VRChatとは、VR空間上で世界中のユーザーとコミュニケーションを楽しめるサービスである。今や世間に浸透した「メタバース」だが、その言葉が注目を浴びる以前から、VRChatはユーザーが活発なサービスだ。2022年現在、世界で最も接続者の多いVR空間として人気を集めており、VRChatをきっかけにVRの世界に魅了されたというユーザーも少なくない。
VRChatでは、毎日のようにさまざまなイベントが開かれており、初心者向けのイベントや、ユーザー趣味嗜好に合わせたユニークなイベントで盛り上がっている。
世界で最も“カオス”なVR空間「VRChat」とはなにか--その魅力から始め方までを解説(2021年7月15日掲載)
筆者自身も、VRChat上で、学校コミュニティ「私立VRC学園」を立ち上げたり、プロの画家の作品を複数点展示し、週末に在廊しているプロの画家から美術や作品の解説を聞くことのできるイベントなどを開いている。
なぜメタバースに学校を作ったのか--VRChatのコミュニティ「私立VRC学園」を振り返る(2022年4月4日掲載)
VRは、科学テクノロジーについて詳しくない人にとって始めることが難しい印象がいまだにある。ましてやVR上で自らイベントを開催するということは、想像もつかないことだろう。しかし、実際に参加するだけでなく、イベントを開いてみたり、積極的にVRの世界に入っていくことで、よりVRの世界の楽しさや可能性に気づくことが多い。
今回は、約2年前から「ラジオ好き集まれ!集会」というイベントをVRChat上で開催し続けているnagacchi1さんにお話を伺った。
「私立VRC学園に参加してVRの楽しみ方がわかった」と語るnagacchi1さんは、2020年の6月くらいに私立VRC学園に参加したユーザーだった。それ以前からMeta Questを所持し、VRChatにも足を踏み入れたことがあったが、そのときは特にVRChatを使い続けていたというわけではなかった。
VRChatをよりプレイするようになったきっかけは、コロナ禍に私立VRC学園に参加したことだった。私立VRC学園はより初心者に向けた学校コミュニティであり、そこでVRやVRChatの楽しみ方を学んだり、知り合った他のユーザーと新しいイベントに参加をしたりして、親睦を深めることができる。
私立VRC学園を通し、あらかたVRを楽しむことができてはいた。しかし、その後もいろんなイベント参加してみたが、そのほとんどのイベントが大人数だったため、そこで友達になった他のユーザーと、いまいち仲の良さがなかなか深まらなかった。もしかしたらもっと仲良くなれる可能性がある人とも、短時間の通り一遍の会話で終わってしまっていた。そこで、「じっくり人間関係を作るイベントを作ろう」と自分で思い立ち、VRChatを始めたばかりにもかかわらず、「ラジオ好き集まれ!集会」というイベントをスタートさせた。
VRChatで開かれるイベントは基本的になにかテーマがある。筆者が開いているVRChat美術館の在廊イベントに関しては、美術やアート作品がテーマのイベントだ。他にもVRChatには映画が好きな人が集まる集会や、ゲーム、武道など、その種類は多岐にわたる。
そこで、nagacchi1さんがテーマとして取り上げたのが、自分が趣味として聞いているラジオだった。nagacchi1さんは、TBSラジオで毎週月曜~金曜、18時から3時間放送されている「アフター6ジャンクション」という番組を愛聴していた。その番組自体を話題の中心にするかどうかは別にして、「ラジオ好き」をテーマにした集会を開いてみるのはどうだろう、と考え始めたのが「ラジオ好き集まれ!集会」だ。
そのことをVRChatで知り合った友人に相談すると、「応援してます!」「ある程度のお手伝いは出来るかと!」などのコメントがnagacchi1さんの元に集まり、背中を押すこととなった。「やりたいことがあったら、とりあえずやってみよう!」という空気感がVRの世界には広がっていると感じることが多い。
イベントを始めたばかりの頃は、どちらかというとラジオを趣味で聴いている人ではなく、VR初心者の参加が目立った。そのためイベント初期は、ラジオを聴かない人にも共通の話題を作って会話をしていくことが多かった。しかしながら週に一回、継続的にイベントを開催していくうちに、最近では参加ユーザーも増え、当初想定したようなラジオ好きな人も多く集まるようになった。
