企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発やリモートワークに通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。森ビルが東京・虎ノ門で展開するインキュベーション施設「ARCH(アーチ)」に入居して、新規事業に取り組んでいる大手企業の担当者を中心に紹介していきます。
今回のインタビュイーは、高知県北川村のゆず畑において、スマート農業化の効果測定によって農村の課題解決に挑戦されている、日鉄ソリューションズ IoXソリューション事業推進部の森屋和喜さん、同じく営業統括本部の鎗水徹さんと、北川村副村長(教育担当)の野見山誉さんです。
前編では、村の特産品であるゆずの栽培におけるスマート化について、お三方の思いを伺いました。
角氏:よろしくお願いします。まず、野見山さんはどのような経緯で北川村の副村長になったのでしょうか。
野見山氏:私はもともと農林水産省の職員でして、以前から地域活性化の仕事をしたいと思っていました。そんな折に北川村の上村誠村長から、ゆずと教育を掛け合わせた地域活性化の構想を聞き、ぜひ行きたいと名乗りを上げたんです。
角氏:なるほど。でも、農水省なのに教育担当副村長というのは珍しいですね。
野見山氏:単に教育をするということでなく、産業・農業と子どもたちの教育を掛け合わせる取り組みをしています。農水省の立場として担い手の育成という目的もあり、ここで中山間地振興の新しいモデルを作れるのではないかと。当村では保育から中学校まで1校ずつしかなくて、その15年間で一貫した教育をすることを教育の肝に掲げていて、それを実行に移すための道筋をつけるまでが私の仕事です。
角氏:ちなみに両者はどのような関係ですか?
野見山氏:農水省のスマート農業実証事業への参画を機に、数社でコンソーシアムを組んでご一緒させていただいております。もともと全く縁もなかったのですが。
角氏:農業は関係ないですもんね。日鉄ソリューションズのお二人は?
森屋氏:私が現場で野見山さんと農業へのIoX導入の実証に取り組んでいて、鎗水は新規事業立ち上げ担当としての立場で参画しています。組織名のIoXは当社独自の造語であり、Things(モノ)だけでなく、現場にある人や設備などあらゆるものをスマートデバイスなどの活用により連携・協調させていくという意味を込めています。当社のIoXソリューションの一つ、製造業施設の現場作業員に対する安全管理支援システムの「安全見守りくん」を今回の実証実験で適用しています。北川村とは、知人がたまたま野見山さんの知り合いというご縁からおつなぎいただきました。
角氏:人のつながりだったんですか、まさにIoXだ。
森屋氏:はい(笑)。その知人の方が安全見守りくんを応用し、個々の作業者のデータを記録することにも使えそうだと。そのアイデアから、スマート農業の取り組みによってどれだけ経営効率が良くなったか、人の作業時間がどれだけ削減できたかといった効果測定の取り組みがはじまりました。とはいえ、それらのデータを正確に取るのは難しく、このソリューションを農業に適用するのは初めてなので、まさしくこの実証実験で試行錯誤を重ねています。
鎗水氏:私は当社におけるDX活動の企画・プロモーションを担当しています。その一環としてARCHでの他社との連携活動をしている中で、テレビ東京さんからARCHの企業紹介番組への出演のお話をいただき、この取り組みを紹介させていただきました。
角氏:取り組み内容の話ですが、農水省の公募事業でエントリーされたんですよね?
野見山氏:2019年の10月に着任したのですが、ちょうどゆずの収穫の時期で、収穫体験をさせてもらったんです。それが凄く大変で、皮手袋をつけて収穫するのですが、ゆずには長い棘があって刺さると物凄く痛くて。
鎗水氏:車がパンクするレベルです。
角氏:そんなに?
野見山氏:昼間大変な思いをして収穫して、夜は選別です。それも全部手作業で1個1個見て、規格ごとに分けている。それを見て、これは効率化できるなと。よくよく話を聞くと、農薬散布も大変なんです。真夏の暑い時期に農薬を浴びないように雨合羽を着てまいている。そこでスマート農業の実証事業を知っていたので、これを村でやろうと。
角氏:ゆず栽培がそんな状況だとは知りませんでした。
野見山氏:それと教育ですよね。私がここに来たのは、全国の農村地域の活性化モデルとして北川村で子育てしたいと思える北川村ならではの魅力的な教育環境を構築するとともに、子どもたちの将来の選択肢のひとつとして村の基幹産業であるゆず栽培や関連産業があるということをしっかり伝えなければならないと思ったからです。そのためにはゆず栽培が魅力的な産業にならないといけない。そういった中で、日鉄ソリューションズのような大企業と一緒に取り組むことによって、スマート農業でゆず栽培も夢のある産業になりうるんだと将来を担う子どもたちに伝えたい。それをきっかけに実証事業に応募しました。
角氏:日鉄ソリューションズとしては自社ソリューションを活用してみて、想定通りに運んでいますか?
