朝日インタラクティブが主催するアニュアル・カンファレンス「CNET Japan Live 2022」が、“社内外の「知の結集」で生み出すイノベーション”と題して、オンラインで開かれた。
2日目の2月22日には、NTTドコモの新規事業創出プログラム「39works」を運営するイノベーション統括部より、部長の稲川尚之氏と、同部所属で電子チケット管理サービス「teket(テケト)」をローンチした島村奨氏が登壇。39worksの取り組み概要と、teketが誕生した背景やサービスの特徴などを語った。
なお、稲川氏はこれまで、NTTドコモ・ベンチャーズというCVCの立場で登壇してきた。そのためか視聴者からは、「投資家に戻ってteketを見ると、どんな評価になるか」という質問も飛び出し、 これが島村氏への“初フィードバック”となったため大いに盛り上がった。
ドコモの新規事業創出プログラムとなる39worksは、2014年7月にスタートし、これまで1161件の企画に取り組んできた。プロジェクト化したのは41案件という“多産多死”を経て、3件の事業部移管と2件の子会社設立まで実現したという。そんな中でローンチを果たしたのが、島村氏がリードする電子チケット管理サービスのteketだ。
稲川氏は「イノベーション統括部における新規事業創出についての取り組みや、外部とのコラボレーションについての詳説は、以前取材していただいた記事をお読みいただければ」と前置きしたうえで、「ドコモという規模の企業で、草の根から新規事業をやると、これくらいの打率になることは、まずご理解いただきたい」と切り出した。
案件ごとに、時期とKPIを定量的に決めて、達成しなければ撤退、目標をクリアして続ける意志があれば、予算を追加して事業計画を再度書く、という流れで事業を育てていくという。
39worksでは、「多弾ロケット」という考え方で、事業を開発している。1弾目は弾込、つまり仕込みだ。2弾目は事業化。3弾目でそれをグロースさせていく。特徴は、「事業特性やアセットに応じた最適な手段と、市場環境に適した手段で、事業創出を促進していく」ことだ。
事業化においては、「PDCAを高速で回せる」ことを重要視しているという。このため、アセットは自社と社外のいずれを重視するか、事業はドコモ主体とパートナーとの共創のどちらかという4象限で、それぞれのプロジェクトにあったスキームを構築するという。
自社アセットを重視しながら、ドコモの事業として新規事業をやる「内製」スキームでは、投資管理アプリの「マイトレード」を開発した。稲川氏は、「いままた、内製が見直されている。上場企業の社員も自分でコードを書いてプロダクトを作ることは、サービスとして必要だと思う」と話した。
「マイトレード」は、2021年1月に初のベータ版を配信し、オープンテストを経て、2022年1月18日に正式ローンチ。企画から開発、運用まで、全て内製することにこだわって、チームを組んだという。
その意義は、「新規事業を内製する礎を築くこと」だ。アプリ開発とデザイン、集計ロジックと管理、運営とマーケ、サーバーとインフラ、合計6人という少数精鋭で、外部にメンターを持ちつつも、「社内にノウハウを展開する」ことも目的に、ドコモ初となる個人向けアプリのサービスを生み出した。
「内製」の真逆に当たる、社外アセット重視で、パートナーと事業を共創するスキームでは、「Loupe(ルーペ)」を東京エリア限定の展開を経て、2月18日から神奈川、千葉、埼玉を加えた一都三県での本格的なサービスを開始したという。人々の興味関心、通称“小ネタ”を、マップと画像で共有するという、新たなソーシャルサービスだ。稲川氏は、「地域密着型の小ネタというライトな情報を軸に新たな街の魅力が発見できる」と紹介した。
外部有識者と共創するメリットは、「ベンチャーと大企業で、仕事の風土、文化の融合が進むこと」だという。稲川氏は、「ReLicさん、社外有識者のhauska代表の林さん、それからドコモで共同での企画開発をを通して、これ(風土・文化の融合)を実現したい」と話した。
さらに、自社アセットを有しながらパートナーと組むというスキームでも、事業開発が進められているという。10万円以下で100人以上のインフルエンサーに何度でも拡散してもらえる、「Influencer Works」という広告分野のサービスを共創した。
