長崎県五島市は、全国でも非常に珍しく、移住者が増え続けている離島エリアだ。2017年度~2021年度の5年間で、五島市が受け入れた移住者は984人。行政として改めて移住に注力した2018年度からは、4年連続で年間200人以上が移住しており、市内への転入者が転出者を上回る“社会増”にも転じている。
そんな五島市は“島ワーケーションの聖地”でもある。6月28日~7月11日には、2年ぶり3度目となるワーケーション企画を、一般社団法人「みつめる旅」と協働して開催し、累計の参加者数は56人となった。実はこの秋(10月1日〜31日)にも次の開催が決定している。
移住とワーケーションの間には、どのような相関があるのだろうか。CNET Japanは、五島ワーケーションのメディア・パートナーとして、「余白と戯れるワーケーション GWC2022 SUMMER」を現地取材。ここでは、五島市 地域振興部 地域協働課で日々奮闘する庄司透氏と松野尾祐二氏に、移住やワーケーション、島にもたらされた変化の動向を聞いた。
五島列島は、長崎県の西部に位置する、いわゆる日本の“西の果て”だ。なかでも、五島市の中心にあたる福江島はその最南端で、首都圏などの都市部からすると、まさに「離島」。
しかし、2000m級の滑走路を持つという五島福江空港には、長崎や福岡とを結ぶ飛行機が毎日往復飛んでいる(通称は五島つばき空港)。意外かもしれないが、東京からでも3時間ちょっとというアクセスのよさだ。ただし、飛行機や高速船の運航が、気象や海象に左右されるというリスクはある。
中心部には、1階がコワーキングスペースになったおしゃれなホテルや、大型のスーパーやドラッグストア、病院や学校も立ち並ぶ。“何もない田舎”といった風情は、市街地では感じられず、快適に暮らせそうな印象だ。そこから少し離れた山々の合間には、農地や牧場、集落が続く。
もちろん、海沿いにはスカイブルーの絶景が広がり、島を一周すれば静かなビーチがたくさん待っている。島内には毎年、おしゃれなお蕎麦屋さん、新進気鋭のフランス料理屋さんなど、新たな飲食店が何軒もできているそうで、近年の移住者の約8割が、20〜30代の若者であることも頷ける。
このように魅力満載の五島市だが、人口減少という課題は、待ったなしの状況だ。人口のピークは1955年で9万人いたが、1年間に800〜900人ずつ減ってきて、現在は約3万4000人。何も手を打たなければ、2060年代には人口1万人を割ってしまうという。五島市 地域振興部 地域協働課の庄司氏は、「五島市は、日本の社会課題を約20年先に進んで経験している」と指摘する。
「五島市の人口は、年齢別に65歳が最も多い。これは、日本全体の予測として、2040年の姿だ。また高齢化率も、現在の全国平均は約28%だが、五島市はすでに40%で、やはり20年先に進んでいる。つまり、いまの五島市が抱えている社会課題は、20年後にはそのままそっくり、日本全体の社会課題として顕在化するだろう」(庄司氏)
こうした状況を重くみた五島市では、2018年から地域協働課が牽引役となり、改めて移住政策を強化。他の部署でも健康寿命を伸ばす取り組みや、オンライン診療の実証実験も推進している。また、2017年4月の「有人国境離島法」施行を追い風に、島内の雇用を増やすことで転出が抑制され、転入が増えたことで、社会増へ転じたという。
最新技術の導入にも意欲的だ。たとえば、国土交通省「スマートアイランド推進実証事業に」に2年連続で採択され、遠隔診療とドローンによる医薬品配送や、高速・低遅延通信技術(エッジコンピューティング技術)を活用したオンラインの子牛のせり市などを実施した。環境省「潮流発電技術実用化事業」では、水深約40メートルに潮の満ち引きに合わせて発生する潮流でプロペラを回す発電機を設置し、日本で初めて国の審査に合格した。
また五島市は、「再生可能エネルギーの島づくり」を掲げる。国内で初めて再エネ促進区域に指定され、浮体式の洋上風力発電1基がすでに稼働中だ。現在、五島市内の使用電力の約6割を再エネで賄っており、2年後には8基建設し、五島市の使用電力の8割を賄う予定だという。また、ドローンによる医薬品配送を、豊田通商の子会社「そらいいな」が、Ziplineの技術提供を受けてサービス開始するなど、五島市では最新技術の社会実装も着実に進んでいる。
五島に来れば、20年後の社会課題がどうなっているのか、最新技術は何をどう解決できるか、ヒントを得られるだろう。実際に、今回のワーケーションでも、「五島にあるテクノロジーを見たい」と訪れた参加者もいた。
五島市がワーケーションに取り組み始めたのは2018年。こちらの記事でも伝えたが、首都圏在住のビジネスパーソン4人が、副業として立ち上げた一般社団法人「みつめる旅」と二人三脚で、これまで3度のワーケーションを実施してきた。
2019年に実施した1度目から、30人の枠に2週間で150人が申し込むなど、注目度は高かった。そこで急遽50人に増枠したが、実施後のアンケートでは参加者の92%が「満足」と回答。「五島市の人との出会いや、五島市での体験が楽しかった」との声から、手応えを感じたという。
このときのさらなる成果は、ワーケーション参加者のうち6名が、のちに五島に仕事をもたらしたことだ。自社の支店を五島に開設する、フリーランスのウェブ系人材が五島市に法人登記するなどして、島に新たな雇用も生まれた。
