滅多にないことではあるが、テクノロジーの進歩における重要な分岐点に立ち会い、そのテクノロジーの利用にともなう良い可能性が、悪い可能性を上回りそうだと思えることがたまにある。
最近では、現在「Disney+」で配信中のドキュメンタリー映画「ザ・ビートルズ:Get Back」を見ているときがそうだった。うわさは聞いていたし、予告編の幾つかを見てもいたが、このコンテンツ制作にどれだけのテクノロジーが注ぎ込まれていたかは知らなかった。
私はこれまで、1960年代、あるいは1970年代や1980年代に撮影された過去のフィルムを使って制作された映画を多数見てきた。そうした映画の元になるフィルムの状態は非常に劣悪なことが多い。フィルムの保管状態が良く、修復の必要がほとんどない場合でも、たいていは色があせている。当時録音された音声にはヒスノイズが乗っていることが多く、とてもプロ仕様の録音機器で収録されたようには聞こえない。ウッドストックフェスティバルのような歴史的ライブでさえ、アーカイブの状態は悪い。当時の愛好家に人気のあった経済的な16ミリフィルムなどで収録されたものが多く、このフィルムは経年劣化しやすいのだ。
そうした映画の場合、過去の記録を見ているのだと実感する。歴史を見ているという、数十年前に起きた過去の出来事を見ているという隔たりを感じる。リアルだとも、現在のことだとも感じられない。
「Get Back」を見るまでは、遠い過去の出来事を、昨日起きたことを見ているように感じさせてくれた映画は1本だけだ。Todd Douglas Miller監督が2019年に制作したドキュメンタリー映画「アポロ11 完全版」だ。この映画の制作には、米航空宇宙局(NASA)と米国立公文書館が提供した保管状態の良い70ミリフィルムに記録された1万5000時間以上の映像がデジタルスキャンして使われた。
だが、「Get Back」のすごいところは、その素材データのコンディションだ。1969年に英国のトゥイッケナムスタジオで21日間にわたって撮影された60時間分の16ミリフィルムと、Nagraの録音機材による150時間以上分の録音なのだ。「アポロ11 完全版」の素材と異なり、保管状態は良くなかった。フィルムは色あせてざらざらで、音声は悪いかミュートされていた。そこでDisneyは、映像と音声を復元してもらうためにPeter Jackson氏を起用した。映画「ロード・オブ・ザ・リング」や「ホビット」の監督だ。
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