この連載「元Googleの人事が解説--どんな企業でも実践できる『新卒採用』の極意」では、グーグルで新卒採用を担当していた筆者が、企業がそれぞれの採用プロセスにおいて、どのように自社にあった「才能」を獲得・育成していけばいいのかを具体案を交えてご紹介していきます。
第9回となる前回(「役員の一存で採用が決まる?--採用面接のブラックボックス化を防ぐ『構造化面接』とは」)は、面接のブラックボックス化を防ぐ「構造化面接」について、その特徴や効果についてお話をしました。
今回はいよいよ構造化面接の具体的な運用方法について説明していきます。前回の内容を踏まえてお話しますので、まだご覧になっていない方はぜひそちらもご一読ください。
早速ですが、実際の採用の現場において構造化面接を設計する際、注意すべきポイントについて紹介していきましょう。
構造化面接の実践では次の3ステップが必要となります。
それぞれのステップにおける運用方法を見ていきましょう。
まずは評価基準表の作成についてです。前回「構造化面接の効果」の箇所で少しお話しましたが、「経営戦略に則って採用すべき人物像が明確化されていること」が構造化面接のスタートラインです。自社の「求める人物像」から逆算して採用基準を定め、それらを評価するための個々の項目と基準を設定しましょう。
重要なのは、項目の設定だけで終わらず、項目ごとの評価基準を「段階別」に用意することです。前回もご紹介した以下の例のように、「こうした行動を取れていれば高評価、こうした行動であれば合格ライン、これでは不合格」というふうに判断できるよう、「具体的な行動」を段階別に表現した基準へと落とし込みます。つまり、「評価基準表」とは、この評価項目と、段階別の評価基準が一覧になっているものを指すのです。
「士気の低いチームに所属しているとき、あなただったらどのようなステップで、モチベーションを向上し、成果をあげることができるチームを目指しますか?」
✖️(不合格):「周囲や相手の意見を聞こうとせず、対立する意見に対応できない」
◯(合格):「共通の目標に向けて周囲の意見に基づき、物事を前進させることができる」
◎(高評価):「積極的な知見の共有や互いの強みを生かし合うチームづくりに貢献し、共通の目標に向けてチーム全体を鼓舞することができる」
次に挙げるのは、Google re:Workに公開されている「評価基準表」の例です。縦に評価項目を並べ、それぞれに「段階別の評価基準」が設定されています。面接官は質問に対する回答をこの表に当てはめるだけで、項目ごとの評価が自然と決まるのです。
それでも、グーグルで実際に運用する中で、面接官によって評価が割れてしまうことはよく発生していました。そのたびに必ず採用担当が間に入り、評価の妥当性や優先順位について他の面接官たちと協議しながら決着させるというプロセスを取っていました。重要なのは、評価基準表があるからこそ、客観的かつ公平に協議ができるという点です。
続くステップは、「質問集の作成」です。候補者の行動や思考を効率的に聞き出すための質問をあらかじめ用意するわけですが、その際に気をつけるべきポイントは2つです。
「行動を尋ねる質問」とは、過去に実際にあった経験について深掘りするような質問を指します。そして「状況を尋ねる質問」とは、ケース面接(特定の課題が与えられ、質疑を通してその問題点や解決策を論理的に説明していく面接)のように「仮説的な状況」だけを伝え、その状況でどういった行動を取るのかを深掘りする質問を意味します。
それぞれに特徴があり、前者の質問は実際の行動から考え方が見えますし、過去の事象をどのくらい客観的に捉え、学びを得られているかという点が評価しやすいです。一方で、後者の質問ではさまざまな要素や仮説を頭の中で整理しなくてはなりませんから、想像力や思考力が見えやすいという特徴があります。
面接官の経験がある方の中には、過去の経歴は流暢に説明できても、仮説的な状況についてはうまく整理整頓ができなかったり、逆にケースを解く際はとても饒舌なのに、実経験を振り返ってみると実績がついてこなかったり、という候補者に遭遇した方もいらっしゃるのではないでしょうか。
人によって、想像しながら語るのが上手だったり、過去経験を体系立てて振り返るのが得意だったりと、特徴があるものです。だからこそ、これら2種類の質問をどちらも活用することで、「実際の行動力と、将来の対応力」の両方を確認し、見極めの精度を高める必要があるのです。
2つ目のポイントは、オープンクエスチョンの徹底です。つまり、Yes/Noでは答えられない抽象度の高い質問を作成するのです。Yes/Noで答えられるような質問は、質問する側にとっても尋ねやすいため多用される傾向がありますが、それでは必然的に面接官が話す時間の方が長くなってしまい、候補者独自の考え方を引き出すのは難しいでしょう。また、面接官の期待する回答が透けて見えやすいという特徴もあります。そのような「閉じた質問」ではなく、抽象的で自由な返答を引き出す質問を投げかけることが大切です。
オープンクエスチョンですから、基本的に追加質問を繰り返して深堀りすることを前提に設計します。たとえば、グーグルでは1つの質問に対して10〜15分ほど費やし、追加質問も5〜6個を投げかけることで、その候補者ならではの思考パターンや人物像を探ろうとします。
とはいえ、「質問ってどうやって作ればいいの?」と頭を抱える採用担当者の方も多いと思います。そういう方へのヒントとして、まずは社内で日々起こっている事象をテーマに質問を作ってみることをおすすめします。
過去に会社や組織が直面した難問、日々の業務でありがちな複雑なシチュエーション、社をあげて取り組んでいる最中の課題などをベースにし、具体的な情報は省いて簡素化したオープンクエスチョンを作るのです。例えば、以下のような感じです。
新オフィスをオープンすることになり、あなたはその責任者です。まずは新オフィスの場所を検討する必要がありますが、あなただったらどのようにその提案をまとめますか?
