PLM根岸社長に聞くパ・リーグのDX戦略--NFTにメタバース「バーチャルスタジアム構想」 - (page 2)

クリッピングしやすい野球は映像視聴向き--2020年の売り上げは過去最高に

 コラボ企画を次々に実施する一方、PLMの主要事業である映像のインターネット配信関連事業はコロナ禍の需要もあり、2020年の利益と売り上げは過去最高だったという。さらに2018年からは、パーソル パ・リーグTVのYouTubeの公式チャンネルを拡充した。

 PLMではストリーミング配信を「ライブ」、YouTubeのコンテンツは「ノンライブ」と呼んでいる。パーソル パ・リーグTV含むネットでのライブ視聴市場の伸びは2017年と2021年を比較すると7倍、ノンライブと区分けしているパーソル パ・リーグTV公式YouTubeチャンネル伸びも2019年と2021年の比較で2倍以上となったという。

 PLMでは2025年までにファン数を2000万人にするという目標を立てており、2019年時点の1470万人から、2020年には1600万人まで増加した。これも巣ごもり需要で時間ができ、インターネットの動画視聴が増えたことが新規ファンの獲得につながったのではないかと分析している。

 特に、球場来場者の平均年齢となる40〜50歳、テレビ中継視聴者の平均年齢60歳以上と比較してYouTubeの公式チャンネル登録者の48%が24歳以下と圧倒的に若く、大きく異なる点が魅力だと根岸氏はいう。「野球は1試合の平均が3時間15分。これほど長い試合を最初から最後まで見る時間は、若い年齢層にはないかもしれない。ただしサッカーなどと比べて非連続的なスポーツなのでクリッピングしやすい。明確に切り取れる部分は映像配信やYouTube向き」と語る。

 PLMでもYouTubeなどの映像コンテンツを積極的に提供するよう方針を切り替えた効果もあり、パ・リーグでは若い年齢層の新規ファンが確実に増えているという。根岸氏は「PLMや球団の提供するデジタルコンテンツは、以前と比べてよりカジュアルにしている。興味を持ったばかりのライトなファンが球場に行ったり、試合中継のために有料契約したりするのはハードルが高い。その反対に、インターネットなら手軽だ。例えば平日のナイターのゲームが終わったあとの3時間で、YouTubeの公式チャンネルのコンテンツの約60%が消費される。忙しくてライブを見られなくても、インターネットで映像を視聴できる。こうしたノンライブでの視聴者は、機会があればライブに移ってくれる傾向がある。興味を持ってくれた方が、実際に球場に足を運んでくれることがゴール」と語った。

インタビューを実施した同社の会議室の窓から、配信に携わるスタッフが確認できた
インタビューを実施した同社の会議室の窓から、配信に携わるスタッフが確認できた

NFT関連事業はこの1年のサービス展開に期待--バーチャルスタジアム構想、メタバースなどの展開は?

 デジタルコンテンツの事業に積極的に取り組むPLMでは、急速にサービスが成長しているNFT事業にも2021年から参入。複製や偽造が非常に困難なデジタルデータである「NFT(Non-Fungible Token)」で、公式試合のメモリアルな瞬間の映像やファン向けのコレクタブルなアイテムが提供可能となっている。

 PLMが行うNFTのサービスには、同社独自のウェブプラットフォームサービス「PLM COLLECTION(PLMコレクション)」と、メルカリと共同で取り組んでいる「パ・リーグ Exciting Moments β」の2つがある。

 PLMコレクションは、既に埼玉西武ライオンズで「LIONS COLLECTION」として利用されており、パ・リーグ Exciting Moments βでも今後のオンチェーンを見据え、動画コンテンツを数多く販売している。千葉ロッテマリーンズの佐々木朗希選手の完全試合達成記念コンテンツなど、早期に売り切れたコンテンツも登場している。

 パ・リーグ Exciting Moments βは現在、ユーザーが購入した商品を販売できる2次流通市場の開発も視野に入れており、2022年以降の市場開設を目指しているという。この市場で採用される予定のブロックチェーンは、カナダのDapperLabsが開発した「Flow」だ。将来的には暗号資産(仮想通貨)による決済手段の導入も検討していくという。

 根岸氏は「共同で事業を行うメルカリの意向もあるが、今はNFTと言ってもブロックチェーン外の“オフチェーン”なので、まずは“オンチェーン”に乗せ、そのあと2次市場を作るという順番で進めたい。LIONS COLLECTIONのようにPLMコレクションでNFTを管理するかどうかは別として、パ・リーグの各球団は、個別でNFTの導入を考えているだろう。NFT界隈は、この1年ぐらいでそれぞれの戦略が現れたサービスや取り組みが出てくる。海外を視野に入れて規模を大きくしたいが、法律やリスクも伴うので経過を見ながら進めていく」と語った。

 また、このNFT事業と同様に野球業界で注目されている、メタバースを活用した観戦や交流の仕組みである「バーチャルスタジアム構想」についても言及。「将来には仮想空間上に球場を作り上げるバーチャルスタジアム構想のように、いつでもどこでも、より多くの人が球場の雰囲気を楽しめる環境を整えることが大切。試合がある夜だけでなく、朝でも昼でもアクセスできれば、結果的に野球コンテンツの消費時間が長くなる。そこが重要で収益化につながり、NFTはその入口でもある。デジタルを中心に新規ファンの獲得を狙うPLMがやれることは非常に多い」(根岸氏)とコメントした。

