働く人のメンタルヘルス対策は、経営者のみならず部門長・リーダーも知るべきマネジメントスキルの一つです。本記事では、会社の成長を優先するばかりに個人の健康が損なわれてしまうケースやその逆を見てきたというiCARE 代表取締役 CEOの山田洋太氏が、産業医であり経営者でもある独自の視点で企業におけるメンタルヘルス対策を解説。「事業成長」と「個人の健康」を両立したメンタルヘルス不調の解決策について、具体例を交えて紹介します(編集部)。
「テレワークによってメンタルヘルスの不調を訴える従業員が増えてきた」という声をあげる経営者や部門責任者の方が増えてきました。確かに、2020年の新型コロナ感染症の流行前と後ではメンタルヘルスに関する従業員からの相談件数は約1.5倍に増えています(健康管理システムCarelyによる調査)。
具体的な相談内容としては、「上司・同僚とのコミュニケーション」「睡眠障害(眠れない・起きられない)」「業務へのモチベーション低下」といった種別が増えていることが特徴的です。2020年以前のメンタルヘルスに関する健康相談では、「ハラスメント」や「長時間労働」に関する内容が大半を占めていたものの、テレワークへの急速な移行によってメンタルヘルスの原因や症状は多様になってきています。
言い換えると、オフィス勤務では人と人が会うことによって起きるストレスがメンタルヘルス不調の要因なのに対し、テレワークや在宅勤務が導入された職場では人と人が会わないことがメンタルヘルス不調の要因になっているのです。
では、人と人が会わないことによって引き起こされるメンタルヘルス不調は、これまで発生していなかったのか?と言えばそんなことはありません。オフィス勤務が中心の時代でも、コミュニケーションの課題や業務へのモチベーションの低下などは発生していました。しかしそうした中でメンタルヘルスの不調が大事に至らなかったのは、オフィス勤務という集中管理された働き方を前提としたメンタルヘルス対策によって未然に防がれていたからなのです。
職場での人間関係に悩みを抱えていたり、仕事の内容が変わったりすることで疲労をためこんでいる従業員は、日常的にストレスにさらされています。やっかいなことに、職場でのストレスは自分自身で気付きづらいことはもちろん、他人からも見えづらいのです。しかし、ストレスにさらされ続けると、普段のコミュニケーションや仕事のパフォーマンスに変化が生じます。
高ストレスによる心と身体の症状は以下の順番で起こってきます。頭文字をとった語呂合わせとして「ゲイツ心配おねしょ」と筆者が考案しまとめたものです(もちろん実在する有名人とは関係ありません)。
この中でも周囲の人が気付きやすいラインが「心配性」です。従業員が心配性に陥ると、仕事のパフォーマンスが低下します。たとえば、普段は30分で終わるようなルーティン作業なのに60分かかるようになるといったことがあります。また、会議中でも会話の内容にうまくついてこられなくなったり、メールの誤字脱字が増えてきたりする……といった状況があります。
さらに症状が進行すると、勤怠や服装の乱れとして目に見えてきます。たとえば、これまでは始業時間の30分前にはデスクについていた従業員が定時ギリギリの出社になってしまうことがありますが、勤怠システム上では遅刻ではないため、異常を見つけられません。
こうした初期症状は、オフィスで顔を合わせて仕事をしていれば上長や人事の方が「あれ、普段とは違うな」と気づけていたことです。
しかし、テレワークで仕事をしている様子を見る機会が減ったり、オフィス勤務であっても会議や会話をする機会が減ってきたりすることで、ストレス反応を見逃してしまい、気付いたら休職せざるを得ない状況になってしまうのです。
従業員がいわゆるメンタルヘルス不調になるプロセスには、一定のパターンが存在します。米国立労働安全衛生研究所(NIOSH)がまとめたモデル図があるので見てみましょう。
モデル図を右から左の順番に確認していきます。ストレスにより疾病が起きてしまう手前には、先ほどご紹介したようなストレス反応があります。さらにストレス反応の手前にはストレス要因があります。
ストレス要因には、職場や業務による仕事のストレス要因もあれば、仕事外の要因として結婚や引っ越しといったプライベートの環境要因も絡んできます。このようなストレス要因は誰しも発生しているのですが、複数の要因が重なり、期間が長くなってくるとストレス反応として症状が現れてくるのです。
企業におけるメンタルヘルス対策は、(1)ストレス反応を初期の段階で見つける、(2)ストレス要因のうち仕事に関係するものを特定する――といったことからはじめるのが鉄則となります。
産業医として、200社を超える人事担当者とかかわってきました。その中で、どの担当者もストレス反応に気付くことにかけては素晴らしい目を持っています。出社時にあいさつへの返答があるかないかを確かめたり、ライフイベントに関する個人的な相談を記憶していたり、職人芸とも呼べるような目で従業員の不調をとらえたりしています。
しかし、こうした職人芸は「すべての従業員がオフィスに出社する」という集中管理の前提があったからこそ成り立っていたものなのです。
また企業のメンタルヘルス対策としては、ストレス反応の発見に加えて、ストレス要因のうち仕事に関係するものを特定することも必要です。この点は、人事の目だけでは解決が難しい問題になります。その従業員がどれくらいの仕事量を抱え、どこにプレッシャーを感じ、周囲とどの程度協力しあえているのか……といった業務そのものについては、上長・部門長の管轄だからです。
ですので、そもそも企業におけるメンタルヘルス対策では、ストレス反応を見つけるための人事の目と、仕事のストレス要因を特定するための管理の目の双方が必要になってくるのです。
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