2020年4月、青森県八戸市にオープンしたスポーツアリーナ「FLAT HACHINOHE(フラットハチノヘ)」は、新しいアリーナの形を目指したスポーツ施設だ。アイススケートリンクとしての運用を基本に、バスケットコートやイベントホールなどへの転用が可能。エリア内には屋外スペースとなる「FLAT SPACE(フラットスペース)」や「FLAT PARK(フラットパーク)」なども有し、街行く人の憩いの場としても機能している。
手掛けたのは、スーパースポーツゼビオやヴィクトリア、ゴルフパートナーなど、スポーツ用品の小売店で知られるゼビオグループで、イベントや施設運営事業などを担うクロススポーツマーケティング。2012年、宮城県仙台市に「ゼビオアリーナ仙台」を開業し、FLAT HACHINOHEが2拠点目になる。
「FLAT ARENA(フラットアリーナ)」と呼ばれるアイスリンクは1年中氷が張られ、夏でもアイススケートが可能。断熱フロアを活用したフロアチェンジにより、Bリーグ公式戦の開催や近隣中学校による合唱コンクールの会場としてなど、幅広く使用できることが特徴だ。
クロススポーツマーケティング ライツマネージメントチームの青山英治氏は「フロアは氷の上に断熱フロアを敷設することで転用ができ、一晩でフロアチェンジが可能。そのためバスケットボールの試合をしても、翌日にはアイスリンクとして営業ができる」とフレキシブルさを強調する。
JR八戸駅から約200メートルという場所に位置するFLAT HACHINOHEは、クロススポーツマーケティングが施設運営を請け負う民間施設。しかし、八戸市が年間2500時間30年間に渡る長期有償借り上げを実施しており、実質年間の3分の1程度は八戸市の市民枠として使われている。「八戸は氷都としてアイススケートが盛んな地域で、小中学校中心にスケートの授業もある。その場として活用していただいている。そのほか市内外で90チーム以上ある地元アイスホッケークラブの練習、大会の場としても使ってもらっている」(青山氏)と地元に密着した運営を続ける。
こうした「行政利用」に加え、全国のアイスホッケーの合宿、フィギュアスケートの練習、個人滑走といった「日常利用」、フィギュアスケートアイスショー、Bリーグ公式試合、商業イベントなどの「非日常利用」の3つが運営の柱だ。
この3つの運営の柱を切り分け、それぞれの利用時に適した会場づくりをサポートしているのがパナソニックが手掛ける照明だ。「FLAT HACHINOHEは、従来の体育館施設とは違うものと作ろうというチャレンジ。今までは規定の明るさを確保するなど、競技者目線で作られていた。競技者がプレイしやすいことはもちろん、観客の方も楽しく、さらに運営管理するスタッフにとってもうれしいという施設照明を目指した」(青山氏)と説明する。
FLAT ARENA内には両サイドに65台ずつ、計130台のLED照明を完備。アイスホッケー時は130台、バスケットボールの試合では52台、通常のイベント時は110台と、稼働する照明の数を変えることで、会場全体の明るさをコントロールする。
設計を担当したパナソニック エレクトリックワークス社ライティング事業部エンジニアリングセンター専門市場エンジニアリング部スポーツ照明課主務の北本博之氏は「目指したのはプレイに影響が出ないようしっかりとした明るさを確保し、まぶしさを抑制した空間。競技者視点を重視しつつも、観客の方にも満足いただける空間にこだわって設計をした。それにより、今まで以上に臨場感と没入感を味わえるようになったと思う」と説明する。
もっとも気を配ったのは、まぶしさの解消だ。まぶしさは、光の重なりにより生じ、競技者にとっては大敵。FLAT HACHINOHEでは、LED照明の照度を維持しながら、照射方向を分散させることで、光源を見上げた時に生じるまぶしさを低減。光の量と角度を最適化し、競技者をまぶしさから遠ざけることに成功した。
加えて、まぶしさを抑制した観戦空間も構築した。独自のVRソフトを使い、まぶしさを検証。事前に3DCGシミュレーションで「まぶしさの見える化」をし、会場の明るさを確保しながら、適切に光の照射方向を分散した照明を設計。その後、現場の客席で実際にチューニングすることで精度を高めたという。
「国内における競技用の照明は器具が天井にちりばめられ、空間全体をまんべんなく明るく照らすのが一般的だった。FLAT HACHINOHEでは、照明をサイドに配置し、競技面の明るさを確保しながら客席への光を抑制し、臨場感、没入感の高い空間を目指した。この際、NBAの照明を参考にした」(北本氏)と、エンターテインメント性も打ち出す。
実際には、パナソニック社内に競技面の照度に対し、観客席の明るさを20対1から2対1まで5段階に分け、評価試験ができる空間を用意。「試合が見やすく観戦に適している」と「劇的な空間に感じる」を重視し、この2つを併せ持つ効果が表現できた照度対比に絞り、クロススポーツマーケティング側に提案したという。北本氏は「空間にメリハリのある劇場型照明空間の知見もあまりなく、事例も少なかったが、実験をすることで見極め、実際の照明設計に反映できた」と設計手法を明かした。
照明器具の配置や照度を構築した上で、よりエンターテインメント空間を後押しするのが、照明器具の調光や調色などをコントロールする「DMX制御」だ。「DMX制御により100〜0%調光、瞬時点滅が可能になり、これに個別制御を加えることで、競技用の照明を演出用としても使えるようになった。FLAT HACHINOHEには、大型映像設備などと一体演出できるシステムも導入しているので、迫力ある演出ができる」(北本氏)と、今までの競技場施設にはない特徴を話す。
競技者のプレイのしやすさをに加えて、観客の見やすさ、楽しさを提供するFLAT HACHINOHEの照明設計だが、運営のしやすさ、省エネ性能といった、運営者側のメリットも持つ。従来、体育館の照明には水銀灯などが使用されており、一度電源を切り、再度点灯して安定するまでには10〜15分程度のインターバルが必要だった。そのためイベント時などは前もって点灯させておくなど、事前準備が求められていたという。
今回、すべての照明にLEDを採用することで、電源オン、オフを瞬時に反映することが可能。明転と暗転を織り交ぜた演出ができるなど、スムーズな運用が可能になったという。FLAT HACHINOHEは新築のため、開設当初からLEDを採用しているが、通常LEDに置き換えるだけで、従来比で半分以上の省エネになると言われており、省エネ効果は大きいという。
青山氏は「従来の体育館施設は、規定の明るさをクリアするなど、競技者目線が第一。プレーヤーズファーストは当たり前としつつ、エンターテインメントスポーツ施設として、観客の方にも見やすく、楽しめるような、それらを両輪で実現可能な明かりを届けられる施設を目指した。スポーツ観戦とエンターテインメントを楽しむ劇場は別物のように捉えられることもあるが、その両輪を実現したい。単なる照明ではなく、演出の一部にもなる。照明にこだわることで施設の良さが際立つ、そんな場所を目指した」と思いを話した。
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