スポーツベッティングの可能性と「いつでも、どこでも」の実現

 このNFT事業でも早急な法整備が課題となっているが、同じく法律の壁が高いのが、スポーツの試合を対象にした賭け事である“スポーツベッティング”事業だ。スポーツベッティングは多くの国で合法化されており、非常に人気が高い。その情報収集を目的としたデータ解析やライブストリーミング視聴が活況となり、結果的にスポーツ界のDX化に貢献している面がある。

 同じような米国で人気のギャンブルに、実際の試合結果やスタッツが反映されるシミュレーションゲーム「ファンタジースポーツ」もあり、日本でも過去に何社かが事業化に挑戦している。しかし、換金できない日本ではすでにさまざまに提供されている野球ゲームほどの人気を集められずサービスが終了している、という背景がある。

 根岸氏によると、PLMでも2016年、パーソル パ・リーグTVの機能の1つとして、1打席ごとに結果を予測する「プレディクションゲーム」機能を一時的に設けていたという。現在はサービスを終了しているが、この実装のねらいについて根岸氏は「米国の事例を見ても、もっと試合とのタッチポイントを増やすには、“自分ごとにする”のが一番効果的だ。そのためにはゲーミフィケーションなどを活用したいが、どうしても日本の現状の法律だと難しい」と語った。

グローバル戦略の中心は「Tier 1」の台湾市場--YouTubeでは英語のチャンネルも

 NFT事業でも海外市場への言及がされたが、PLMでは海外市場をどの程度扱い、今後のグローバル戦略をどうとらえているのだろうか。根岸氏は、「サッカーなどに比べると野球は人気のある国が限られるため、そこまでグローバルなスポーツではない」としながらも、既存の海外市場では台湾の市場が一番大きいと話す。

 PLMでは「Tier 1」として台湾市場の見込み度合いを高く設定。「Tier 2」に韓国、米国、カナダ、「Tier 3」に中米やブラジル、「Tier 4」にそれ以外の五輪に野球チームを派遣するような国を設定しているという。

 中でもTier 1の台湾では、ここ8〜9年ほど放映権を販売しており、今シーズンも7月より放送を開始するという。一週間に6試合以上の試合が台湾のテレビでライブ中継される予定。コロナ禍前は実際に球場に足を運んでくれるインバウンド需要もあったようだ。

 根岸氏によると、特に人気が高い陽岱鋼(よう だいかん)選手が日本の球団にいた時は、日本における大谷翔平選手のような雰囲気があったそうだ。現在は陽岱鋼選手はアメリカの独立リーグに移籍しており、日本の両リーグに台湾人選手はいるものの、陽選手ほどの視聴率には結びついていないという。

 Tier 2以降の国々については、放映権などを販売して徐々に広げている最中とのこと。マーケティングデータを取る目的もあり、YouTubeの英語チャンネルを作ってライブで海外向けに英語で配信するなど、投資を行っているという。

 根岸氏は、「2019年はYouTubeのスペイン語対応にもチャレンジした実績もあるが、今はまだ“ギーク”な人たちしか日本のプロ野球を見ていない。どうしても時差があることがハンデになっている。ただ、いずれNFT関連や、スポーツベッティングが始まるのであれば、状況も変わってくるはず。今後も取り組みは続けていきたい」と語った。

「2028年までに日本のスポーツ界における総合商社に」がコンセプト

 今後のPLMの取り組みについて根岸氏は、「球場で、ライブで試合を見てほしいという本質的な価値は変わらないが、その概念をデジタルで“いつでも、どこでも”に広げたい。私たちのミッションは“プロ野球に新しいファンを増やすこと”」という。

 さらに根岸氏は「日本ではどの業界でも同じかもしれないが、プロジェクトを成功させるには、パーソル パ・リーグTVを開始したときと同じで、リスクヘッジした状態でスモールに始めることが求められる。それでも、スモールでも良いからまずやってみることが大切。結果が良ければ加速させれば良いし、みんなが乗ってくれる。駄目だったらやめればいい。ただし、どんなプロジェクトでもビジョンを持つことが大切。だれもが反対できないようなビジョンを作ること」と、今後も積極的にチャレンジしていく姿勢を語った。

 PLMでは、「2028年までに日本のスポーツ界における総合商社になる」というコンセプトを持って取り組んでいるという。根岸氏は「日本で最も大きい観戦市場である野球界で得たノウハウは、ほかのスポーツにも必ず使えるし、エンターテインメントにも応用できる。来場を主にして、来場者数を最大限増やすことを目的にしている点はどこも同じ。球場での飲食やグッズ販売のノウハウは、来場型のエンターテインメントには欠かせない。われわれがお手伝いできることがもっと増えたら」とコメント。PLMが設定する大きなビジョンは、パ・リーグの枠を超えて広く観戦市場を向いている。

 歴史のある業界が「中から変わる」ことの難しさを知りつつも、内部である利点を最大限に生かしながら、デジタルを生かしたスピード感ある戦略を取り続けるPLMのプロジェクトに、今後も期待したい。

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