中国政府は2021年7月に「義務教育段階の児童生徒の宿題および校外学習の負担軽減に関する意見」を発表した。小中学生の宿題と塾の利用を大きく制限するという、これまでの中国人の教育観とは正反対の内容に、子どもを持つ親たちの間で大きな衝撃が走ったのは言うまでもない。
具体的には、小学1〜2年生は家庭での宿題を禁止し、3〜6年生は宿題にかかる時間が60分まで、中学生は90分までの量に留めることが定められた。努力しても宿題が終わらない場合は、無理せず就寝するよう指導している。学校に対してはいわゆる先取り教育を禁止し、テストなどで成績順位を公表してはならないとした。さらに、保護者の仕事が終わる時間まで学校内で教師が宿題をみるか、あるいは補講を行うよう要請している。
一方で学習塾については、新規開業が禁止され、既存の学習塾は非営利団体に転換しなければならなくなった。小中学生向けに週末や長期休暇に行う特別講習、海外研修は禁止され、未就学児童向けの学習塾は、オンライン・オフライン共に一切禁止となった。
この通達を受け、各地で学習塾の取り締まりが始まった。実際に北京市では、8月25日までに無許可運営などを理由に63カ所の学習塾や習い事教室が閉鎖され、合計311万元(約5300万円)の罰金が科されている。
むろん自主的に廃業したり、事業内容の転換を模索したりする動きも出ている。広州市を中心に小中学生向けの学習塾を展開する罡得教育(Gangde Education)は、毎年1万人を超える子どもが通う大手の塾だったが、8月31日付で30カ所ほどあった教室を全て閉鎖した。個別指導塾の上海啓文教育も政策の影響を理由に破産し、今は先払いした月謝の返金トラブルに見舞われている状況だ。
また、英語教育最大手で米ニューヨーク証券取引所に上場している新東方教育科技は、今回の騒動で株価が以前の10分の1に落ち込んだ。今後は制限にかからない成人向けの英語教育に重点を置くと同時に、美術やプログラミングといった子どもの素質を伸ばす教育分野への進出を検討するとしているが、先行きは不透明だ。
さらに書店の店頭からは参考書が姿を消した。9月1日までに多数の書店で参考書や問題集が撤去された上海市では、SNSで「参考書が発禁になった」と騒ぎになった。市教育委員会は、審査に合格していない参考書の販売を取りやめただけで、すべての参考書を取り締まるわけではないと釈明に追われ、メディアでも大きく取り上げられた。
一方「上に政策あれば下に対策あり」で、個別指導塾が書店に看板替えし、塾講師だった店員が「販売している本の不明点を説明する」という形で、実質的に塾の機能を維持しているだとか、塾に通う子どもたちの保護者がマンションの空き部屋提供したり、レンタルルームを手配したりして、毎回場所を変えながらこっそりと塾を続けているという話も耳にする。塾側も生き残りたいが、親の側も塾に生き残ってもらわなければ困るというわけだ。
目下の頼みの綱は、今回の制限の対象から外れた家庭教師だが、需要の多さから料金相場が上昇している。この先の状況次第では、家庭教師まで制限の対象に加わる可能性は否定できない。
そもそも、この意見が出された目的は、タイトル通り小中学生の過剰な学習負担の軽減なのだが、その裏には、「勉強すれば成功できる」という国民の学歴偏重意識を改めたいという政府の意図が見え隠れする。
子どもの教育費負担の軽減で少子化を食い止めるだけでなく、無秩序に拡大する教育市場の是正、都市と農村あるいは家庭間の経済格差を原因とした教育にまつわる不公平感の解消、海外の教育カリキュラムや外国人講師を通じた文化的・思想的な影響力の抑制、大卒者が増えたことによる雇用のミスマッチ解消と生産現場での働き手確保といった、中国社会を取り巻く課題を一気に解決できるからだ。
この先、子どもたちが過度な勉強のプレッシャーから解放されていく一方で、親は学歴というわかりやすい成功への道しるべを失うことになる。中国社会の変化とアップデートのスピードには目を見張るものがあるが、人々の意識改革までもたちどころに成し遂げてしまうのかもしれない。
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