DX推進のキーテクノロジーとなるのは「AI」です。実際に、世界有数のデジタル企業はAIを活用してビジネスを成長させています。最近では、プログラミングコードを書かずにAIを構築できるツールも生まれ、AIの活用は急速に拡大しています。
ところが、日本国内を見れば、AIをうまく取り入れられない企業が多いのが実態です。AIをうまく活用するにはAIを「使いこなす」人材が必要ですが、日本にはそういった人材が著しく不足しており、外部から調達をしたくても採用できないという状況にあります。外部に人材がいなければ、育てるしか方法はありません。
そこで本連載では、ZホールディングスのZOZOでさまざまなAIプロジェクトを推進しながら、SaaS型人材育成サービスを手がけるGrowth X社(コラーニングから商号変更)でAI戦略アドバイザーを務める野口竜司(Growth X AI戦略アドバイザー、ZOZOテクノロジーズ VP of AI driven business)が、AI人材が市場に枯渇する状況のなかで、企業が行うべき第一歩についてお伝えします。
第1回は、DXでAIが必要とされる理由と、AI人材が不足する企業の現状について解説します。
最近、DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉がよく聞かれるようになりました。DXには主に、デジタル技術によって社内業務を変革するDXと、事業やサービスを変革するDXという、大きく分けて2つの方向性があります。どちらも共通するのは、単にデジタルを取り入れるだけでなく、デジタルによって大きな変革を起こすこと、そして新たな価値の創出と競合優位性の確保につなげることです。
大きな変革という意味でのDXを推進するには、AIの活用が欠かせません。AIとは、「人工的につくられた人間のような知能」のことです。デジタル技術やインターネットの発展によって、現代ではビッグデータと呼ばれる膨大な量のデータが容易に手に入るようになりました。このビッグデータをうまく活用して変革を起こすことが、これからの時代にビジネスを成功させるためのカギになります。そして、ビッグデータをうまく活用するために欠かせないのが、AIなのです。
AmazonやNetflix、TikTok、Instagramなど、このデジタル時代にビジネスを成長させている企業は、もれなくビッグデータとAIを使ってサービスをつくり、そこからより多くのデータを取得して、またサービスづくりに活用するというサイクルを築いています。つまり、AIをうまく活用できているかどうかが、企業の競争格差につながっています。
では、なぜビッグデータの活用にAIが必要なのでしょうか。仮にAIを使わずに膨大なデータを整理して活用しようとした場合を想定すると、数千行、あるいは数万行のプログラミングコードが必要になります。人間の手で生み出すには気が遠くなるほど大量のコードを書くことが必要になるのです。逆に言えば、人間の手でできる範囲でデータ活用をしようとしても、DXと言えるほどの大きな変革を起こすことはできず、小さな変化にしかなり得ません。AIは、手書きコードによるデータ活用の限界を超えるために必要なのです。
テスラでAI部門長を務めるアンドレイ・カルパシー氏が提唱している「Software 2.0」においても、これからのプログラマーの仕事は、プログラミングコードを記述するよりも、ニューラルネットワーク(人間の脳のしくみから着想を得たコンピュータモデル)に学習させるためのデータ収集などに移っていくとあります。そうした方が、現実の課題を解決する近道になると言っているのです。
DXのコアテクノロジーとも言えるAIを使いこなすには、それなりのスキルが求められます。ところが、AIは新しい技術であるために、日本にはAIを本当に理解してDXを推進できる人材がまだまだ少なく、ニーズに対して圧倒的に不足しているというのが現状です。
ここでいうAIを“使いこなす”人材とは、AIをつくる人材、つまり、データサイエンティストやデータエンジニアなどとは異なります。AIを企画し、AIの導入を推進し、AIを運用管理していく人のことで、平たく言えば、AIにまつわる仕事の中で、AIをつくる人がやらないすべてのことを担う人ということです。この人材の不足が、多くのDXが失敗に終わる要因にもなっていると考えられます。
