経験から編み出した新規事業を成功裏に進める「鉄板メソッド」--NTT東日本 長谷部豊氏【後編】

 企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発やリモートワークに通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。前回に続き、NTT東日本の長谷部豊さんとの対談の様子をお届けします。

 前編では、大企業で新しい事業開発をおこなう際の2つの軸について伺いました。後編では、長谷部氏が編み出した具体的な“鉄板”メソッドについて語っていただきます。

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NTT東日本 ビジネスイノベーション本部 ソリューションアーキテクト部長の長谷部豊さん(右)

最初の3カ月で30人に会いに行く

角氏 : 顧客理解と意思・情熱の重要さの部分は僕も徹底しているのですが、その鉄板のやり方とはどういうものなのでしょうか。

長谷部氏 : まず顧客理解については、新しいことを始めようとしたときに、最初の3カ月で30人に会いに行きます。初期仮説を持って、その分野のマーケットですでにプロダクトを提供している人や、そこに悩んでいそうな顧客、つまり未来の顧客候補とか、その領域の関係者に話を聞きに、仮説をぶつけに行くんです。最初は「教えて下さい」というスタンスで話をし、そこで聞いたことに自分たちの解釈とアイデアを加えて、次の人にその仮説をぶつけに行く。それを30回やります。

角氏 : それは顧客理解が進みますね。

長谷部氏 : するといろんな変化があって、途中で相手から「そんなサービスがあったらいいね」などとプラスのフィードバックをもらえる瞬間が少しずつ増えてきます。そしてさまざまな事象の因果関係やそれぞれの視点の違いなど統合的な視点で物事が見えてきて、3カ月を過ぎた辺りからこちらの方が理解が進んでいる状態になります。

 すると最初の頃は素人なのに、「10年やってると思った」などと言われるようになります。そういう状況にもっていくと、チームとして自信がついてくると同時に、自分たちが作り上げた課題解決のためのサービスの青写真ができてきます。するとマーケットの顧客からも「今度提案してほしい」と期待が寄せられるようになり、自分たちの中に「やれるかも」という自信が生まれます。このようにしてモチベーションを高め、期待をされた顧客のためになるサービス開発に着手できるかもしれないという状態を、最初の3カ月、遅くとも6カ月で作ります。

角氏 : 期待をされてない状態だと、やらされ仕事になってしまいますしね。

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長谷部氏 : だいたいそこで火が付きます。チームメンバーに聞いても、「めっちゃ楽しい」と言いますね。その変化を最初に作る必要があります。

潜伏して顧客との共創でプロトタイプを開発

角氏 : それが第一関門ですね。そこを突破したらどうなりますか?

長谷部氏 : 顧客内のイノベーターを捕まえて、プロトタイプ開発を始めます。お客様に協力していただき、製品やサービスを評価してもらうわけです。ファーストユーザーとなるお客様と共創プロジェクトを作り、MVP(※)開発手法を使い、どんな機能をどう提供したら価値が出るのかを聞きつつ、作って見せてというサイクルを高速に回していきます。私はその手法をいつも使っています。

※Minimum Viable Product:必要最小限の製品

角氏 : お客さんと一緒にやるから顧客理解が進んで寄り添い続けることができるわけですね。

長谷部氏 : もう1つ、これが本業とは離れた飛び地の事業の場合、さまざまな社内の関係組織から理解を得る必要があります。そのため顧客とプロトタイプを作るフェーズまでは、一旦はチームの中で閉じて進めていきます。商用化する際には、オペレーションや販売、サポートなどに関して社内での組織間連携が必要になりますが、社内で新規事業を作ろうとすると、まだ形が見えていない段階では、既存の組織からすぐには協力を得られないケースがあるため、本格的に協力を求める段階までにその状態までもっていく必要があります。顧客になってくれるユーザーがいて、ニーズを汲み取ったプロトタイプが完成している状態で、初めて社内に広く相談を始めます。

角氏 : お客さんが一緒に汗もかいてくれて、その人たちがこれを欲しいと言っている。プロトタイプも見せられる。すると、はた目にも売れていくだろうという見込みが見えると。

長谷部氏 : どう売っていったらいいかイメージもつきやすいですしね。この状態になって、社内を本格的に巻き込み始めるという、その手順が肝だと思っています。そこまでをクイックに最小のコストで走り抜ける。

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角氏 : とても理解しやすい説明でした。社内巻き込みのステージでは?

長谷部氏 : 大事なのはこの時点でチームが勢いづいていて、熱意と顧客理解が高く、社内の他の組織が「応援したい」と思えるチームになっていることです。コツとしては、「俺たちがやってるんだ」というスタンスではなく「巻き込まれたい」「協力を惜しまない」と周囲に思わせるチームにしておくことで、巻き込まれる余白を残しておき、後から協力者として招き入れるのです。最初に立ち上げたチームが全てではなく、途中で入ってくれる人も立ち上げチームとしてゴールに到達するような、そういうマインドセットを作っておきます。

チームを守るために大切な「メンターの存在」

角氏 : 共感できるチームであり、協力する余地が残っている。ならちょっと手伝ってあげようかなと思わせて(笑)。でもそこは狙ってやれるものですか?

