会社やサービスを立ち上げた時、その内容を伝えるため必要になる企画書。その中にはどういった情報が盛り込まれ、どんな思いが詰め込まれているのか。ここでは、数多くのプレゼンをこなす起業家、ビジネスパーソンらが手掛けた企画書の中身を公開。企画書を作る上でのこだわりや気をつけていること、アイデアなどを紹介する。
今回は、不動産テック企業であるリマールエステートの不動産情報と顧客情報を統合管理できる売買仲介プラットフォーム「キマール」の法人向け営業資料を紹介する。
2016年に代表取締役社長の赤木正幸氏が立ち上げたリマールエステートは、設立当初から不動産テックを推進。赤木氏自身は、前職で森ビルのJリート投資開発部長としてリアルな不動産売買の経験をもちつつ、一般社団法人 不動産テック協会の代表理事を務めるなど、不動産業界におけるテクノロジーの活用に尽力している。
キマールは、法人向けサービスとして野村不動産アーバンネットなどに導入しているほか、業務提携を結ぶ東京スター銀行の営業担当者が、取引のある不動産会社に紹介するケースもあるとのこと。それだけに「資料を見ただけでも伝わる」ことを前提にしている。「日本における企画書は稟議書にもなるもの。言葉がなくても伝わる形にしなくてはいけない」(赤木氏)との思いから、各ページに文字と画像を取り込んだ密な内容に仕上げている。
赤木氏は「企画書の参考資料はウェブサイトで少し調べればたくさん出てくる時代。しかし、米国の著名なスタートアップの資料などは、どれもイラストだけだったり、文字が入っていてもワンセンテンスだけだったりと大変シンプル。以前はこうした『良い企画書の例』を参考にして、シンプルな営業資料を作っていたこともあったが、営業先の方に見せると『もっと細かくわかる資料がほしい』と言われることが多く、試行錯誤を繰り返しながら現在の形になった」と振り返る。
キマールの資料は、表紙にサービス名のほか、キャッチなどを入れ、サービス名のふりがなも入れるなどとても親切。9ページの「不動産売買ビジネスの切実な課題」や14ページの機能紹介ページ「キマールでは何ができる?キマールで何が変わる?」では、イラストを入れ込みつつ、十分な文字量を確保している。
「リマールエステートでは、東京スター銀行とビジネスマッチング契約を結んでいることもあり、東京スター銀行の営業担当者の方が、キマールを紹介してくれるケースもある。その際『どういう説明をしたらいいのか』と東京スター銀行の方に言われて追加したのが、冒頭の『キマールは何ができるサービス?』『キマールは誰が使うサービス?』『キマールはどんな会社が作ったサービス?』の3ページ。弊社の営業担当者であれば、口頭ですぐに説明できることが、銀行の方はすぐに出てこない部分。営業のお話をする際に聞かれることをこの3つに集約することで、わかりやすくなったと思う」(赤木氏)とする。
冒頭の3ページの追加は社内でも評判がよく「この3つを話すことで、その先の話しがぶれにくくなった。説明を終えたあとにもう一度この部分に戻ってくることで、『ここだけは覚えてほしい』という部分が明確にできる」(赤木氏)と話す。
このあたりのプレゼンのテクニックは「セミナーに通じるものがある」とのこと。不動産テック協会の代表理事としても多くのセミナーで登壇経験を持つ赤木氏だけに「セミナーでは、会の終わりに『今日覚えて帰ってほしいこと』として、最初に話した内容をもう一度お話させていただいたりする」とし、大事なことを端的に繰り返すことで、記憶にとどめやすくしているという。
森ビルでの勤務時代、IR資料の作成を担当していた経験を持つ赤木氏は「余白がなくなったらだめ。詰め込みすぎるとどこを読めばいいのかわからなくなる」という当時のアドバイスを今の企画書作成にも生かす。
「同様の意味合いで色をたくさん使いすぎるのもよくない。これは自社のウェブサイトデザインにも同様のことが言えて、そうした混乱を防ぐために、トンマナを用意し、そこから色を選んで作っている。ロゴも同様に1枚のシートにまとめておけば、すぐに使えて、作成効率も上がる」(赤木氏)と作成手法を明かす。