nagacchi1さんには「ラジオパーソナリティ側をやりたい」「喫茶店をやりたい」という、やりたいことがいくつかある。「ラジオ好き集まれ!集会」を主催し、話題を作って参加した方へ振ったり会話をしたりしていくことは、バーや喫茶店のオーナー、あるいはゲストに話を振って番組を盛り上げるラジオパーソナリティの感覚に近い。
VRはやりたいことがやれる場所。リアルでラジオパーソナリティをやるには知名度が必要だったり、喫茶店を開くには物件を借りなければならない。一方で、こういうことやりたいな、というリアルでは難しいことが、VRでは始めやすい。さらにどう会話を回すか、ということに関しても、VRでの経験が生きてくるところ。やりたいことをVRで半分叶えつつ、そのあと現実に向かってグラデーションしていけばいい。つまり、やりたいことの肝の部分は、VRを活用することで疑似体験できたり、楽しさの肝のみたいな部分をVRで楽しめるのだ。
VR空間、すなわち仮想現実は、リアルと対立するものではなく、仮想現実も含めて一つの「リアル」の世界として存在している、とnagacchi1さんは考えている。VRChatなどの仮想現実内で学んだことや、仮想現実内で知り合った人たちとの人間関係は、リアルの世界にも活きてくる部分がある。これは、VRで自らイベントを主催してみたからこそ見えてきた視点だ。
メタバースでは、ユーザーはアバターを着て、声も変えられる。これは、現実世界における年齢、性別、セクシュアリティー、人種、職業、出身、門地、障害の有無、学歴、職歴、宗教などの様々な差別から解放されることに近い。そういう点では、VR空間では、現実世界では大きく影響する情報バイアスをキャンセルしてコミュニケーションを取ることができる。
また、コロナ禍でZoomなどを通じたオンライン会議などが増えたが、複数の人が話し出すと声が聞こえなくなるなど、リアルの会議と比べるとなんとなくの不自由感が残る。一方で、「VR空間で会議をやれば、リアルと同じような、もしくはリアル以上の効率性を得られる可能性がある。
オフィスと仕事はVR会議で進化--フェイスブックのVR会議室「Horizon Workrooms」を体験(2021年10月14日掲載)
参加者同士はアバターとしてVR空間に存在するため、お互いのリアルな表情が分からない。それでも、アバター同士で近づいてしゃべれば、あたかも現実で近くにいるような感覚で話せるところがある。そのような点では、ZoomよりもVRChatの方が正直、会話のストレスが少ないように感じる。VRChatなどの仮想現実内で学んだことや、仮想現実内で知り合った人たちとの人間関係は、リアルの世界にも活きてくるということを、nagacchi1さんはVRイベントを通じ感じた。
コロナ禍で注目されたVRやメタバースだが、一度体験しても継続しないという人がほとんどだ。一方で、nagacchi1さんのように、自ら企画を主催し、週に一回でも継続的にVRの世界と現実世界を行き来することで、VRの世界、メタバースの発展を定点観測することができる。
20、30年ベースで見たら、VRはもっと発展を遂げ、リアルと融合し、より面白い社会がくるはずである。VR空間上で、ラジオパーソナリティや喫茶店のマスターになることで、参加者に「最近どんなことありましたか?」と聞くことで、最新のニュースやトレンドを追うことが自然とできるのだ。VRで毎週イベントを続けることは大変なことだが、逆を言えば、それだけやっておけば、最先端がわかる。
コロナの影響により、リモートでの活動やVRが注目されたことで、新たな可能性は広がっている。nagacchi1さんのように、VR初心者かどうかにとらわれず、自分の好きなこと、やりたいことをテーマに、なにか企画を主催してみることで、日常が大幅アップデートできるかもしれない。
齊藤大将
Steins Inc. 代表取締役 【http://steins.works/】
エストニアの国立大学タリン工科大学物理学修士修了。大学院では文学の数値解析の研究。バーチャル教育の研究開発やVR美術館をはじめとするアートを用いた広報に関する事業を行う。
Twitter @T_I_SHOW
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
「程よく明るい」照明がオフィスにもたらす
業務生産性の向上への意外な効果
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス