東京2020で数々の舞台となった新国立競技場だが、その内部にはアスリートファーストとそこで巻き起こる熱戦を高精細かつリアルに伝えるための照明設備が整えられている。従来の競技場とは異なる、まぶしさへの配慮や4K8K放送に対応した高演色性など、パナソニックが約2年の月日を費やして開発、設計した最新鋭の照明設備には、多くの工夫と技術がつまっている。
新国立競技場は2019年に竣工。地上5階、地下2階の鉄骨造(一部鉄骨鉄筋コンクリート造)で、敷地面積は10万9800平方メートル。最大で6万7750人の収容が可能だ。木材を多用していることが特徴で、全体を囲う木製ルーバーには、47都道府県の木材を使用している。
「日本らしさを打ち出したデザインで木材を多く使用しているのが特徴。配色は森の中の木漏れ日を意識しており、すり鉢状の観客席はアスリートと観客の一体感を演出できる」と独立行政法人 日本スポーツ振興センター国立競技場事業課課長の渡部雅隆氏は説明する。風の流れを生かし、建物内を風が吹き抜ける構造になっているほか、屋根に落ちた雨水はスタジアム内にある植物への水やりに使うなど、自然を有効活用する仕掛けが施されているという。
オープニングイベントを開催した2019年12月には、約6万人の観客を集めたが、2020~2021年と長引くコロナの影響を受け、東京2020オリンピック・パラリンピックも無観客で実施。2022年に入り、ようやく有観客でのスポーツイベントができるようになってきたという。
数々のスポーツイベントを、照明の面から支えているのがパナソニック エレクトリックワークス社だ。競技場の照明設備を手掛けたのは、ライティング事業部のエンジニアリングセンター。「ひとことで説明すると照明を設計する部隊。企画段階から納入後までプロジェクトで参画し、照明の空間価値を提案し、快適でエコな環境を実現させるのがミッション」とパナソニック エレクトリックワーク社ライティング事業部屋外照明ECの栗本雅之氏は役割を説明する。
ナイター照明として導入しているLED投光器は1300台。2kW相当で、色温度は昼白色5600K。4万時間の寿命を誇る。「世界に向け高画質の映像を配信すべく、世界最高峰の照度、均斉度を確保した。4K8K放送対応やスーパースロー撮影への対応も重要なファクターになっているほか、トップアスリートに最適な光環境を提供するため、眩しさを抑えた設計にしている」(栗本氏)とポイントを挙げる。
4K8K対応投光器については、NHK技術研究所と共同で研究し、太陽光を基準にどれだけそれに近いかをあらわす「Ra」をRa90以上、赤色の見え方を示すR9を80以上と明確化し、世界最高レベルとなる高演色器具の開発に成功。「Raは数字が高いと自然光に近いとされ、ハイビジョンであればRa80で十分とされてきた。R9は人工光源だと色味が悪く見えてしまうので、自然光にあわせて80以上にした。国立競技場に導入した時は関係者から見え方がきれいだと高い評価をいただけた」(栗本氏)と振り返る。
加えて、スーパースロー撮影時のフリッカ(ちらつき)対策として、フリッカが発生しない電源装置を開発。光出力における周期変動の相対的な尺度であるフリッカファクター基準を従来の3%から1%以下に引き下げることに成功。カメラフレアについては「強い光源があるとカメラフレームに入らなくても白っぽくなる現象がある。対策として漏れ光を徹底的に抑えた照明を開発しVRを使った最適エーミングをして、目標値であるカメラGR(不快グレア)40以下をクリアした」(栗本氏)とした。
照明器具は、競技場をぐるりと楕円を描く形で二重に配置することで、高い照度と均斉度を確保。「国際競技放送基準に準拠した照明設計にしているため、高い照度が求められた。もう1つ特徴的だったのは、カメラに対する照度の設計を要求されたこと。国内ではあまり設計されないような手法をとっている」(栗本氏)と国際競技、国際放送基準に準拠する照明設計になっているとのことだ。
一方、アスリートに対する眩しさ対策については、「スポーツVR」を活用する。スポーツVRとは、工事前に照明環境を事前検証することで、ビジュアルかつリアルタイムな検証を実現するパナソニックの技術。フィールド内の任意の視点、視線方向で、直視グレアの評価ができるほか、器具同士、建築との接触や遮光がないか事前検討する「器具設置状況確認」、計画段階で投光器の配光や取付位置、照射方向が適切かどうかを判断する「照度・照射ポイントの検討」が可能。周辺の住宅や道路への光害の効果なども判定できる。
今回、アスリートに影響するグレアの指標として、アスリートの視線がフィールドを向いた際に眩しさを計る「不快グレア」と、アスリートの視線が照明の光軸に近い方へ向いた際の眩しさを計る「減能グレア」の2種類を検証。その結果、照明器具の取り付け高さは、JISの定める競技面中心から20度設置より高い25度設置を採用したとのこと。
渡部氏は「テレビカメラで確認できるくらいの雨粒が降っていても、テレビ映りの面で非常にクリアだと感じた。旧国立競技場に比べると見え方がぜんぜん違うと実感した」と照明器具の効果を高く評価。「4~6月のイベントがない平日、休日には、スタジアムツアーを実施し、多くの方に来場していただき、国立競技場を知ってもらうための機会づくりをしている。スポーツイベント以外にも、時計メーカーのイベントや音楽番組の撮影などに活用されており、このスペースを活用し、いろいろなイベントに役立てていただきたい」と、スポーツ以外の活用にも取り組む姿勢を見せており、スポーツ以外の照明としての活用ものぞまれている。
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