ベテラン看護師がいきなり関電の新規事業担当者に--「くちびるが感動する」カトラリーを生み出した猫舌堂・柴田氏

藤井涼 (編集部) 日沼諭史2021年10月15日 09時00分
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 大企業のなかで新規事業の創出やイノベーションに挑む「社内起業家(イントレプレナー)」たち。彼らの多くに共通しているのは、社内だけでなく社外でもアクティブに活動し、横のつながりや幅広い人脈、あるいは課題を見つける観察眼やその解決につなげられる柔軟な発想力を持っていることだ。

 この連載「イントレプレナー数珠つなぎ」では、そんな大企業内で活躍するイントレプレナーにインタビューするとともに、その人が尊敬する他社のイントレプレナーを紹介してもらい、リレー形式で話を聞いていく。

猫舌堂の代表取締役である柴田敦巨氏
猫舌堂の代表取締役である柴田敦巨氏

 今回は、関西電力の社内起業制度「かんでん起業チャレンジ」から誕生した猫舌堂の代表取締役である柴田敦巨氏。看護師として働いていた同氏は、がんにかかったことをきっかけに、がん患者やその家族に対して病院ではできないケアをしたいと決意。「iisazy」ブランドのスプーン、フォーク、箸をプロデュースし、将来的には「食べる」ことなどに悩みをもつ人が気軽に立ち寄れる場づくりを目指している。

病院からいきなりオフィスに異動--初めてだらけのチャレンジ

——まずは柴田さんのご経歴と、猫舌堂設立の経緯を教えていただけますでしょうか。

 私は24年間ずっと看護師として、関西電力病院に勤めていました。猫舌堂の設立に至ったきっかけは、その時に私ががんを患ったことです。2014年に耳下腺がんが発覚して、手術をしたものの2年後に再発し、計3回手術しました。その後は化学放射線治療を行って、今は経過観察中です。

 患部の近くに顔面神経があり、その神経ごと手術で切除する必要があったので、ふくらはぎの神経を顔に移動して、今はだいたい7割くらい感覚が戻ってきています。しびれがやや残っていて、食事をするときに少しこぼしやすかったり、嚙みにくかったりしますし、大きな物や固いものは食べにくい状態です。それでも手術直後に比べれば、だいたいなんでも食べられるようになってきました。

 それまで看護師として患者さんと関わってきていましたが、いざ自分ががん患者の立場になったことで、初めて気付けることがたくさんありました。その経験をもとに、がん患者の方やそれを支える周りの人たちをサポートできるようなことをしたい、と思っていたときに、関西電力グループに「かんでん起業チャレンジ制度」というものがあることを知り、応募したという形です。

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猫舌堂のウェブサイト

——最初から起業しようと思って応募したんですか。

 とにかく、会社や世の中に対して、今の病院ではできないケアを必要としている人がいること、そういう人が目の前にいてもケアが行き届かないというジレンマを抱えている人がいること、そういうところに課題感をもっている人がいることをアピールしたかったんです。「起業するぞ」ではなく、まずは「伝えなきゃいけない」と思いました。

 私もそうだったように、病気や手術の後遺症によって、特に「食べる」ことに困難を感じている人は少なくありません。「食べる」というのは、単に栄養をとるためのものではなくて、社会とのつながりにも関係します。たとえば、治療する前とは違った食べ方になってしまうことで、外食のときなどに周りの人にどう思われるだろうか、と思い悩んでしまうことがあります。そうすると、それが食べ物のおいしさや食事の記憶にも影響してくるんです。

 そんな状況で、患者の方にはどんなケアが必要になるのか。そういう課題があることに多くの人に気付いてもらうためにも、まずは当事者にしかわからない「視点」があることを他の人にも伝えることが大事だと思ったんです。「かんでん起業チャレンジ制度」への応募は、その第一ステップでした。

——審査から会社設立まではどのように進んでいったのでしょう。

 初めに書類による予備審査と一次審査があり、それに通過すると、ファイナルステージとして半年間の実証実験を行います。その結果をもとに最終プレゼンし、関西電力などからの出資が決まるという流れです。

 ただ、私自身はずっと看護師で、一般の会社に勤めた経験がありませんでしたから、書類審査やプレゼン用の資料づくりの経験もなかったんですよね。イシューとかセグメントとか、意味のわからない用語に出会って混乱しました(笑)。そんななかでも、なんとか患者や周囲の家族などの生の声をどんどん集めて資料にまとめていき、2018年に応募して一次審査を通過できました。

 そこから半年間の実証実験に入るため、いきなり病院からオフィスへ異動することになりました。今までオフィスで働くという経験がなかったので、自分の身に何が起こっているのかよくわからないというか、「会社ってこんなところなんだ……」という夢の中みたいな感覚でしたね(笑)

 それが2019年5月末頃のことで、半年間の実証実験を経て2019年12月に最終プレゼンをして出資が決まり、2020年2月に猫舌堂が誕生した、ということになります。

——アイデアの段階から、現在のようなプロダクトを製造・販売する「猫舌堂」の形だったのでしょうか。

 最初は「猫舌カフェプラン」というもので、「食べる」ことの解決をメインにはしていませんでした。自分ががんになって気付いたのは、がんにかかったとしても生活は普通に続いていくんだということ。でも、手術や治療の副作用で身体にはいろいろな影響あって、自分も含め多くの方が治療する前と同じようにできないことがあっても我慢したり諦めているということです。

 たとえば、他の人と同じものが食べられなくても仕方がない、とかですね。ただ、自分が実際に経験してみて、生きることに直結する「食べる」という大事なことを後回しにしていると思いました。そして、同じ境遇の方たちと話をすることで、そこでの会話が自分の力になることもわかりました。

 同じ境遇の人に対してだと、病院や家族には言いにくいことでも気兼ねなく話せました。自分が闘病するなかで課題にしていること、悩んでいることがだんだんはっきりしてきて、それをどう乗り越えようかという力が湧いてきたんですね。

 病院にはたくさんの治療情報はありますが、同じような境遇の人がどのように生活しているのか、という情報は少ないように感じていました。それと、やっぱり「食べる」ことが一番大事なことだと思ったので、そういった面で寄り添って、力になれるようなカフェを作りたいとずっと思っていました。ふらっと気軽に立ち寄って、同じ境遇の人や理解のある人と何げなく会話することで、自分自身で力を引き出せるような、そういう場を作りたかったんです。

——そこから現在のプロダクトにはどう行き着いたのでしょうか。

 「人とのつながりを大事にしたい」という意味では、コンセプトとしては最後までぶれてはいません。ただ、それをビジネスとしてどうやっていくかを考えたときに、いきなりカフェのような場所を作るのは難しいところがありました。

 がん患者さんたちが気軽に立ち寄れるような場所はすでにいくつもありますが、補助金を受けながら運営していたり、立ち行かなくなっていつの間にかなくなってしまったりと、持続可能な形で運営するのは簡単ではありません。そこで、自分が何をできるか考えたときに、サポートチームの助言のもと、まずはプロダクトの製作・販売から入っていこうということになったんです。

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 それが、「iisazy」というブランドのスプーンとフォークになります。実証実験の期間には、そういったプロダクトの市場がどういった状況にあるのか、ニーズや価値がどれだけあるのかを確かめていきました。

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