企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。
前編に続き、NEC 執行役員 兼 コーポレート事業開発部門長で、BIRD INITIATIVE 代表取締役社長 兼 CEOの北瀬聖光さんとの対談をお届けします。後編では、NEC本体とカーブアウトして設立した新会社における新規事業と成長戦略について伺います。
角氏:ここまで業績や人となりの話を伺って非常に納得しましたが、改めて北瀬さんがいま取り組んでいる新規事業についてお話しいただけますか?
北瀬氏:4月からNEC本体の執行役員になり、BIRD INITIATIVE(以下、バード)という会社の社長とまじめに兼業をしています。NECでは、コーポレートの事業開発チームを率いており、NEC全体で2030年にヘルスケア・ライフサイエンス領域の事業価値を5000億円にすると発表しているのですが、私はその領域のPMO(プロジェクトマネジメントオフィス)を統括していて、横軸で全事業を見ています。
角氏:定款を変えた責任がありますからね。
北瀬氏:ほかにも、2021年12月にNEC Orchestrating Future Fundを設立し、そこの責任者を務めています。エコシステム型のCVCで、他の大型LPにも入ってもらっています。
角氏:いま期待している新規事業領域は?
北瀬氏:いまはまず、ヘルスケア・ライフサイエンス領域を事業貢献させることに集中しています。加えて、dotDataをコアにしたデータドリブンでお客様のDXを支援する事業やカゴメさんと共創している農業ICT分野のトマト事業も順調です。今後は農業と食、健康、エネルギーへのポートフォリオも考えています。
角氏:そういう大きい話、社会全体に絡んでいくような事業開発をする際には、NECのような大企業の資源を全部使って絵を描く必要がありますが、実行するためには全体を俯瞰できる視座の高さがないと難しいですよね。
北瀬氏:当然CEOやCFOの協力あってこそです。ただ、多方面戦略をとっていると「コングロマリット・ディスカウント」(※複合企業の企業価値が、各企業の事業価値の合計よりも小さい状態のこと)といわれがちですが、本来は逆に「コングロマリット・プレミアム」にすべきなんです。その姿を作れるように私たちが先頭を切っていこうとしていて、そこからNEC全体のビジネスユニットの力を結集して、より早く大きく展開できるような仕掛けづくりをするというのが、今年度の大きなテーマでもあります。
角氏:組織運営に長けていらっしゃいますが、一方で細かい事業体を作っていくこともお好きなように見えます。
北瀬氏:バードがまさにそれです。バードは、企業のR&D部門が持つ要素技術を預かって大きく育て、カーブアウトすることをミッションとする会社です。いろんないいテーマを預かって、バードを発射台として事業を外に出していくのです。事業は2つあり、コンサルと事業化投資の事業を回しています。
角氏:NECの事業とのシナジーは?
北瀬氏:シナジーもありますし、これはNECに限らずですが、政府向け事業の技術を他に事業展開したい時など、自社ブランドを使わないで事業開発する場所に預けるような使い方もされています。あとは、業界の各社が協調領域をバードに集めて共有し、競争領域は各社で競い合うという使い方もあります。
角氏:エコシステムを形成していくエンジンの役割も担っているのですね。
北瀬氏:バードは3社の事業会社と3社の金融会社が入っている6社のJVなので、発射する事業は金融会社が初めのファンドになってくれるような仕掛けになっています。
角氏:そのスキームはなかなか考え付かないし、考えついても実行できないですよね。業績はいかがですか?
北瀬氏:設立が一昨年ですが、売上高は初年度の7倍に伸びていますね。
角氏:それは凄い。うまく走り出すコツは何かあったのですか?
北瀬氏:大変でした。元々あるカーブアウトプロジェクトがあって、始めはそこで稼ぐという計画を作っていたのですが全然数字ができなくて。そこでコンサル事業を立ち上げて1年でリカバリーできました。
角氏:今後はコンサル部分が柱になるのですか?
北瀬氏:カーブアウトを作ることがミッションなので、いいカーブアウトを作るために、いいテーマを探して仕込まねばなりません。コンサルをしつつ、いいネタを探しているわけです。いまはNECと産業技術総合研究所が作った技術のライセンスを受け、出向の形でバードで事業開発をしてもらっていて、今年度2件をカーブアウトします。
角氏:その中身は?
北瀬氏:1つは「assimee」というデジタルツインの技術で、リアルな製造プロセスを自動でサイバー空間に再現できます。たとえば自動車メーカーが新車を発売の目標を立てるときに、少量のデータから逆算をして示唆を出すことができます。
2つめが「自動交渉×ドローン」で、ドローンが飛び交う時代が来た時にドローンを運行管理するためのプラットフォームを開発しています。稚内市での実証実験で、新しい規制下での医薬品配送などで国内初となる取り組みを複数成功させました。
角氏:確実に進捗していますね。次のステップが見えていると思いますが、今後の展望は?
