前田裕二氏が事業作りで「大切にしていること」--動画にこだわり続ける理由と勝算

 SHOWROOMがコロナ禍の2020年10月にリリースした、スマホに特化した縦型動画サービス「smash.(スマッシュ)」が好調だ。TikTokなどに投稿される一般ユーザーの縦型動画とは異なり、ジャニーズや乃木坂46などのアイドルや、BTSなどの人気アーティスト、アニメ、お笑い、ホラーなど、プロが制作したハイクオリティな縦型映像が楽しめることが特徴で、公開から約8カ月間で120万ダウンロードを突破したという。(7月8日現在)

SHOWROOM代表取締役社長の前田裕二氏
SHOWROOM代表取締役社長の前田裕二氏

 CNET JapanではSHOWROOM代表取締役社長の前田裕二氏に単独インタビューを実施。前田氏の事業作りやビジネスに対する考え、動画サービスを通じて実現したいビジョン、縦型動画サービスであるsmash.に込めた思いなど、幅広いテーマについて話を聞いた。

「独りの寂しさ」を“ハンディ”なスマホ動画で癒したい

——なぜ、前田さんはライブ配信サービス「SHOWROOM」、そして縦型動画「smash.」と、“動画”を軸に事業を展開されているのでしょうか。

 「人を独りじゃなくするための、一番手っ取り早い手段が動画だ」という観点で事業を作っています。動画そのものにこだわっていると思われがちですが、不安とか、ネガティブなものを独りで抱えている人が、自分たちのサービスで癒されたらいいなという気持ちが大きいです。

 具体的には、「顧客視点」と「マクロ視点」の2つがあります。顧客視点では、そもそも「独りじゃなくする」という目標があるので、動画を見ることで寂しくなくなるとか、人の温もりをインタラクションの有無に関わらず感じられるということが、僕が動画で実現したいことです。

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 すごく古い話ですが、僕は「シェンムー」というアクションアドベンチャーゲームがすごく好きでした(笑)。なぜ好きかというと、自分が別の世界に行って、そこに住んでいるような感覚に擬似的になれるから。僕は当時そんなに友だちが多い小学生ではなかったので、そのゲームを家でやっている間は、少し寂しさを紛らわせることができました。顧客視点は、それに近いと思っています。

——まさか前田さんからシェンムーという言葉が出るとは思いませんでした(笑)。懐かしいですね。それでは2つ目の「マクロ視点」についても教えていただけますか。

 動画事業を手がける「マクロ視点」での理由は、リッチさとハンディさのバランスを取るという意味で、動画が最も均衡が取れているからです。

 SNSってブログやTwitterといったテキストから始まって、画像を中心にコミュニケーションするInstagram、さらに動画のYouTubeが出てきて、その先にTikTokや、僕らが「SHOWROOM」でやっているような生配信があったりと、どんどん“リッチ化”してきて、みんなさらに欲するようになっています。でも、それと同時に “ハンディさ”(手軽さ)が大事だと思っているんです。

——前田さんの考える「ハンディさ」とは何でしょうか。

 僕はハンディさとは“供給側の理論に立たないこと”だと思っています。実はSHOWROOMのアバターも、リリース前の開発当初は1万種類の動きが選べて、もっとリッチなものでした。でも、それをあえて削ったのは、「データ容量が重くなった先に、本当にユーザーの幸せがあるんだっけ?」と考えたから。「動いたら楽しいでしょ」みたいなのは、供給側のエゴですよね。

 完全に別世界にワープしたような感覚になるにはまだ解像度に限界があるし、ユーザーが煩わしさを乗り越えるほどの強烈なコンテンツも多くは存在しない。かといって、ハンディにVRコンテンツをYouTubeで視聴してもそこまでその魅力は味わいきれないので、まだ一般化はしきっていないと思っています。

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——動画は“独りの寂しさ”を癒すのに最適であり、リッチさとハンディさも兼ね備えているということですね。

 そうですね。マクロ視点についてもう少し補足すると、「僕らはいつでもネットでつながれるようになったはずなのに、なぜかもっと寂しくなっている」とすごく感じているので、同じような興味の人同士が集まることによって、“寂しさの補填”ができるのではと考えています。

 顧客は基本的にハンディなものを求めていて、動画ほどリッチさとハンディさの均衡が取れているものはほかにないし、動画は没入感があるので“独りじゃなさ”を感じられる。だからいま僕は動画に命をかけていて、それが人を幸せにすることだと信じています。

 その中で、動画事業には2つ方向があって、1つは高画質でなくともインタラクションができる動画、つまり生配信(SHOWROOM)です。もう1つは、めちゃくちゃ高画質で、あたかも目の前にいるかのように勘違いするような動画(smash.)になります。

5年先の未来よりも「いまを届ける」事業を作る

——現状はリッチ化だけ進んでいく方向は目指していないとのことでしたが、今後テクノロジーが発展した際に、前田さんが理想とするコンテンツの届け方はどのようなものになりそうでしょうか。

 まず、基本的にソフトはハードによって規定されます。いまは、ほとんどの人がスマホに時間を割いているので、スマホに最適化された映像を作っていますが、もしARグラスなどが一般化してきたら、縦型とか全く言わなくなると思います。どのハードが広がるのかがポイントです。もしかしたら、SFみたいに腕時計から好きな画角の映像を出せるようになるかもしれないですし。