稲川氏は、「PR大手のベクトルグループのインフルエンサーマーケティングに強いLiverBankさんとドコモが組んで、共同事業を行うという形で、広告主とインフルエンサーをつなぐマッチングプラットホームを構築した」と紹介した。
本講演で紹介されたteketも、このスキームに該当するという。稲川氏は、「teketがいかに高速で事業を成長させて、ロケット3弾目を推進していったのか、島村さんからお話させていただきます」と話して、島村氏にバトンを渡した。
teket(テケト)は、コンサートの電子チケット管理サービスだが、そもそも、なぜドコモがこれをやっているのだろうか。島村氏は冒頭、「よく聞かれる質問だが、これは完全に私自身がやりたいと欲しいと思って作ったサービス。でも、大企業の新規事業としてやってきたからこそ、高速で進めてこられたのだと思う」と挨拶した。
2015年にドコモに入社して以来、予約できる駐車サービス「Peasy」の立ち上げなど、新規事業領域でキャリアを歩んできたという島村氏には、“別の顔”があった。4歳から始めたバイオリンの奏者として、現在は10団体近いオーケストラやバンドに掛け持ちで参加し、年間20~30公演を行なっているのだ。
会社では新規事業一筋、プライベートでは音楽漬けという生活を送り、いろいろな団体に所属するなかで、コンサートなどのイベントを開催する上での共通した課題が見過ごせなくなったという。
「共通する課題の代表的なものを1つ挙げさせていただくと、チケット販売が、ほんとに超絶アナログな作業だということ」と島村氏。特に、オーケストラの指定席販売では、全ての団体が手書きで管理していたという。
従来、紙のチケットを取り扱うという都合もあって、基本的には1人の担当者が、チケット係としてそのすべての業務を担当することが多い。業務内容には、チケット事業者とのチケット発券のやり取りのみならず、100人弱の団員やお客様と個別にやり取りをして2000席の座席を割り当てていく、細かな作業も含まれていた。しかも、「この団員はバイオリンパートだから、見えやすいように左寄りの席にしよう」といった、個別のニーズに合わせて座席配分の最適化を行うため、膨大な時間がかかっていたという。
島村氏は、「正直、100年前のチケット管理とやっていることがほぼ同じで、その“当たり前”を誰も疑っていないような状況だった」と振り返る。そして、「本来やりたいはずの音楽活動の時間を削って、こういう作業をしている現状を変えるために、teketというサービスをリリースした」と、事業の背景を説明した。
teketの導入の効果は凄まじかった。これまで数週間要していたイベントの公開が、わずか1時間で完了するようになった。また、QRコードでのリアルタイム入場管理も可能になった。チケットの受け渡しも、非接触で簡単にできるようになったという。
teketの事業開発で、非常に特徴的なポイントは、初期ターゲットをかなり絞った点だ。開発機能も、ターゲットに合わせて絞られた。具体的には、オーケストラをはじめとしたクラシックに必要なもので、その代表的な機能として、座席の管理機能を開発したのだ。
従来は手書きで、何十時間という膨大な時間をかけて行なっていた座席設定が、ウェブ上で一瞬で完結するようになったというが、UI設計には苦労したという。
「私やIT企業に勤めている方、この講演を聞いてくださっている皆さんも、おそらくITリテラシーが高いと言われる方たちだと思うが、そういった方々にとっては当たり前のUIでも、これまでずっとアナログな作業をやってきた方々が初めて電子化するという場合には、思っている以上に伝わらない。ここは結構見落としがちなポイントだと思う」(島村氏)
リリースしてからも、UI改善のアップデートを繰り返し、「驚くほどお問合せがない」と言われるほど、UIを磨き込めたという。
島村氏は、「初期ターゲットを“取り切る”活動を、2年間やり切った。普通は、ここまで極端にターゲットを絞って機能開発するなんて、やらせてもらえないのではないかと思う」と話した。実際、社内でも「本当に儲かるの?」「その戦略で大丈夫なのか?」と何度も指摘された、と島村氏は少し笑顔で振り返った。
しかし、島村氏には、「まずはクラシックから始めて、使いやすいUIを作った上で、新たなジャンルに挑戦していく」という明確な戦略があったという。