森屋氏:作業者の方に装着していただくデバイスは北川村ではスマートフォンとスマートウォッチ、環境センサーを使っています。製鉄所や発電所、プラントなどの製造現場ではそれに加えてヘルメットカメラやガス検知器なども利用することがあります。これらのデバイスから作業者の動態(歩行、走行、転倒、落下、衝撃、不動等)や歩数、心拍数などを温度、湿度、照度などのデータとともに時系列上で取得します。ここで取得したデータと、スマートフォンの日報アプリに入力した、農薬の散布、除草などといったその日の作業内容のデータとを組み合わせることで、作業者の詳しい行動履歴を詳細に記録できる仕組みです。その結果、スマート農業化の取り組みが、労働時間短縮や経営効率の向上に寄与したこと定量的に証明できるようにするというのが元々の段階での我々の役割です。
角氏:元々のといいますと?
森屋氏:実は使っていただくうちに、本来の用途である安全管理にも活用できるのではないかと指摘されたんです。安全管理者を置いている工場のように管理者による常時見守りはできませんが、作業者がお互いに緩やかに見守りができるんじゃないかと。ゆず畑は広くて、バラバラで働いているとお互いに全く見えず状況がわからないんです。
角氏:どう使っているのですか?
森屋氏:管理者画面を映すモニターをゆず畑の休憩所に設置することで、作業者の居場所やバイタル情報をリアルタイムで確認できます。またそれぞれの作業者からのカメラ画像も映すことができます。
角氏:それでどんなことがわかるのでしょうか。
森屋氏:たとえば、転んだ、落ちた、衝撃を受けた、動かないというような動態をAIが推定し、異常があると周囲の人にアラートを出すことができます。また、心拍からストレス値も図れて、熱中症の兆候が出たら水分を補給するように指示が出せますし、何かあったらすぐに助けに行けます。
角氏:それも踏まえて成果はどうでしょう。スマート農業イケてるぞとなってますか?
野見山氏:事業全体としては、農薬をドローンで散布したりリモコンの台車にノズルをつけてまいたりと様々な技術を入れていて、労働時間削減効果が認められるところまでいってますね。
角氏:ドローンなどを使うと、道具の使い方を学習しなければならないというコストが出てきますよね。農業従事者は高齢のためそこが大きくなると思うのですが、そのあたりは大丈夫ですか?
野見山氏:仰る通り、ドローンを入れて農薬の散布が楽にはなっても、コストがかかってしまっては意味がありません。そこはシェアリング事業者がサービスとして代行する形にすることで、農家が習得しなくても普及させられると思います。
角氏:全国の農家が使える見込みが立って大量生産できるようになるとコストも下がりますし、農協や大きな農家なりがそれを買ってシェアし、貸し出すこともできる。その仕組みを作るための前段階の実験という見方もできます。そういったことも、ログがしっかり取れているからわかると。
森屋氏:実証実験としてはゆず畑だけなのですが、安全見守りくんが活用できるのはゆず畑だけではないんです。北川村のゆず畑は山間部にあって、ガードレールもない山道を登っていかなければならないのですが、そこにも実は多くの危険があります。移動の時にも安全見守りくんを使うとGPSで場所がわかり、何かあったら状態も推定できるので、移動の見守りにも使えないかというお話もいただいております。
鎗水氏:安心して作業できるようにするためですね。
角氏:実証に参加することで、新しい価値軸が発見できたと。ただそれはペイするものかどうかという問題がありますが。
森屋氏:今回の実証実験は農水省から認定を受けた国の補助により、実行することができました。しかし、本来安全見守りくんは製造現場における作業者の命を守るための高信頼・高機能サービスですので、このまま単純に転用するだけは活用いただきにくいです。安全見守りくんをどうカスタマイズするか、または安全見守りくん以外のサービスを入れるかなど、その現場の状況に応じた提案をしていかなければならないですね。
ビジネス展望の話をしますと、作業者の挙動が工場と圃場(※農地のこと。ここではゆず畑を指す)とでは全く違っていて、今回の実証実験で集めたデータが安全見守りくんの性能向上に役立っています。また、取得したデータから作業内容を推測する過程にAIも活用していますが、この知見も他の分野に生かせそうです。なので、工場/農場をはじめさまざまな現場における「作業」という人間の動きをどう捕まえるかという課題に対して、北川村をテストフィールドにしているんです。
角氏:人が働く際の動きのデータを収集・反映する機会としていると。
野見山氏:データ収集が農業分野でいかせるんです。今、様々なところでトレーサビリティが求められていますが、最終的に作業内容まで記録に残れば、安全にどう配慮して作られたかもわかるじゃないですか。
角氏:エビデンス、数値が乗ってくると。それは価値がありますね。最近ですとプロセスエコノミーという概念が注目されていて、製品が生まれるまでのプロセスが評価されて価値の源泉になったりもしていますが、それが成立するためのエビデンスやストーリーの表示がなされていくと。
野見山氏:それに対して消費者がより多くのコストを払ってでも欲しいという市場になれば、安全見守りくんが多少お高くても(笑)、農家さんは入れると。
角氏:エシカルな消費が一般化していけば、ツールも大量生産されて単価も下がるでしょうし。そんな先行事例が今2者でなされているのだなとお見受けしました。
後編では、北川村を舞台とした取り組みがARCH内で広がりつつある様子と、村の子どもたちへの教育に対する思いについてお届けします。
※NS Solutions、NSSOL、NS(ロゴ)、K3Tunnel\ケイサントンネル、IoX、安全見守りくんは日鉄ソリューションズの登録商標です。
【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】
角 勝
株式会社フィラメント代表取締役CEO。
関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。
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