ところで、3D smart & tryが狙っているのは、1人1人に合った下着や衣服を提案し、ワコール製品の販売促進につなげることだけではない。下山氏は「体型は人によって異なり、1つの象徴となる正解があるものでもない。1人1人さまざまな体型があることに対して、ボディポジティブ、どこまで(自分の身体に)肯定感を感じていただけるか」も重要だと付け加える。
サイズが大まかに分かれた既製品を作ってきたことによって、ワコールが“人が目指すべき美しさ”の定義を「醸成したところはあったかもしれない」と自戒する同氏。その反省の意味も込めて、3D smart & tryを通じて「それぞれの人がそれぞれの身体を愛おしく思っていただけるようにするのが、今やろうとしていること」と話す。中里氏もそれに同調し、3Dボディスキャンで身体測定の精度が飛躍的に向上することの意義について代弁した。
たとえば、テレビや雑誌などの媒体でモデルの均整の取れた身体を見ることに慣れてしまったせいで、自分の身体をコンプレックスに感じてしまう人もいるはずだ。しかし、正確かつ客観的なデータとして自分の身体を知ることができるようになれば、多くの人が「これはこれで愛おしい、みたいに(感情を)転換していける」ようになると同氏は考えている。
「従来の理想とされていた体型にみんなが向かっていくというあり方は、S・M・L(という既製品のサイズ区分)で大量生産することと親和性があったと思うが、1人1人をより尊重していく多様性の時代に移り変わっていくなかで、3Dスキャンは“美”のあり方を大きく変えていけるきっかけになるのではないか」と述べる。
さらに「そもそも人のあり方からして、ある種不完全なもの。他の動物から皮を持って来て、それを衣服として補いながら人として成り立ってきている。人間が不完全な状態であるということをいったん受け入れ、測定して客観的に見ることによって、“人はなぜ服を着るのか”を考え直すきっかけになるのでは」とも語った。
3D smart & tryを実際に試した大橋氏は、3Dボディスキャンによる精細な測定データを活用することで、同氏のアパレルパタンナーという職業・業界における課題解決という面でも将来性を感じているようだ。
現在のところ、詳細にスキャンされた3Dボディデータが一般にはほとんど公開されておらず、パタンナーとしては昔からある限られたデータを元に衣服のパターンを作り上げていくしかない状況。そのため「時代に合った体型に基づいたパターン作りが難しい」ことが、現代の人に適したアパレル開発の妨げになり、さらには若いパタンナーの教育を困難にする原因にもなっているという。
たとえば20代前半の人のボディは、「10年前、20年前と、今とを比べると全然違ってきている」とのこと。以前だとありえなかったサイズで作る必要があったり、フィットさせるための新たなシワを入れなければならないこともある。「経験値があればその理由がわかるが、そうでない若いパタンナーは理解するのに時間かかってしまう」のが実情だ。
しかし、3D smart & tryなどによって多くの最新のボディーデータが収集され、一般利用できるようになれば、3Dソフト上でフィット感を可視化し、現代の人に最適なデザインが可能になる。あるいは「どういう体型だと、どういうシワができるか」という部分も細かく確認できるようになる、と大橋氏はメリットを強調する。
ただ、ユーザーとして見たとき、現在のボディデータや3Dソフトにはまだクリアしてほしい課題もあるとも大橋氏は指摘する。それは、3Dボディデータで可視化されたアバターに下着などを仮想的に着せることで見た目の確認はできるものの、「着心地まではわからない」ことだ。
3Dボディスキャンで可視化されたアバター自体はいわば剛体のため、実際の人のように、脂肪や筋肉の弾力による衣服のフィット感までは再現できない。そこまで実現できれば、利用者に対してより広がりのあるサービス提供が可能になっていくに違いない、と同氏は見ている。
「私たちが知りたかったのは体重じゃなかった」という声からも、お客様が体型(3Dボディデータ)を手軽に見ることの重要性を感じることが多いとも話す下山氏。「目標としていた体重まで減っても、自身の感覚で素敵なボディになったと思えるかというと、そうではないこともある。健康で、自分が納得するフォルムになるのが一番いい」。
3D smart & tryは、そうしたフィットネスやメディカルといった他の分野への応用が十分に考えられ、中里氏のバイオスモッキングのような新たな素材との組み合わせで、衣服の進化にも貢献する可能性があるサービスと言える。「ワコールだけではなしえない範囲に(応用が)広がっていく。そうなることがハッピーなので、いろいろな方とジョインしていきたい」と、下山氏は協力企業の募集にも意欲的だ。
そして中里氏は、3D smart & tryによる3Dボディスキャンが当たり前になっていくことで、「服作りの概念も変わってくる」と言い切る。「採寸はモノ作りのスタートポイント。身体の変化と連動して服の形が変わっていくとすれば、衣服が物ではなく身体の一部になっていく」とし、3Dボディデータによって「その後の服作りの工程が一気に変わり、服作りの技術もどんどん進化していくのがとても楽しみ」と述べた。
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