長谷部氏 : そこで必要なのがメンターの存在です。よく新規事業開発者は社内の人がどうも敵に見えてしまうと言いますよね?

角氏 : よく聞きます。

長谷部氏 : 私がメンターとして動く際に必ずやるのは、会社の中は全員味方で仲間だと刷り込むことです。「外に対して製品やサービスを提供して、競争している相手は外にいる。敵に見えても敵じゃない。だから、こちらからぎくしゃくしてはダメだ」と伝えます。

角氏 : 敵に見えてしまう理由って何なんですかね?

長谷部氏 : 典型的なところは、新しい領域に踏み出す際に前例がなく、それに対して相手が責任が取れないことです。「何か問題が起きたら誰が責任を取る」とか、「ルール上できない」とか、そういう問題はよく起こります。

角氏 : その時はどうするんですか?

長谷部氏 : 何かあったらこちらが責任を取るというところに持っていきます。でもうまくいったら成果は山分け(笑)。敵対してしまうと終わりなんです。しっかり議論をすることも怠ってはいけませんが、最後は言い出した者の責任として、そこは飲み込む覚悟でやっていく。私は過去そのやり方で乗り越えてきました。

角氏 : 顧客理解を考えたら仕方ないですもんね。

長谷部氏 : そこが判断基準なんです。妥協の産物を作らない、それが絶対に顧客から目を離さないということ。ここでいいように調整して妥協してしまうと目が離れてしまう。

角氏 : 「社内を通すために仕方なく」というパターンですよね。そうすると顧客が望まない製品になる。

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長谷部氏 : そうしないためにも、メンター的な役割の人が必要なんです。そういった意味でも、私は事業開発を経験した人間が次の世代にしっかりとメンタルやマインド面でケアをしていくことが必要だと感じています。

角氏 : そこも今は長谷部さんがされている?

長谷部氏 : 私の部署以外でも新規事業開発は行われていて、そこで発生したプロジェクトの社内的なケアも一部担当しています。一方で、プロトタイプができた辺りからは、ビジネスモデルを作らないといけないので外部からメンターを呼びます。後半は、社外の知見も入れながらビジネスモデルの壁打ちをする作業が入ってきます。そこまでを早いと6カ月くらいで進めます。

社内を巻き込むために機能する「役員サポーター」

角氏 : それは早い。プロトタイプを作るには予算が要りますが、そこの部分は最初の顧客理解が充分に達しているから、お客さんからもGoが出やすいということでしょうか?

長谷部氏 : そうですね。そこから社内を広く巻き込んでいくんです。顧客から目を離さない一方で、これを自社がやる意義についても話す必要があります。社の方針や社会課題の解決にどうつながるかというストーリーをしっかり作っていかないと、「あいつら暴走している」と言われてしまいます。そして、シニアのメンターのような役員クラスのサポーターの存在も欠かせません。解決しづらい問題はその役員が動いてくれるようになるので、非常に重要な要素になります。このパターンでかなり成功確率は高くなります。

角氏 : 予算が取りやすかったり、人員配置もクリアしやすくなると。組織的なサポートを得られる部隊として成立した次は、販売戦略ですか?

長谷部氏 : 事業計画を立て、次に世の中に向けてリリースを発表します。その時に共創でプロジェクトをしたお客様がファーストユーザーになるということを発表できると、その後展開が進めやすくなります。また後半になると、チームのメンバーは使命感を持って取り組むようになります。自分がなぜこれをやりたいか、自分と会社と社会のWhy、最近ではパーパスと言いますが、それがちゃんとつながっている状態ができると、一人ひとりが使命感を持って事業を進めていくようになり、私も少し手を離せる状態になります。

新規事業経験者は「次のメンター」になるべき

角氏 : 組織内に長谷部さんのような人がたくさんいたらいいでしょうね。

長谷部氏 : そういう経験をした人が、次のメンターになるべきなんです。今まさに経験しているメンバーも、私の重要性に気付いていると思います。そういう経験を経て、次にメンターに回るという循環性ができるといいなと。

角氏 : 今のお話は凄く沁みました。この形で作った新規事業はありますか?

長谷部氏 : 最近ではブレインスリープさんと取り組んでいるスリープテック事業ですね。企業向けに、「睡眠偏差値forBiz」という健康経営サービスを提供しています。私はメンターとして参加し、発案したメンバーが全てをやりました。

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角氏 : 最初にかかわったのはアイデアができている状態から?

長谷部氏 : いいえ、アイデア出しから一緒に。睡眠の話は自分たちの課題から出ています。

角氏 : 睡眠の課題はある、確かにそうだとなってから30社回ったんですか?

