好きを仕事にしなくても楽しい--フィンランドで働く日本人エンジニアに聞く「持続可能な働き方」

 就職先を決めるにあたり、「安定して働けること」を重要視する声は多い。一方で、「安定していても、やりがいが感じられない」などの悩みがあるとも聞く。フィンランドで働く日本人エンジニアのシンイチさんは、「好きなことを仕事にしていないけれど楽しい。満足している」と話す。

 「進化する北欧イノベーションの今」を現地から届ける本連載。今回は前回に続きワークライフワークライフバランスの良いホワイトな職場環境を求めフィンランドに移住、現地の大学を卒業後、金融系の現地企業にエンジニアとして就職したシンイチさん(33歳)に、現地企業の働き方を聞いた。

フィンランド・オーランド諸島でのハイキングにて。放し飼い状態の牛と遭遇
フィンランド・オーランド諸島でのハイキングにて。放し飼い状態の牛と遭遇

<シンイチさんの経歴>

  • 2013〜2014年:日本の公立高校で英語科の教員として勤務
  • 2014〜2015年:オーストラリアでワーキングホリデー
  • 2015〜2017年:日本の民間企業で派遣社員として勤務
  • 2017〜2021年:フィンランド・オーランド大学に在籍
  • 2021年5月〜:フィンランド・ヘルシンキの金融系企業で勤務

16時に勤務終了--納期のプレッシャーがない

 2021年5月に、ヘルシンキにオフィスを構える金融系企業でエンジニアとして働き始めたシンイチさん。1000人近い従業員がおり、フィンランドではよく知られた企業なのだとか。同企業のIT部門に所属するシンイチさんは、プログラミング言語の「Java」を使用してコードを書いたり、メンテナンスを行ったりしているそうだ。

 勤務スケジュールは、平日の5日間に1日7.5時間働くのが基本で、土日祝日と季節休暇(夏は4週間、冬は1週間)を取得する。コロナ禍になってからは原則自宅勤務となり、自宅で働く日々を過ごしているという。

 「毎日デイリーと呼ばれる15分のミーティングがあって、その時間を除いて原則自分で勤務スケジュールを設定できる。僕の場合は、主に8時に勤務を開始し、30分の昼食休憩を取り、16時に勤務を終えている」

オフィスの近くにあるヘルシンキのショッピングセンター
オフィスの近くにあるヘルシンキのショッピングセンター

 シンイチさんは、ワークライフバランスが優れている点を現地勤務の大きなメリットだと感じているそうだ。

 「日本では、“納期は守らなければならないもの”という意識が強い気がするけれど、こちらでは、そういったプレッシャーを感じない。予定より進捗が遅れていれば納期をズラすだけ。それは日本との大きな違いだと思う」

 社内のメンバーも17時前に勤務を終え、プライベートの時間を十分に取るのが一般的だという。筆者はデンマークで約6カ月、フィンランドで約1年を過ごしたが、デンマークもまた同様のワークライフバランスを保っていた。スタートアップの経営層や給与体系が異なる管理職となれば働き方が異なる場合も多いようだが、社会全体に残業をしない働き方が浸透している印象があった。

なぜ、人間関係のストレスがないのか

 シンイチさんはまた、「全メンバーと気が合うわけではないが、人間関係のストレスを感じることはない」と話す。

 「僕が文系出身ということもあり、IT系の人の中には時に会話が噛み合わないと感じる人がいる。これはフィンランドも日本も変わらないと思う。でも、合わない人と無理をして付き合う必要がないのでストレスにはならない。メンバーと集まる食事会などはあるが、3カ月や半年に一度と頻度は少ない。個人的には、適度なコミュニケーション量だと感じている」

 日常的なコミュニケーションは、同じチームに所属する数人のエンジニアとビジネスサイドの担当者とのやり取りがメインとのこと。上司はいるが、2〜3カ月に一度の面談で進捗の確認や要望等のすり合わせをする程度で、細かな指導を受けるなどの濃いコミュニケーションは発生しないそうだ。

 「上司はいるけれど、あまり存在感がないというのが正直なところ。上司はポジションが異なるだけで“上の人”という捉え方はしないため、上司に萎縮する感覚がない。むしろ、上司や経営層より労働者の意見が強いと感じる。

