2010年から始まった「欧州グリーン首都賞(European Green Capital Award)」。これは、都市部の環境改善と経済成長を両立させ、人々の生活の質を向上させる地域の取り組みをたたえ、後押しする目的で、欧州委員会が設けた賞だ。毎年、応募都市から1都市が選ばれ、受賞すると「グリーン都市」としてアピールできる。EU各都市が受賞を狙っており、かなり競争率が高いのだとか。
「進化する北欧イノベーションの今」を現地から届ける本連載。今回は、欧州グリーン首都賞2021を受賞したフィンランド・ラハティ市の取り組みを紹介する。廃棄物やエネルギー問題に関連した気候変動対策はいずれも本格的で、都市のロールモデルになりそうだ。
ラハティはフィンランドの首都ヘルシンキの約130km北に位置し、ヘルシンキからは電車で1時間ほど。筆者はまだ訪れたことがないが、湖沿いの港町で自然豊かでありながら、生活の利便性も高いようだ。
ラハティでは、2025年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」な都市になることを目標に掲げており、都市全体であらゆる気候変動対策を実施している。1つの重要な決断として、同市では2019年春に石炭の使用を中止。代わりに、リサイクル燃料と地元の認証木材を原料としている。これはフィンランド政府や北欧諸国、EUの目標を約10年前倒しで実現したことになるそうだ。
同市では、これまでの石炭発電所を閉鎖し、約1億8000万ユーロを費やして環境に優しいバイオエナジー工場を建設した。石炭発電所の閉鎖により、同市の二酸化炭素排出量は年間約60万トン、1990年比で20%まで削減される。これはフィンランド人6万人分の年間排出量に相当するそうだ。
また、家庭ごみは99%以上をリサイクルしており、3分の1は再生材料の原料に、残り3分の2はエネルギー生産に利用されている。廃棄物を「原材料」とする取り組みもラハティが評価されるポイントといえるだろう。
2017〜2018年のシーズンに開始された、アイスホッケーチーム「Lahti Pelicans(ラハティ・ペリカンズ)」のカーボンニュートラルの取り組みも、特筆すべき点といえそうだ。
ペリカンズでは、チーム活動の際にCO2などの温室効果ガス排出量を極限まで減らす努力をしている。対象となるのは、チームの試合会場までの移動、選手やスタッフの通勤、観客のホームマッチへの移動に加え、ホームアリーナでの電気・暖房・製氷機の使用、廃棄物処理などにおける温室効果ガスの排出量だ。
たとえば、ペリカンズのメンバー、およびスタッフは飛行機移動を中止し、試合会場への移動はすべてバスを使用している。使用するバスは、もっともCO2の排出量が少なく、再生可能燃料を利用している車両のみ。チーム内でシェアできる電気自動車や自転車も導入した。特に若い選手たちは、積極的に自転車を活用しているそうだ。
ペリカンズの公式YouTube
上述したラハティ全域の石炭の中止も、チームの温室効果ガス排出量の削減に役立っている。さらに、ペリカンズのホームアリーナである「Isku Arena(イスク・アリーナ)」では、廃棄物の分別に投資しており、ペットボトルをリサイクルした材料で作られたマットを導入した実績があるそうだ。
これらの取り組みにより、ペリカンズでは、2017〜2018年と2020〜2021年のシーズンを比較して、温室効果ガスを70%以上も削減することに成功。残りの排出量は、カーボン・オフセットで相殺することにより、世界初のカーボンニュートラルのアイスホッケーチームになったことを正式に宣言した。
カーボン・オフセットとは、日常生活や経済活動において避けることができない温室効果ガスを、排出量に見合った温室効果ガスの削減活動に投資すること等により埋め合わせる考え方を指す。ペリカンズでは、国際的に認められている「Gold Standard(ゴールド スタンダード)」の認定プロジェクトの支援により、カーボン・オフセットを実現した。
なお、排出量の計算はラッペーンランタ(LUT)大学の助教授が担当し、正式に発表されている。ペリカンズの取り組みを通じて、カーボンニュートラルは中途半端な意識では達成できない厳しさを知り、その本気度に圧倒された。
市民向けの気候変動対策として、モビリティにおける排出量を削減することで、個人にメリットやインセンティブを付与するアプリも提供されている。これは、CitiCAP(シティキャップ)と呼ばれるプロジェクトで、モビリティにおけるCO2排出量を削減すると共に、交通に関するデジタルデータを収集し、利用可能にすることが目的だ。
ラハティ市の公式YouTube
市民向けのアプリには2つの機能があり、1つは自身のモビリティの炭素排出量をリアルタイムで追跡・可視化すること、もう1つはモビリティ関連のCO2を取り引きすること。ここでいう取り引きとは、CO2排出量を削減する移動手段を選ぶ代わりに、交通環境におけるメリットやサービス利用のインセンティブを受けることを指す。
ラハティでは、2020年の5〜12月にこのアプリの大規模調査を実施。当時の調査ではアプリ利用の影響によるCO2の大幅削減には至らなかったようだが、利用者のアンケートでは約36%が、「排出量が削減されたことを実感した」と回答したそうだ。その主な理由は、モビリティの排出量が可視化されたこと、アプリ利用によりチャレンジ精神が刺激されたこと、インセンティブを得られることだった。
より自転車利用を促進する施策として、2020年末に2.5kmの自転車用の高速道路がラハティに建設された。そこにはサイクリング体験を向上させる目的で、省エネ照明、安全な自転車ラック、情報画面、路面に映る交通標識が設置されたそうだ。
この自転車用の高速道路は、ラハティのサイクリングネットワーク計画2030の一部であり、約60kmの主要サイクリングコースで構成されている。これにより、住宅地から市街地へのスムーズで素早いアクセスを可能にする狙いだ。
ラハティの取り組みはEU内で高く評価されており、さまざまリサーチしていて驚くことが多かった。自治体による規制や仕組みづくりも重要だが、そこに住む市民一人ひとりの協力あってこそ、カーボンニュートラルを達成できるのだと強く感じる。
習慣を変えることは容易ではないけれど、筆者はフィンランドで暮らすようになって、環境への意識が変わっている実感がある。たとえば、天気のいい日は電車ではなく電動キックボードや徒歩で移動する、ペットボトル飲料は買わずマイボトルを持参する、環境に配慮されたものを選ぶなど。今後も少しずつ行動を広げていきたい。
小林香織
「自由なライフスタイル」に憧れて、2016年にOLからフリーライターへ。【イノベーション、キャリア、海外文化】など1200以上の記事を執筆。2019年よりフリーランス広報/PRとしても活動をスタート。2020年に拠点を北欧に移し、現在はフィンランド・ヘルシンキと東京の2拠点生活。北欧のイノベーションやライフスタイルを取材している。
公式HP:https://love-trip-kaori.com
Facebook :@everlasting.k.k
Twitter:@k_programming
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス