ファッションやファッション業界に関する学びの場を提供しているFashionStudiesのオンラインセミナー「SOuDAN オンライントーク」。第4回は、ファッションデザイナーの中里唯馬氏、ワコールの下山廣氏、アパレルパタンナーであるApparel Play Officeの大橋めぐみ氏が、素材や計測技術の進化によるファッションの現状と未来について語った。
セミナーでは、中里氏が考案した衣服に使う「第4の素材」について、ワコールの下山氏が3Dボディスキャン技術を用いたサービス「3D smart & try」の狙いについて、それぞれ詳細に解説。第4の素材と3Dボディスキャンがどう連動し、ファッションの未来をどんな形に変えていく可能性があるのか、という点まで言及し、業界に身を置く人ならずとも興味深い議論が繰り広げられた。
自身の名前である「YUIMA NAKAZATO」というファッションブランドを展開する中里氏は、パリ・オートクチュール・ファッションウィークにも参加する、日本を代表する気鋭のファッションデザイナーの1人だ。
同氏によれば、一点物のオートクチュールを作り上げていく際には、顧客との“対話”が重要だという。しかし、コロナ禍において直接対面で会話して洋服を仕立てていくことが難しくなったことから、同氏は「Face to Face」というプロジェクトを立ち上げた「世界中の人とオンラインで繋がり、お客様の服に宿っている記憶や思い出を聞かせていただきながら、服をデザインし直してお届けする」という新しい形のオーダーメードサービスだ。
ファッションデザインのオンライン化に限らず、技術やその進化に対する同氏の熱量は非常に高い。最近では、衣服を形作るのに必須となる道具と素材の両面から、発明とも言えるいくつかの技術変革を成し遂げている。その1つは、2万年も前からほとんど変化していなかった衣服の縫製に欠かせない「針と糸」だ。
同氏は2015年から独自に研究を重ね、ついには従来の針も糸も必要なしに服を仕立て上げることが可能な「TYPE-I」というシステムを完成させた。ボタンと鋲のようなパーツを用いることで、裁縫に慣れていない人でも比較的容易に衣服を構成するパーツ同士を組み立てることが可能になるものだ。例えば、劣化してしまった襟の部分だけを、持ち主自身が新しいものに取り替えることなども簡単に行える。
人の身体は成長や生活環境によって変化し続けるもの。しかしながら、それを包む服は「完成してしまうとなかなか変化させられない」。変化する身体と変化しない服は「相性が良くない」と言えるが、「針と糸で固定されてしまっている」ことを一つの問題と捉え、そこに解決の糸口を見出した。「瞬時にくっついたり離れたり、それが誰でもできるものを目指した」なかで「TYPE-I」が生まれたわけだ。
中里氏が生み出したもう1つは特殊な生地のある性質を利用した制作方法。これまで用いられてきた「植物」「石油由来」「動物(の毛や皮)」という3種類の素材に続く衣服用の「第4の素材」として、人工合成タンパク質による「バイオスモッキング」を考案した。「水分によって伸び縮みする性質がある蜘蛛の糸からインスピレーションを得た」というこの素材は、サイズや間隔、色などを変えながら緻密に設計された柄を布に印刷し、水に浸してから乾燥させることで変形する。布の形状やカラーリングを自由にコントロールすることができる技術だ。
狙い通りの形状を実現できるようになるまで何度も試行錯誤が繰り返されたというが、プリントの仕方をコンピューター上できめ細かく制御することで、現在では布を3次元で変形させて人の身体に合わせた衣服を作り上げることが可能になっている。同氏は「将来的には美容室で髪をカットするくらいの感覚で1点物の服を作れるようになるのでは」と期待する。
中里氏の取り組みについて、「自分たちの目指す方向といろんな意味でリンクして、可能性を感じた」とコメントしたのは、ワコール執行役員の下山廣氏だ。主に婦人用の下着を開発、販売してきた大手アパレルメーカーのワコールだが、同氏は「1つの商品をどれだけ多く作って、どれだけ多くの人に、どれだけ短い期間でお届けできるかがビジネス的な正解だった時代を長らく過ごしてきてしまった」と顧みる。それはワコールが望んでいた世界ではなく、結果として「ビジネス的にも正解ではないのでは」という疑念が生まれてきていると打ち明ける。
そうした理由から、同社は現在、中里氏が提案する顧客1人1人に寄り添う物づくりのように、「顧客とより深く・広く・長くつながるために、1人1人のための1枚、といったアプローチを再度構築し直そう」という考え方でビジネスの改革にトライし始めている。その活動の1つが、同氏が担当している「3D smart & try」というシステムだ。
前回の「SOuDAN オンライントーク」のレポートでも触れた通り、3D smart & tryは店舗に設置された専用ブース内で3Dボディスキャンができるもの。それによって得られた詳細な「3Dボディデータ」と、ワコールがもつ「インナーウェアに関するノウハウ」、さらには「AIとの対話で引き出した利用者の嗜好や悩み」などから、ユーザーに合う下着をリコメンドする。2021年4月末現在、新宿伊勢丹をはじめ16店舗で20台が稼働しており、利用者の累計は5万人を超えたという。
下山氏が中里氏のバイオスモッキングに「可能性を感じた」と語った理由の1つは、その新しい素材・技術が3D smart & tryにも応用できる可能性があるからだ。たとえば現在のシステムに組み込んでいる「インナーウェアに関するノウハウ」の部分を、別のカテゴリーのノウハウに置き換えることで、異なる衣服かつ異なる顧客層に対しても最適なリコメンドができるようになる。仮に「バイオスモッキングを利用した衣服に関するノウハウ」のようなものに置き換えることができれば、全く新しい衣服やビジネスに発展する可能性もあるだろう。
すでに一部でアウターのリコメンドに対応した3D smart & tryもテストしているとのことで、「(顧客の)反応はいい」と話す下山氏。将来的にはその人に似合うかどうか、フィットするかどうかというファッション観点からのリコメンドではなく、本人が目指している体型になれるようサポートする食事・運動プログラムを提示するなど、フィットネス・メディカル分野への応用を検討しているとも語った。
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