長谷部氏 : 行っていると思います。ブレインスリープさんもその1社で、キーパーソンである創業者のスタンフォード大学 西野精治先生と出会うことができましたし。睡眠に関するエコシステムはほぼできていなかったので、エコシステムを作るところからの課題解決が必要な領域でしたから。

角氏 : それは大変だったでしょうね。そこから社内でのストーリーメイクをされたと。「通信と関係あるの?」というところからですよね?

長谷部氏 : そうですね。睡眠の課題ですが、日本全体では睡眠障害、睡眠負債によって凄く経済損失があると言われています。よく言われているのが、働いている人のプレゼンティズム(※)問題で、出社してもボーっとして生産性が上がらない状態の人がたくさんいて、睡眠障害の問題もありこの領域に未解決な問題がいっぱいあるんです。まずそこに対して、エビデンスベースでソリューションが確立されていない領域だということがわかって事業に着手しました。

※プレゼンティズム:健康の問題を抱えつつも仕事を行っている状態

 われわれは「睡眠偏差値」という睡眠の質を定量的に表す指標を作り、寝ているときの睡眠の状態や日々の活動状態のデータに基づいて、睡眠医学的な知見から何が効果があってどう行動変容していくべきかサジェストするサービスを提供しているのですが、そのデータの取り扱いや分析に自分たちの強みを生かすことができ、結果として社会解決になる。さらにNTT東日本は地域密着型なので、ゆくゆくはスマートウェルネスシティ(※)や、ウェルビーイングの向上を目指した地域単位の取り組みのところに睡眠の質の改善という観点で新しい軸を出せる。こういうストーリーを作っていきました。

※スマートウェルネスシティ:身体面の健康だけでなく、人々が生きがいを感じ、安心して豊かな生活を送れるまちづくりへの取り組み

角氏 : 睡眠は全ての人間にかかわるので市場規模は大きいですしね。

企業内起業の面倒臭さから逃げてはいけない

角氏 : 今回の対談では事業の作り方だけでなくて、モチベーションの高め方、人の巻き込み方、仲間の作り方からも全部入った話を伺えましたが、そういうことが面倒くさくて逃げちゃってる人はいますね。

長谷部氏 : それらがつながらないと最後まで行きつかない。どこかで止まってしまいます。そして最初のWillのところは、運任せにしてはいけません。新しいチャレンジを始めるタイミングは、やる気が出てからとか、やりたいということが見つかったとか、自信ができてからと思いがちですが、起業家やアントレプレナーはそれでいいけど、イントレプレナーはそうはいきません。会社の課題として自分発ではない要因で新規事業に入ることも多いので、そこでモチベーションが上がらないとか、自分がやりたい領域ではないとは言ってられません。

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角氏 : そこで意思を作りに行くために、マーケットに出ていくと。30人インタビューを経験し、いろんな人の顔を見て情報を吸収できれば絶対変わりますよね。それで腹が括られる。

長谷部氏 : 一次情報を取りに行くことに絶対的にこだわっています。大企業の人は調査もインタビューも丸投げする傾向がありますが、私は自分がその状況にいたい。そこが一丁目一番地です。

角氏 : 僕もそうです。大企業をサポートさせていただく際、絶対に最初にユーザーインタビューをちゃんとする所から始めます。そこは自分たちでやらないといけない。一番学びがあるところで、そこに手間をかけることで自分が変革されるんです。

長谷部氏 : そうです。自分たちが変わっていく。

角氏 : だいたい過去に成功しているチームは、部長級の方でも新規事業コンテストにエントリーされてくるんですね。そういう人がいると、彼らが長谷部さんのような動きをされるので、上の人を見つけてきたり、周りの人の共感を得たりしてくれます。このポジションの人が核なんですよね。

長谷部氏 : そういうポジションの方は、自分でやるのもいいですが、同じようなエッセンスをうまく下のメンバーに伝えていくことで、人も育っていくんです。実はスリープテックビジネスは、ARCHの中でプラットフォーム化していて、エステーさん、伊藤園さん、第一生命保険さんなど、睡眠事業に興味を持たれた会社から、「うちもこの分野で参加したい」と、企画を持ち込んでいただけるようになっています。このように、新規事業開発で育ってきたメンバーたちがイノベーターとして周りを巻き込み始めていて、私がいつも付いていなくても新しいビジネスを作っているんです。

角氏 : 外の人を巻き込む、社会を変えるビジネスになっているんですね。つい時間を忘れて聞いてしまいました。めっちゃ楽しかったです。大企業の新規事業担当者にとって、この“長谷部メソッド”はバイブルになるかもしれませんね。

【対談後記】長谷部氏は2022年1月31日より、NTT東日本が設立した新会社「NTT DXパートナー」の代表取締役に就任する。デジタル技術やデータを利活用して事業変革や新規事業開発、まちづくりなどに取り組む企業や自治体のデジタル変革を支援していきたいと抱負を語っていた。

関連記事:東日本、自治体や中小企業のDXを支援する新会社「NTT DXパートナー」設立

【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】

角 勝

株式会社フィラメント代表取締役CEO。

関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。

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