長崎県五島市は6月28日〜7月11日に、2年ぶり3度目となるワーケーションプログラム「余白と戯れるワーケーション GWC2022 SUMMER」を開催した。メディア・パートナーであるCNET Japanは、現地レポートをこれまで2回に渡って伝えてきた。
1回目では、主催の五島市や企画運営を手がける一般社団法人みつめる旅に、イベントに込めた想いや舞台裏での苦労を聞いた。また、2回目では、“島ワーケーションの聖地”である五島市の役所担当者に、4年連続で移住者が増えて続けている理由を聞くとともに、飲食店やワーケーション施設が次々と建設されている島の最新動向に迫った。
最終回となる本記事では、ワーケーション企画の参加者たちによるリアルな声をお届けする。今回のワーケーションへの期待や成果、実際に参加してみて感じた魅力や課題、ワーケーションを通じて五島に来る意義などを聞いた。
1人目は、SAPグループのクラウドベンダー企業であるコンカーでバイスプレジデント マーケティング本部 本部長をつとめる柿野拓氏に聞いた。
——五島のワーケーションに参加したきっかけや目的を教えてください。
柿野氏:五島ワーケーションに詳しい方から話を聞いて、五島のことがすごく気になったのがきっかけです。特に、地方の過疎化が進む中でも、島しょ地域で人口が増えていること。また、潮流や洋上風力などの再エネ、ドローン配送サービスが始まっていることなども、イノベーティブだと感じました。
一方で、布団屋さんがバーをやっているとか、多くのタクシーの運転手さんが農業や漁業との兼業だという話も聞いて面白いなと。工業化や分業化が進む以前は一人でいろいろできる日本人が多かったですが、いま東京にはそういう人はあまりいないじゃないですか。
明治維新も地方から始まり、日本のイノベーションも地方から生まれるかもしれない、これは自分で行って見てみないといけないと。直近で、短期間で行ける、五島のワーケーションに参加しました。
——参加してみた感想はいかがですか?
柿野氏:職種も年齢も経験も違う多様な人が集まって、右脳的な話がたくさんでき、すごくよかったです。普段の仕事はIT系で、デジタルや数字など左脳的な話が多いので。イノベーションを生むきっかけとしても、ワーケーションはすごくよいと思いました。
イノベーションって、「全く新しいものを初めから生み出そう」より「今あるものをうまく組み合わせよう」の方がうまくいくと思います。そのためには今持っている経験や価値観を一旦外す必要があり、東京でも長崎でもなく離島で、環境自体を変えてしまうのはありだと思います。また、普段出会うはずのない人たちと交わったときの化学反応が、イノベーションの土壌になると思います。
——逆に、ワーケーションが難しいなと思ったことはありますか?
柿野氏:トラブル対応のミーティングでも、こちらは現地にいないので、相手の事情をしっかり理解するのに少し時間がかかりますし、きれいな海を眺めながら仕事もできますので、パフォーマンスが落ちたらまずいな、と不安もよぎりましたね。
今回が初めてのワーケーションで不慣れなのもありますが、ワークとバケーションの切れ目を作るのはとても難しいです。そもそも、ワーケーションという言葉が「2つの反することを両立させる」ことを示す言葉ではないので。初めての参加者なら、誰しもが経験するところではないでしょうか。
——会社には、すでにワーケーション制度はあるのですか?
柿野氏:コンカー独自のワーケーションの制度はありますが、SAPグループ全体として2022年1月に、ニューノーマル時代における新しい働き方「Pledge to flex」の推進を発表しました。これによって全世界で「Flex Location(勤務地の柔軟性)」「Flex Time(働く時間の柔軟性)」「Flex Workspace(働く場所の柔軟性)」この3つが推進されています。
一般的な外資系企業と同様、時間ではなく、成果で評価されますが、やはりワーケーションの制度があったとしても、役職者の人がまず、積極的に活用しないと、社員の活用が進まず、制度自体が掛け声倒れになります。今回の経験が社内での新しい働き方への理解と促進につながれば、と期待しています。
——滞在中にSNSへ投稿するなど、発信も積極的にされているのですか?