北瀬氏:バードを設立するときに2025年までに3つのカーブアウトをすると宣言しています。すでに2つ見えているので、次の仕込みを始めています。
角氏:北瀬さんは理系からの転向組ですよね。経営はどこで学んだのですか?
北瀬氏:やりながらです。バードで初めて社長職を経験したのですが、想像以上に大変でした。大きな組織にいるとPLだけ見ていれば良いのですが、バードではPLとBSとキャッシュフローという3つのバランスを見なければならない。一時、このままチャレンジすると赤字が増えると思ってPLを意識するメッセージを強めたんです。そうしたら、メンバーから「チャレンジできなくなりますよ。そういうことをするためにバードを作ったんですか?」と指摘されたんです。それでPL経営とキャッシュフロー経営を分けてマネジメントしようという形に変えました。
角氏:僕も会社を経営していますが、やってみないとわからないところもありますよね。でも先ほど仰っていたように、北瀬さんは常にステイポジティブな印象を受けます。これまで痛い目も見ていらっしゃると思いますが、ポジティブさと失敗の中で培われた強さがあるからいまがあるのではないですか?
北瀬氏:失敗は成功を生むという話もありますが、失敗から学ぶことは確かにあるけど、失敗ありきではない。真剣に成功を目指した先の失敗からは学ぶべきことはあります。成功を共にした人たちとの縁は長く続きますしね。
角氏:本気でやった失敗から学ぶことはたくさんありますし、僕も公務員時代に仲間とやり切ったことで得られた貴重な成功体験もあります。そういうある絆が生まれて、そこからその後も学んでいけるということですね。
北瀬氏:私自身が経験してきているので、それを伝えたいんです。
角氏:北瀬さんの成功ノウハウをNECグループ以外の日本企業にも共有して欲しいのですが、新規事業に向いている人材の特徴、組織の条件についてヒントをいただけますか。
北瀬氏:まずは根本的に、他責にしないことです。愚痴を言う分にはいいですが、失敗したときにあいつが悪いこいつが悪いと言う人は新規事業には向いていません。その上で、5つの基礎コンピテンシーがあります。
角氏:ぜひそれを教えてください!
北瀬氏:それが、1つめが「オーナーシップ」、圧倒的な当事者意識。2つめが「アジリティ」、変化に追従する力。3つめが「タフ」、やはり体力、心、頭の中がタフでないと生き残れません。4つめが「パブリシティ」、発信力です。考えていることは言葉にして伝えないと伝わりませんから。そして5つめが、「チャーミング」です。
角氏:チャーミングですか!
北瀬氏:他者に助けてもらわねばならないので、“自分らしいチャーミング”を持つべきです。チャーミングというのは弱みを見せることだと思うんです。完璧な人には近寄りたくないじゃないですか。自分が足りていないと言えるチャーミングさがあれば、人が集まってくれますから。この5つを鍛える教育プログラムも作っています。
角氏:まさに“ベビーフェイス・マサ”の真骨頂ですね。では新規事業に向いている組織とは?
北瀬氏:必須なのは経営陣のバックアップですね。本格的に取り組むためには人と時間とお金を動かさねばならないので。「会社としてやる、そのためにこれだけのリソースを使っていい」というコミットメントがないと、会社としての新規事業はできません。
角氏:そうでないと定款まで変えられませんからね。では、そこをどうやって取りに行けばいいでしょう?
北瀬氏:そこは難しいですよね。ほとんどの会社の中計に、成長戦略として新しい事業への挑戦という言葉は書いてあるはずなんです。その中身は、既存事業を起点として周辺を大きくするというものもありますし、中長期のところで自ら市場と事業を作る新規事業もあります。そこを会社として、まずはどちらの新規事業を考えているのか、意識を合わせなければならないでしょうね。
そうしたときに、既存事業の周辺であればどこの組織でどういう形で新規事業を組成したほうがいいのかを考え、飛び地を扱う場合には新たに文化を作っていかなければなりません。NECでは、そういうことをずっとやってきました。その際に経営陣が期待するような構想づくりと、ミッションを背負ってやっている現場の人が、明日何をすればいいのか困らないようなところのコンサルティングは、バードにお任せいただければと。
角氏:素晴らしい。ちゃんと宣伝につなげるところが経営者ですね(笑)。とても貴重なお話をありがとうございました!
【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】
角 勝
株式会社フィラメント代表取締役CEO。
関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。
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