 というのも、IT業界は労働組合の力が強く、問題が起これば業界全体の労働組合が黙っていない。加えて、エンジニアは不満があれば、すぐに転職してしまう。企業には需要と供給の関係でエンジニアを確保するのが難しい事情がある。これらが間接的なプレッシャーになっているのではないかと思う」

「上下関係の感覚が薄い」のは、筆者も現地でよく聞いた
「上下関係の感覚が薄い」のは、筆者も現地でよく聞いた

 この労働者と雇用主のパワーバランスは、業界によって異なるようだ。例えば、建設業界では労働者の立場が弱く、安い労働力で搾取されたり、給料が適切に支払われなかったり、といった問題が聞かれるという。その点、IT業界は労働者の立場が強いとシンイチさん。

 「驚いたのは、社長ですら、平社員が何か意見したときに非常に低姿勢で対応していたこと。ミスをした際も、アドバイスをもらうことはあるが怒られるということはない。前提として、人はミスをするものだという理解がある。だから、そもそもミスが起きない仕組みを作ろうと考える傾向がある」

 シンイチさんが指摘したように、業界によっては、立場の弱い移民が安い労働力として搾取されたり、劣悪な職場環境がいつまでも変わらなかったりといった課題を聞くこともある。しかし、現地で長く暮らす人の話では、少なくとも「人間関係が理由で退職する」という人はフィンランドやデンマークでは、ほとんど聞かないそうだ。

仕事で「やりがい」は意識しない

 シンイチさんは、現在のエンジニア職について、「特に好きなことを仕事にしたわけではないが楽しい。不満はない」と言う。その“楽しさ”は、どこからきているのだろうか。

 「プログラミングは特に好きではないけれど、嫌いではないし、抵抗感は日に日に減っている。自分自身でスキルが伸びている実感があり、それが楽しさにつながっている。給与水準も良く、生活基盤も整えられている。加えて、好きなことを思いっきりできる時間があるから、生活の満足度が高い」

 給与水準は、雇用形態によって違いはあるものの、エンジニア1年目ならフィンランドのほうが明らかに高いとのこと。日本では年収300万円台が多いところ、フィンランドでは500万円台が平均的だという。ただし、日本ではフリーランスエンジニアも多くおり、その場合は急激に時間単価が上がることも。一方、フィンランドでは、あまりフリーランスエンジニアの雇用形態は聞かないそうだ。

フィンランド・トゥルク市の旅行にて現地の友達と一緒に
フィンランド・トゥルク市の旅行にて現地の友達と一緒に

 毎日16時に勤務を終えた後、シンイチさんは近所の陸上競技場で走ったり、副業として語学学習のコーチングサービスを提供したり、自分がやりたいことを満喫しているという。

 「高校時代に陸上部に所属していて、また陸上をやりたいと思っていた。練習として短距離を走っていたところ、30代にもかかわらず高校時代よりいいタイムが出ている。いずれ試合にも出てみたい。語学学習のコーチングもまた、好きなことの一つ。生活を支える収入があるので、利益追求はせず、自分が思ったとおりのサービス提供ができている。日本での教員時代は思ったように教えられないジレンマがあった」

 仕事のやりがいをたずねると、「特に意識していない」とシンイチさん。「普段はタスクをこなすことに集中している。プライベートで好きなことができているし、仕事も楽しいと思えるので不満がない」と話す。

 最後に、シンイチさんは「強い労働者になりたい」と自身のキャリア観を語った。「向こう数年間の目標はいつでも転職できるぐらいのスキルを身に付けること。現在のポジションは安定しているが、将来的に何があるかはわからないし、今の会社にしがみつく必要がない状態にしておきたい。日本に帰る予定はなく、フィンランド企業で勤務を続けながら、できれば年収も上げていきたい」

(取材協力・写真提供:シンイチさん)

小林香織

フリーライター/北欧イノベーション研究家
「自由なライフスタイル」に憧れて、2016年にOLからフリーライターへ。【イノベーション、キャリア、海外文化】などの記事を執筆。2020年に拠点を北欧に移し、デンマークに6ヵ月、フィンランド・ヘルシンキに約1年長期滞在。現地スタートアップやカンファレンスを多数取材する。2022年3月より東京拠点に戻しつつ、北欧イノベーションの研究を継続する。

公式HP:https://love-trip-kaori.com

Facebook :@everlasting.k.k

Twitter:@k_programming

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