業績を振り返ると、その戦略が功を奏したことが分かる。収益化に至るまでは、公演数を指標にして、アマチュアオーケストラでのteket活用公演数を増やしつつ、改善も行った。PRやマーケティングも、主催者に情報を届けることを念頭に設計したため、“火種”がついたあとはバイラル効果で拡散されていったという。
そして、2020年の7月にはクラシックの音楽事務所と提携。アマチュアだけではなく、プロのニーズにもしっかり答えたサービスへと成長させた。そこから、クラシック業界で培ったUIや機能といった強みを武器にして、似た課題のある演劇や音楽など、別の新しいジャンルへの拡大も順調に伸ばしている。
取扱高はあと1~2カ月で累計3億円を突破する勢いで、会員数も間もなく30万人に達するという。
島村氏は、「すでに20近くの機能を、お客様からの要望をもとに、しかも通常の開発の合間を縫って、2年間で開発し切っている。常にアーティストに寄り添ったサービスをご提供できるように心がけてきた。今後もさらにサービスを発展させていきたい」と話して講演を締めくくった。
講演に続いて、質疑応答の時間も盛り上がった。まずは、本誌CNET japan編集長の藤井から質問を投げかけた。
Loupeやteketでは、なぜあえて自社ではなく、社外とコラボする形を選んだのか」という質問に対して、稲川氏は「いろいろなスキームがあって、どれもメリットがある。自前で完結することは、自社アセットを育てるという意味で非常に重要なことだが、カルチャーが混ざり合い視点を変えて行けるという点では、外部の方とのコラボは有用だ」と答えた。
また、「外部と一緒にやる上で、気をつけるべきポイントは」と聞くと、稲川氏は「業務委託や下請けといった縦の関係ではなく、お互い対等に意見を言い合えるチームを作ることで、新たな気づきをお互いに吸収できるので、あくまでも一緒に事業を作っていくという意識を持つことが非常に重要なポイント」と回答した。
「teketが外部との連携をどのように行い、どんなメリットがあったのか」を、島村氏に尋ねると、「例えばサポートのチームには、自身がバンドをやっていてコールセンターでの経験もある、けれどもドコモだと選択肢にならないような外部の人材をチームに招き入れることで、主催者の立場に立った丁寧な応対ができる上に、事業としては圧倒的にスピードが出た」と振り返った。
視聴者からは、「稲川さんに投資家という立場に戻っていただいて、teketを見ると、どんな評価になりますか」という質問も飛び出した。稲川氏は、「島村さんに一度も言ったことがないので、これが初めてのフィードバックになりますが」と漏らしつつも、このように語った。
「最近はDXという言葉が流行っているなか、電子化という、すごく古いところに目をつけて、そこから入るのは希少性がある。また、マーケットにちゃんと入り込んでいる、クラシックから入って、ステップを踏んで売り上げなどを着実に伸ばしているところを見ると、なかなか良いと思って僕は見ていた。あえて厳しいことを言うと、すでに大手が牛耳っているマーケットなので、将来的にコロナが終息してオフラインへの揺り戻しが来る、使い勝手を改善するためにプレイヤーまで変わるかどうかなど、これからさらに検証が必要なのではないかと思う」と稲川氏は話した。
島村氏は、「初めて聞くお話もあったので、少しドキドキしながら聞いた。最初に手がけたのはチケットだが、アーティストの方たちの音楽活動を支援していく立場として、もっとイベント運営やアーティスト活動全体をサポートしていきたいという思いがあるので、さらに成長させていきたい」と応えていた。
最後に、「共創の1番の価値は何だと思いますか」という本年カンファレンスの共通質問に対して、稲川氏はこのように答えた。
「共創とは、オープンイノベーションそのもの。異なるものの組み合わせによって、新しいものが生まれる。一方、ドコモは通信インフラというプラットフォーマーとしての立ち位置もあるので、自前で新たなものを作り出してムーブメントを起こしつつ、共創による組み合わせで新しい付加価値を生み出していきたい」(稲川氏)
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