——なるほど。では、今後どのようなデバイスが広がっていくと予想しますか。

 次にくるとしたらARやVR、いわゆるxRだと思っています。ハードを広めるためには、強力なソフトが必要ですが、xRはソフトを多くの会社がこぞって本気で作っている領域で、かつ5Gによって今後はいろいろなことが実現するでしょう。そのため、弊社内にもすでにxR部門を設けています。

 ただ、いまソフト側がこれだけ全力でやっているのに、日常的にVRで遊んでいる人が日本にどれくらいいるかといえば、10人に1人いるかどうかでしょう。やはり僕らがスマホで普段見ている動画と比べると、xRはまだあまりにニッチであると思っています。

取材中もメモを取りながら自身の考えを整理する前田氏
取材中もメモを取りながら自身の考えを整理する前田氏

——次にくるのはxRだとしても、普及にはかなり時間がかかりそうですね。

 そうですね。おそらく5年以上先になるのではないでしょうか。ただ、5年先となると、現時点では見えないことも多いので、長期目線での事業づくりにあわせて、「いまを届ける」事業を作っていこうと言っています。

 実はSHOWROOMは構想してから3カ月でリリースして、smash.の機能追加も僕が考えてから1〜2カ月のスパンで出しています。未来を想像して相当な労力をかけて何かを作るよりも、いま目の前にあるワクワクできるアイデアや、すぐ提供できる幸せに目を向けています。

 もちろん5年や10年先には、5G、xR、AIといった新しいテクノロジーが当たり前になっている世界を信じていて、自分がそれを作っていかなければという矜持もありますし、準備もしています。一方で事業家としてはそればかりではビジネスにならないとも感じています。

 ビジネスにならないとは、どういうことかというと、人の幸せをあまり作れていないということです。ビジネスって、「誰かを喜ばせて、その対価としてお金をもらうこと」ですよね。人の幸せを作れないと、「なぜこの事業をやっているんだっけ」となってしまうので、短期・中期で人をもっと幸せにできることにフォーカスしながら、長期の未来も信じてR&Dし続けていこうと考えています。

——ちなみに、新たな表現の場としての「VTuber」についてはどう見ていますか。

 VTuberもVRと同じように一般化が課題です。でも、「別の人生を生きることができる」という可能性は最高だなと思っています。現実世界の見た目とか、社会的なポジションとかに縛られて、花が開き切っていない才能やポテンシャルが、人間には結構たくさんあるので、VTuberという仕組みで“ちょっとした才能”を拾い上げていって開花させることができたら、めちゃくちゃいいなと。

 そのためにレコード会社、テレビ局、プロデューサーを巻き込んで、遅かれ早かれ何らかのプロジェクトを立ち上げて、VTuberを一般化していきたいと思っています。

事業を生み出すときに「大切にしていること」

——前田さんが「事業を生み出す時」と「成長フェーズ」、それぞれで大切にされていることはありますか。

 まず、事業を生み出すときには2つのことを大切にしています。1つは、「外から作るのではなく、内(なか)から作る」ということです。たとえば、いま仮想通貨ビジネスが伸びているから3年くらいフルコミットして、売却したらこれくらいキャッシュがいきそうだね、という話は事業家としてはあると思うのですが、もし単純に売却することやEXITすることのみを考えて「当たりそうな事業」を作るなら、それは、自分の内部から湧き出て作ったものではないですよね。

 僕は昔、路上でずっと弾き語りをしていたのですが、喜んでくれたお客さんの顔をずっと覚えていて、この感じがネットで広がったら、演者にとってはチャンスが広がり、視聴者にとっても幸せを感じる可能性が広がるだろうなと思っています。

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SHOWROOMのオフィスエントランスには前田氏が弾き語りで使っていたギターが飾られている

 そして、弾き語りよりも低いハードルで高揚を得られる場って、人に大きな幸せを与えられるだろうなと、過去の原体験からすごく思います。自分自身の、逆境が多くても努力次第でなんとか切り抜けてきた人生と照らし合わせて、演者やエンタメ市場に対して、努力次第でなんとかなる場所を作りたいのです。

 能力やモチベーションはあるけれど、その熱量をどこに向けたらいいか分からない人がいるなかで、その不均衡や不条理みたいなものを是正したい。本当に、心からそう思うので、つらくても頑張れます。本気でやっているかどうかはお客様に伝わるし、内から作らないとどこかで自分が嘘をつくことになる。それに事業って、いばらの道を歩むことも多いので、「本当に内からやりたいこと」かどうかは、とても大切だと思います。

——もう1つ、事業を生み出すとき大切にしていることは何でしょうか。

 顧客価値ですね。「誰を、どんなふうに喜ばせて、対価をいただくのか」を、はっきり言えること。つまり、事業を内から作るというのは、顧客価値を最初の起点にするということで、起点にするというのは「これを作れば、この人たちが、こういうふうに幸せになる」と、クリアに想像できている状態です。

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——続けて、事業の成長フェーズに大切にしていることは何でしょうか。

 まずは、僕ら自身が楽しいかどうかですね。これもお客様に伝わるので。あとは、立ち上げ時には120点、150点を目指していた熱量が、運用に入るとだんだん“100点でいいや”と落ちてくるので、社内では「2段階上の目線」や「Beyond」と言いますけど、150点、200点とさらなる成長を目指すことを大切にしています。

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