これまでに、新しい考え方や方法をチームへ導入しようとして拒絶されたことがあれば、その時の背景や最終的な結果を教えてください。
簡素化され、情報量の少ない質問を投げかけた場合、手元の情報でいきなり話し始めるタイプなのか、落ち着いて必要な情報を聞き出すタイプなのか、考える際に重要視する観点は何なのか……など、その候補者についていろいろなことが見え始めます。
さらに、面接官にとって実体験があるなど、身近な出来事を題材にした質問であれば、より効果的に深掘りできますし、候補者の思考プロセスも掴みやすくなるでしょう。
たとえばグーグルでは、社員に求められる能力の一つに「カオスな状況でも、自律的に行動できる能力」があります。したがって、面接ではあえて情報量の少ない質問を投げかけ、その中でどのように「自律的に思考できるか」を評価していました。
一方で、これが投資銀行であれば、膨大な情報を高速でスキミングし、必要な情報だけを素早く取り出す能力が重要になります。したがって、あえて雑多な情報を渡し、その中からキーになる情報を的確に、かつ短時間でまとめることができるかを見極めるような質問構成になる可能性が高くなります。
このように、採用基準を踏まえて質問内容をカスタマイズすることを意識してください。
最後のステップ、「面接官のトレーニング」について説明します。ここで最も大切なことは「オペレーションの構築と浸透」です。ここまでに定めた評価基準表と、質問集を面接官全員にしっかりと浸透させる必要があるのは大前提です。採用そのものの意義から始まり、構造化面接の特徴、面接官の役割などは丁寧にインストールしましょう。
その上で、構造化面接ならではの注意点があります。それは、同じ候補者に複数の面接官が同じ質問を投げかけてしまうことを避け、全評価項目がもれなく精査されるよう面接官ごとに確実に割り振ることです。
たとえば、評価項目が4つ、面接が4回あるとすれば、各面接で1項目ずつ担当していけば満遍なく候補者を評価することができます。しかし、もし手違いで複数の面接官が同じ項目を担当してしまうと、規定の面接回数では足りなくなり、追加面接などを実施する必要が出てきてしまいます。
また、構造化面接では質問が事前に用意されていることが特徴です。このため、同じ候補者に「同じ質問を投げかけてしまう」というエラーも起こり得ます。本来かなり頭を捻るオープンクエスチョンだったとしても、2回目であれば相当流暢に答えることができますし、その結果として面接官も自然に高評価をつけてしまうでしょう。
上記のようなエラーを防ぎ、構造化面接の効果を最大化させるには、「どの面接官が、誰を面接し、担当する評価項目はどれで、使用する質問はどれか、そして前面接官からの申し送りは何か」という情報を中央で管理するオペレーションが重要なのです。
たとえば、グーグルでは独自のATS(候補者管理システム)を活用し、システム上で面接官に面接依頼できるようになっています。その際に必ず「担当評価項目」と「使用する面接質問」を選択する仕組みなので、面接官の間で評価項目や質問の重複が起こらないようスムーズに運用されていました。
主役である面接官たちに、これらオペレーションも含めて構造化面接の運営の仕組みをしっかりと伝授することが面接官トレーニングの目的です。グーグルでは、面接官トレーニングを修了した社員でなければ、面接官としてアサインされることはありません。それほどまでに、採用に関わることの意義を面接官にインストールし、構造化面接の仕組みを学ぶ機会を重視していました。
採用担当者の方からよく聞かれる声として、ここで紹介した構造化面接のような新しい仕組みを取り入れることへの抵抗感や、社内への浸透の遅さに関する悩みがあります。
ここまでの話でおわかりいただけたと思いますが、実はこの構造化面接は、一度その仕組みを作ってしまえば、従来の属人化した面接よりも面接官の負担ははるかに軽くなります。その上、「見極め」という採用の根幹を強化する手法ですから、採用の最終的な成果にも効果的です。最初の導入段階を準備する人事の負担は大きいかもしれません。でも、投資に対する長期的効果は確実にあるので、部分的な導入からでもトライしていただきたいと思います。
草深 生馬(くさぶか・いくま)
株式会社RECCOO COO兼CHRO
1988年長野県生まれ。2011年に国際基督教大学教養学部を卒業し、IBM Japanへ新卒で入社。人事部にて部門担当人事(HRBP)と新卒採用を経験。超巨大企業ならではのシステマチックな制度設計や運用、人財管理、そして新卒採用のいろはを学んだのち、より深く「組織を作る採用」に関わるべく、IBMに比べてまだ小規模だったGoogle Japanへ2014年に転職。採用企画チームへ参画し、国内新卒採用プログラムの責任者、MBA採用プログラムのアジア太平洋地域責任者などを務めるかたわら、Googleの人事制度について社内研究プロジェクトを発起し、クライアントへの人事制度のアドバイザリーやプレゼンテーションを実施。
2020年5月より、株式会社RECCOOのCOO兼CHROに着任。「才能を適所に届ける採用」と「リーダーの育成」を通して日本を強くすることをミッションに掲げる。現在は経営層の1人として自社事業の伸長に取り組みつつ、企業の中期経営計画を達成するための「採用・組織戦略」についてのアドバイザリーやコンサルテーションをクライアントへ提供している。
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