IPA(情報処理推進機構)が発表している「AI白書2020」では、AI導入上の課題として、「自社内にAIについての理解が不足している」「AIの導入事例が不足している」などと並んで、「AI人材が不足している」ということが挙げられています。前年度の調査と比較すると、前者2つの課題を抱える企業は減少してきているものの、「AI人材が不足している」という課題についてはほぼ変化がなく、あまり改善が進んでいないことが分かります。
その一方で、企業側としても、自社でDXを推進するための人材要件がそもそも明確に定義できていないという課題があります。これは、IPAの「デジタル時代のスキル変革等に関する調査報告書」でも指摘されており、人材要件が明確でないことに加えて、そういった人材に対する処遇制度や、人材育成の方針なども整備できていない企業が多いことが分かっています。
その背景には、人事や採用までDX人材やAI人材に対する理解が浸透していないことがあります。そのため、AIを使いこなす人材がいないからDXが推進できないと嘆いている企業は、まず自社にどのようなAI人材が必要なのかを定義する必要があります。人材要件の定義を明確にしたら、それを人事採用と共有できるように公式のものとして固めて、求人として提示することが大切です。
AIを使いこなす人材の要件定義に必要な要素を、私は「心技体+知」と呼んでいて、それらに基づく各スキルが必要だと考えて、Growth X社でAI人材を育成するサービスをつくっています。その詳しい内容については、本連載の第2回で詳しく解説します。
一方で、AIをつくる側の人材は、いわゆるデータサイエンティストやデータエンジニアの要件を満たせばいいので、世の中に定義ができつつあり、その要件を満たす人材自体も増えてきている感覚があります。というのも、大学の理系学部などで育成が進んできているからです。
その点、AIを使いこなす方の育成はまだまだ進んでいません。つまり、人材要件が定義できたとしても、市場にそもそもそういった人材が少なければ、激しい獲得競争になってしまうということです。
そこで、ある程度必要な人材が定義できたら、その要件を十分に満たさない人であってもまずは採用し、社内で育成することを考えていくべきです。社外から採用する場合もそうですが、内部人材についても同じで、いないのであれば育てる必要があります。そのためには、人材要件を満たすための育成プログラムをつくるか、AI人材育成サービスを利用するといったことも考えていく必要があるでしょう。
実は私は、外部人材を採用するよりも、内部人材を育てた方がDXの近道ではないかと考えています。もちろん外部に人材がいないということはありますが、そもそもAIの知識だけを持っていても、DXを推進し切ることはできません。というのも、DXの推進には、マネジメント力をはじめとするビジネス力が必要だからです。
理想的なのは、会社の中ですでに信頼が厚く、いろいろな部署を動かすことができて、社内の予算も取れるような立場の人がAIの知識を身に付けること。そうすれば、DXを一気に推進することができるでしょう。つまり、DXを推進し、成功させることへの一番の近道は、今いる現場の実力者に、AI人材の要件を満たす教育を施すプログラムを組むということではないかと考えています。
総じて、AI人材が枯渇する人材市場において、企業は内部人材の再教育の仕組みや体制を整えるべきです。自社にとって必要なAI人材の要件を定義し、教育制度をアップデートしましょう。また、教育した人材の外部流出も防ぐための人事評価や査定制度にまで踏み込んでこそ、長期的な内部人材の確保が可能になるでしょう。
野口竜司
株式会社Growth X AI戦略アドバイザー
日本ディープラーニング協会 人材育成委員メンバー
株式会社ZOZOテクノロジーズ VP of AI driven business
ZホールディングスのZOZOでは様々なAIプロジェクトを推進するかたわら、大企業やスタートアップのAI顧問・アドバイザーやAI人材育成も実施。「ビジネスパーソンの総AI人材化」を目指し活動中。著書に「文系AI人材になる」(東洋経済新報社)「管理職はいらない AI時代のシン・キャリア」(SB新書)など。 堀潤さん司会「モーニングFLAG」の月一番組レギュラーシン・ニホン公式アンバサダー、アドテック東京アドバイザリーボードとしても活動
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