柿野氏:いいえ。私は、ワーケーションに関してはSNSにはあまり投稿しない方がいいかなと思いました。投稿するなら、せめて休日にするとか、一定の配慮はどうしても必要だと思います。
私の場合は、部下や取引先からもさまざまな相談がワーケーション中にきますので、海で泳いでますとか、釣り最高とか、業務時間中にタイムラインに流れてくると、何も知らない人の誤解を招きかねないと思いました。
仕事の成果は経験と知識のアウトプットとインプットですし、短期でなく積み重ねなので、ワーケーションの経験は仕事に活きる、と確信していますが、伝え方を間違ってしまうと、一部分だけが切り取られ、ネガティブに捉えられてしまう可能性あるので、注意が必要だと思います。
——確かに、営業の方がワーケーションをして、そこで成果が出なければ「遊びに行っただけじゃないか」と指摘されたり。
柿野氏:そうなんですよ。だからやっぱり、会社の制度と上司の理解、そして周りの方々への伝え方には、まだ十分な配慮が必要だと思います。一定の配慮が欠け、ちょっと問題が起きて「ワーケーションの制度自体やめましょう」という話にもなれば、今度はイノベーションの芽も摘まれてしまいます。
——実際に来てみた、五島に対する感想を教えてください。
柿野氏:五島は不動産が高騰するといった、マネーゲームもなく、少し資本主義から遠ざかった感覚を持ちました。困っていたらいろんな人が助けてくれますし、レンタカーを借りたときも「軽のほうがいいよ」なんて勧められたり、あまり商売っ気がないというか、まずヒューマニティがあるんです。
——実はワーケーションを主催している五島市役所のお話でも、全く同じことを言っていました。五島の人たちは、よい意味で資本主義と真逆というか、生産性よりも人やコミュニティのつながりを大切にしていて、そこに惹かれて五島を好きになってくれる人を増やしたいと。参加者の皆さんにもちゃんと伝わっているということですね。
柿野氏:滞在中にお会いした、神奈川から移住したコーヒー店の店長さんは、8年間まともに働いてなかったけれど、生きてます、と言っていました(笑)。五島は、人やコミュニティーのつながりを大切にした、いわば信用経済になっていて、貨幣経済の先を行っている感覚がありました。そして、「これこそが、次の社会なんだ」と思いました。
——古き良き、ではなく、次の社会。
柿野氏:はい。むしろ進んでいると思います。言葉や理論でなく、信用経済が実際に成り立っているところが。
2人目にお話を聞いたA氏(不動産業・30代男性)も、五島について「飾られていないからリラックスできる」と話す。
A氏:五島は初めて来ましたが、島民のみなさんも穏やかで、とても時間がゆったりしていて、落ち着ける場所だと思います。いい意味で飾られていないので、気持ちが楽になりますね。
——Aさんは、もともとワーケーションに興味があって参加されたのですか?
A氏:はい。私自身もそうですが、コロナ禍でリモートワークが普及し働く場所の自由度が高まった方々も恐らく多くいらっしゃるかと思います。そうした状況変化も背景として、いま会社の業務として、自宅以外の拠点も自由に利用が出来る「新しい住まい方」を提供できるようなビジネスを考えているのですが、自分自身がそのような二地域居住(又は多拠点居住)の経験がないので、「別環境を自由に行き来し、多様な暮らし方や働き方をするとはどういうことか」を体験してみたいと思って、今回ワーケーションに参加しました。
——参加してみた感想はどうですか?
A氏:ワーケーションとしての環境は、リラックスできてすごくいいですね。今回、5泊6日で参加するのですが、作業時間が多くかかる業務などは、おおよそ今回のイベント参加前に終わらせてきましたので、その分、現地ではワークとバケーションの時間をバランスよく過ごす事を意識したいと思います。たとえば、業務の合間でも、極力現地でのイベントに参加をしたり、現地の観光地などで豊かな自然環境に触れたりして、五島ならではの「暮らし」をぜひ自分自身で体感したいと思っていたので。
——事前の準備もしっかりされて来たのですね。会社にはワーケーションの制度はありますか?
A氏:いいえ。私の勤務先では、まだワーケーションの制度自体は確立されていないのですが、業務に関わるビジネスのリサーチということで、仕事の一環として来ることができました。
——ちなみに、どんなイベントに参加したのですか?
A氏:初日のBBQや、今日の午前中はオプションに申し込んで、カツオの船釣りに行ってきました。ほかにも、五島ならではの豊かな自然環境や歴史を体感するため、星空ナイトツアーなども開催されている鬼岳や、高浜・大浜の海水浴場、カトリック教会のある半泊など、色々な場所へ精力的に足を運んでみたいと思っています。自発的に動かないと、自宅がここに変わっただけになってしまうので。
あと、今日の釣りには、相部屋のお二人と一緒に行かせてもらったのですが、それがさらに面白かったですね。一人は柿野さんで、もう一人はマルチなお仕事・活動でご活躍されているプロフェッショナルな方なのですが、普段の生活では出会えないような、人生の先輩にあたる方との交流は、大変貴重な体験です。
——たしかに、日々の仕事の中で、他社の先輩方と一緒にアクティビティを楽しんだり、料理をしたり、寝泊まりしたりする経験はめったにないですよね。
A氏:そうなんです。五島に来る前は、「自然のなかで仕事をする、離島で暮らすというのはどんな感じなんだろう」というほうに主に意識が向いたのですが、相部屋で一緒に生活を共にさせていただく事で、偶然の人との出会いがあって、普段の生活では中々出会えない・関われないような方たちとも接点を持てるというのは、やっぱり貴重な機会だと思いました。
一緒にご飯を食べたり、体験したりする中で、いろいろなお話を聞かせていただきました。いまの仕事に直接的に結びつくアイデアになるかはまだ分かりませんが、自分のキャリアや、生き方、働き方を考えるきっかけや参考になると確信しています。東京に戻ってからも今回得た貴重な気づきや、様々な方とのつながりを大切にしていきたいと思います。
このほかにも、参加者からは「日本は、介護の問題をはじめ、どの文脈をとっても会社に行く合理性はあまりないので、リモートワーク前提社会になると思う。そうなってくると、社会の中でイノベーションは起こりやすくなる。ワーケーションは、制約条件なしに本当の意味でイノベーションを考えるきっかけになるので、B2Bでこそやる価値がある」といった意見もあった。
10月1日〜31日には、「余白と戯れるワーケーション GWC2022 AUTUMN」の開催が予定されている。注目コンテンツは「焚き火カンファレンス」で、ビジネス、行政、文化・芸術など様々なセクターの著名人を迎えて、「余白の価値」について、焚き火を囲みながら共に考えるという。参加者を100名募集。申込締切は8月11日。
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