を見せることにストーリーがあると感じていて、番組として全て見せていって、各社みんなでプレゼンスを上げていこうという思いがあるのだと思います。ただ僕は今年異動したばかりで、違う会社に来たような感覚はありますけどね。
角氏:吉澤さんが入社された時に思われていたようにテレビとネットが一緒になって事業ができるようになってきて、今の事業に対してもわくわくしているのでは?
吉澤氏:メタバースは世界でも成長する産業の一つです。テックジャイアントが何兆円かけて投資していく中で、我々のような企業に何ができるかという検証はチャレンジングで格好いいと思っています。
角氏:メタバースはこれから何十兆円市場になってくるでしょうから、相当な挑戦になりますね。
吉澤氏:勝ち筋もおぼろげながら見えているんです。テレ東の勝ち方は、「そんなことみんな考えていた」ことを最初に提案するというものです。テレビマンの誰もが食のコマースを始めることを一度は想像したであろう中で、僕はデータで裏付けされていないところに推論を立て、チャンスを見出して事業化しました。テレ東で成功している番組は、割とそういうパターンが多いんです。
それでいうと、メタバースも今は世界中の企業がもやっとしたところでビジネスの種を考えている状況なのですが、みんなが考えていたけど言えなかったところを先に始めたという鮮やかな発見があれば、その一点勝負で勝てると思っています。
角氏:なるほど。テレ東番組の解説としてもなるほどです(笑)。メタバースの話は経済番組でもたくさん出てくるから、ヒントになるネタも近くにあるでしょうし。
吉澤氏:メタバースを担当することになって、VRゴーグルを買ったんです。そうしたら、以前は寝る前にTikTokを1時間見ていたのですが、その時間が自分の居心地のいいVR空間にいる時間に変わったんですよ。それで、余暇の時間をSNSコンテンツからメタバースのVRコンテンツに持っていけると実感できました。
角氏:吉澤さんは自分でやってみて、そこから腹に落とし込む能力が高いのだと思います。
吉澤氏:ただ、簡単な世界ではないとも感じています。3Dコンテンツを作るにもお金がかかりますし。池袋という限定した地域でも、全部仮想空間を作るとどれくらい時間と金がかかるか考えると気が遠くなります。
角氏:国土交通省が「PLATEAU(プラトー)」という日本全国の3D都市モデルを作るために予算を計上していて、今後3Dで都市のモデリングをして一般公開するはずなんです。
吉澤氏:なるほど。それを使えばコストは抑えられますね。
角氏:この連載で取材した方が、静岡県で3億円かけて3Dの点群データをとって、それから伊豆急行と一緒にMaaS(Mobility as a Service)事業に繋げる取り組みに発展させています。それを考えると、池袋なら色々できると思いますよ。
吉澤氏:動きが激しい世界の中で、これからもたくさんの人と会って多くを吸収し、テレ東流に仕立て上げていくと。そう考えると忙しいけど楽しいですね。
角氏:今日お話をしていて感じたのですが、適切な能力を持っているチームが外の適切な相手とどんどん組んでいくことで1つのコミュニティや都市が形成されていくというストーリーは、ミラーワールドにも当てはまると思います。仕事自体が会社の中だけでは完結しないようになりつつありますし、そういうことができる方々とメタバースのビジネスを作っていこうとしていらっしゃるテレ東流のアプローチには、とても納得感があります。これからのミラーワールドの発展に期待しています!
【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】
角 勝
株式会社フィラメント代表取締役CEO。
関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。
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