2度目は「観光閑散期に試してみよう」と、2020年1月に実施した。62人が参加し、9割以上が「満足」。このときの経済効果は、1060万円と試算された。ワーケーションの特筆すべき効果として「滞在泊数」が挙げられるという。
というのも、五島市が世界遺産に登録された平成元年、観光客はピークの25万人を迎えたが、平均滞在泊数は1.53泊だった。対してワーケーション参加者は、平均滞在泊数4泊以上。冬場にもかかわらずだ。しかも、滞在泊数が長いほど満足度も高い傾向だという。
そして、2022年の夏には総勢56人が参加し、平均滞在泊数は5.7泊だった。ちなみに、2021年にコロナ禍で惜しくも中止となった「島暮らしワーケーション」は、50人の枠に対して1.8倍の93人、同伴者54人も含めると147人が来島予定だったという。さらに応募者の3割が、移住相談も希望していたとのことで、移住とワーケーションの間には、よい相関が生まれつつある。
けれども、旗振り役である五島市の庄司氏と松野尾氏は、「ワーケーションが目的なのではない」と断言する。あくまでも、移住や関係人口創出につながる取り組みをする、その一環としてワーケーションを捉えているのだ。
「私たちは、“心かようワーケーション”をテーマに、事業を進めてきた。参加者と市民の方が接する機会を作ることや、お子様連れの参加者には親はくつろげて子どもが楽しめるコンテンツの準備、市民が参加しやすいイベントを企画するなど、さまざま工夫してきた」(庄司氏・松野尾氏)
5年間伴走してきた、みつめる旅の遠藤氏も、「五島市が主催として、きめ細やかな対応をしてくださるからこそ、参加者の満足度が非常に高く、五島を好きになっていただける」と話す。庄司氏と松野尾氏は、続けてこのように語った。
「都会にはないリアリティというか、人口減少とは具体的にどういうことか、体感値を鍛えられるのも、五島でワーケーションするメリット。個人なら自分のビジネススキルが地域ではどう役立つのか、会社ならば自社の存在意義を新たに見つける、そんな場所として五島は使っていただける。そのため、ワーケーションの企画は作り込みすぎず、島での出会いを大切にできるよう『余白』を設けている」(庄司氏・松野尾氏)
こうした取り組みに呼応するように、島には変化がもたらされた。受け皿として、さまざまな施設の開発が続いているのだ。なおかつ、「島外資本による施設を観光客が利用して、島民はそこで労働力を提供する」といった、いわゆる“資本主義経済”としての開発ではなく、島民と来訪者の“心が通う余白”を持った施設が生まれているのが面白い。
「五島にもともといる人たちは、資本主義とはよい意味で真逆というか、生産性よりも人やコミュニティのつながりを大切にしていて、それが五島の魅力になっている。五島に移住やワーケーションで訪れる人たちも、そこに惹かれて来てくれているので、そういうところは、やっぱり残していきたい」(庄司氏・松野尾氏)
その代表格ともいえる宿泊施設が、福江空港から車で15分、大浜エリアの海辺に2022年8月14日にグランドオープンする。潜伏キリシタンの歴史がある洞窟をモチーフにした建物が目を引く「カラリト五島列島」(以下、カラリト)だ。
運営を手がけるカラリト代表取締役の平﨑雄也氏は、「地元の人でもふらっと立ち寄れるように、自然と一体化するような、遊び場がいっぱいある施設をつくりたかった」と話す。
実は平崎氏自身も、2年前に五島へ移住してきたIターン組だ。熊本県出身の平崎氏は、大学から東京に出て不動産関係の仕事に就いていたが、「30歳を過ぎる頃から、故郷の九州で感じるような、飾らない時間みたいなものを感じられる景色を提供してみたいと思った」と明かす。
仲間に背中を押されて、カラリトの建設案件に参画した平崎氏は移住して以来、地元の人との触れ合いを何よりも大切にしてきたという。「地域のよさを生かして、親戚のお兄ちゃん家みたいなホテル、肩肘を張らない、でも真摯なサービスをやっていきたい、そんな想いを伝えてきた」(平崎氏)
建設中の同施設を取材したとき、共に訪れた五島市の庄司氏や松野尾氏も、「平崎さんが五島の人との触れ合いを大切にしているからこそ、カラリトのコンセプトをみんなが慕っている」と笑顔だった。まさに、五島のよさを生かした開発が進んだ好事例といえよう。ちなみにホテルの立ち上げメンバーは、地元人材のみならず全国や海外からも、移住前提の人材を採用したという。
そんなカラリトは、2022年10月1日〜31日に開催予定の「余白と戯れるワーケーション GWC2022 AUTUMN」でも、イベント会場、宿泊施設として活躍する予定だ。築約30年の企業の保養所をリノベーションした客室、新築のメゾネットタイプなど、いずれも余白ある滞在の演出が期待できる。
秋開催の注目コンテンツは、カラリトで行われる「焚き火カンファレンス」。ビジネス、行政、文化・芸術など様々なセクターの著名人を迎えて、「余白の価値」について、焚き火を囲みながら共に考えるという。「余白と戯れるワーケーション GWC2022 AUTUMN」の申込締切は8月11日だ。
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