埼玉県熊谷市はラグビーチーム「埼玉パナソニック ワイルドナイツ」(ワイルドナイツ)の誘致を機に「スポーツの街」「ラグビーの街」としての側面を持つようになった。ワイルドナイツの本拠地である「さくらオーバルフォート」は、熊谷ラグビー場のほか管理棟(クラブハウスほか)や室内練習場や宿泊施設「熊谷スポーツホテル PARK WING」が完備され、スポーツをする、観る、泊まる、食べるといった機能を有する。
ワイルドナイツの本拠地移転が熊谷にどんな影響を与え、どういった変化を生み出しているのか。コーポレートスポーツチームとしてワイルドナイツを抱えるパナソニック、埼玉県ラグビーフットボール協会、熊谷商工会議所など、地域、企業が手を組み取り組むスポーツビジネスについて聞いた。
ワイルドナイツは、2021年8月にそれまで本拠地と練習場を構えていた群馬県太田市から熊谷へと移転した。熊谷ラグビー場は、2019年の「ラグビーワールドカップ2019」開催にあたり改修。ワールドカップでは3試合を実施し、約10万人の観客を集めた。
「無事にワールドカップを終了し、せっかくいいスタジアムができたので、継続的に使える環境を整えるべくワイルドナイツの移転を決めた。重視したのは、行政、地域といかに連携するか。以前のスポーツチームは独自に土地を購入して球場を作り、チームを運営する企業が頑張っていたが、今の時代は違う」(パナソニック スポーツビジネス推進部統括主幹の小谷野勝衛氏)と、スポーツチーム、企業、地域がともに手を取り合うことの重要性を説く。
パナソニックではワイルドナイツに加え、バレーボールチームのパナソニック パンサーズをグループのコーポレートスポーツチームとして展開。さらに、子会社であるガンバ大阪が運営するサッカーのガンバ大阪を事業化チームとして強化と運営、ホームゲームにおける興行などを担っている。
これらのスポーツ事業を手掛けるのが4月に発足した「パナソニック スポーツ株式会社」。スポーツビジネス推進部は、パナソニック エレクトリックワークス社のマーケティング本部に所属し、パナソニック スポーツと連携しながらスポーツビジネスを推進している。
さくらオーバルフォートは、熊谷スポーツ文化公園内に位置し、熊谷駅からは車で15分ほどの距離。約3万388平方メートルの敷地内に、チームの管理棟、クラブハウス(延床面積:約1996平方メートル)や宿泊棟(延床面積:約6027平方メートル)、室内練習場などを備える。近隣には、ワイルドナイツステーション&カフェやワイルドナイツクリニックなども併設していることが特徴。埼玉県ラグビーフットボール協会 事務局長の新井均氏は「カフェやサイクルステーション、日帰り温泉まであり、ラグビーの盛り上がりと共に、相乗効果が出てきている。熊谷ラグビー場は球技専門のスタジアムということもあり、見やすいと評判。実際に選手がぶつかり合ったり、戦う息遣いが聞こえる、臨場感を味わえるグラウンドになった」と評する。
ワイルドナイツステーション&カフェは、大画面テレビを完備し、スポーツ観戦ができるダイニングバー。「ワイルドバーガー」や「ワイルドナイツカステラ」などのオリジナルメニューもそろえる。カフェの隣には日本唯一のパナソニックサイクル専門店「WILDKNIGHTS CYCLE」を併設。試乗会などを実施するほか、シェアサイクルステーションとしても機能する。
手掛けるのは熊谷商工会議所の副会頭でゴトーグループの後藤素彦氏。「熊谷駅からラグビー場までは3.8キロメートルの距離。2019年のワールドカップ開催時はバスを待つ行列ができたり、暑い中歩いてきたりと大変だった。社会実験としてシェアサイクル100台を導入したところ、あっという間に利用者が増え、徒歩、バスに加えシェアサイクルという新たな移動手段ができた」と新たな交通手段を整えた。
現在は、熊谷駅東口前サイクルステーション、八木橋百貨店サイクルポートなど市内13カ所にサイクルステーションを完備。シェアサイクルもワイルドナイツのチームカラーであるブルーを施した300台を用意する。人気は上々で「試合日は17時のキックオフに合わせ、13時からシェアサイクル利用者が増加。駅前とラグビー場入口近くのワイルドナイツサイクルステーションをピストン輸送して対応している」(後藤氏)ほどだという。
宿泊施設である「熊谷スポーツホテルパークウィング」もスポーツをする、見る人向けの設備を整える。客室はカプセルホテル風のボックスベッドからスイートルームまで7タイプをそろえ、グラウンド側に面したシングルーム、バルコニーツインルームも用意。学生や団体の合宿からラグビー観戦にきた家族連れまで幅広く対応する。
「グラウンド側に面した部屋は目の前にゴールポストがあり、ボールが飛んでくるなど臨場感たっぷり。館内には大浴場もあり、コインランドリーやサウナも完備。大浴場は入浴のみのプラン(1時間まで550円、1日券1100円)も用意していて、施設内をランニングしている方にも使ってもらえるように、短時間でも使いやすい料金設定にしている」(熊谷スポーツホテルパークウィング 支配人の浅川論氏)と地域の人にも使いやすい体制を整える。
現在、約7割がスポーツ団体による利用で、そのうちの4割程度がラグビー関連だという。ホテルではケータリングも請け負っており、各種大会や懇親会などでの需要が増えているとのこと。今後は「目の前がグラウンドという立地をいかして、『ラグビー婚』のような結婚式も企画していきたい」(浅川氏)とさらなる新事業も打ち出す。
地域に開かれた施設という意味では整形外科「ワイルドナイツクリニック」も同様だ。熊谷ラグビー場に隣接する場所に位置し、開院は3月。スポーツドクターによる診療と最新機器による診断ができることが特徴で、ワイルドナイツや女子ラグビーチーム「ARUKAS KUMAGAYA(アルカスクマガヤ)」の選手も訪れる。
選手の怪我やリハビリは、各地の医療機関とネットワークを結び、アスリートに合った治療方法を採用するなど、選手に寄り添った診療をしているとのこと。「リハビリ施設を充実させている。治療に加えリハビリの環境を整えることで、治療期間の短縮につながることもある。一般の方にも選手の方にも合った治療法を推進している」(一般社団法人NOBUSHIワイルドナイツクリニック 事務長/CFOの茂木久貴氏)と話す。
各種施設が整い、ワイルドナイツを取り巻く環境は大変恵まれているように見える。しかし、埼玉ワイルドナイツ GMの飯島均氏は「チームの存続に関する話し合いは数年に及んだし、廃部の危機もあった。しかし諦めることなくやってきた結果、熊谷に移転し、今のような環境がつくれた。さくらオーバルフォートを社交の場にすることで、地域とスポーツをもりあげていきたい」とワイルドナイツの役割を話す。
飯島氏の言葉通り、ワイルドナイツは練習風景を見学者に開放するなど、開かれた環境を用意。取材時には平日にもかかわらず、多くの人が見学に訪れていた。
「パナソニックでは照明機器や音響設備、空調などハード面の設備を数多く取りそろえているが、そういったものを活用して、ファンやサポーターの皆さまに、感動を与えるような提案をしていきたい。プロ、アマ問わずチームの運営には資金が必要になる。商材を販売するだけではなく、盛り上げる演出や運営面でのコンサルティングなど、チームと一丸となり、さらに行政と連携しながら、展開していく」(小谷野氏)と、単なる設備の販売、設置から、感動を届けるスタジアムづくり、さらにはまちづくりまで見据えたスポーツビジネスの新たなあり方を示した。
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