カラーリングやロゴの解像度にこだわるには「システムを作っている会社だから」という赤木氏ならではの思い入れがある。「個人的な感覚になるが、ウェブサイトや企画書の体裁がバラバラだと、システムもずさんになると思われる可能性があるかなと。そういう意味で形から入っていくことも必要。同様に、デザインが少し古かったりすると古いスタイルの会社なのかなと思われるので、そのあたりも気を使っている」という。
その一方で、情報量も確保する。「不安を覚えない程度の文字量は必要。大切なのは図だけでなく、文字でその内容を補うこと。企画書とは違うが、キマールではシステム上の画面でアイコンを基本的に使わないようにしている。送信ボタンであれば、飛行機のアイコンを使うケースも多いが、そこに必ず『送信』の文字を入れている。これは、サービス初期の頃に、アイコンだけだとわからないとお客様から言われたことがあり、そこは気をつけている」(赤木氏)と徹底する。
細部に渡って作り込まれたキマールの資料だが「とても大事なページ」と赤木氏が位置づけるのは、22ページの「不動産テックシステム定着成功の条件」だ。「不動産テックを推進していて、最も困るのはシステムを導入しても定着しないこと。さらにこわいのは、システムが定着しなかったときに、導入担当者の責任にされてしまうこと。ここはそれを避けるためのページ。正直、システムを使っていただいて不動産売買の成約が増えるかどうかはシステムだけに依存できない部分。しかしシステムを使い込むようになるかどうかは、キマールの要因なので、きっちりと責任を持って使い込むところまでサポートしますよという意味を込めて、このページを挿入している」と強い気持ちを込める。
その背景には、不動産会社におけるシステム導入のハードルの高さがある。「システム導入を提案すると、みなさん『本業が忙しい時期なので、システムを入れる余裕がない』と言う。しかし、それは逆で忙しいからこそシステムを入れるべき。『その結果、社内で感謝されるので大丈夫です』と、システムを導入する上での不安感を払拭できるようにしている」(赤木氏)とシステムを販売する会社ならでの視点を企画書にもきちんと盛り込む。
今回の企画書は、元からあった企画書に追加したり、省いたりしながら作り上げたもの。「秘伝のタレのようなもので、継ぎ足したり、使って減った分を加えたりという形で作っている」と赤木氏。それだけに、すでに内容は頭に入っており、特に練習をしなくとも話せるまで身についているという。
「入社したばかりスタッフなどは、ロールプレイングで最低でも10回は練習している。相手がいることなので、企画書の順番通りに練習してもその通りにいかないことも多々ある。相手の方に『これは』と聞かれたときに、ぱっと答えられるようにするには、練習が大事」と繰り返し練習することの重要性を説く。
さらに「企画書内である程度文字量を確保しているのは、ぱっと答えられなかった時でも文字を読むことで理解してもらうため。お会いする前に企画書をメールで送付しておくことも多いが、予習して打ち合わせに参加してくださる方も多い。これも文字できちんと補われているからこそだと思う」と続ける。
キマールのページの下部には、赤字にした1~2行のコメントが記されている。「これは、各スライドのサマリー(要約)になっていて、ある意味この部分だけ読めば話が通じるようになっている」(赤木氏)と、情報量が多い企画書だけに、要点も絞る。
数多くのプレゼンをこなす赤木氏だが、「独りよがりにならないこと」に気をつけているという。「相手が飽きていないかどうかは、オンラインでも、セミナーでもわかる。飽きているなと感じたら、相手の方に話を振ったり、雑談をしてみたりと、軌道修正をしながらプレゼントを続けていく」と雑談力を生かす。
企画書を作成する際は、スタートアップのピッチイベントなどももちろん参考にするが、現時点で最もよく見ているのは、各社の決算資料だという。「決算資料は、各社かなり時間を割いて作成していて、コンサルティング会社が協力していたりとノウハウも凝縮されている。会社にとって良いことも、悪いことも明らかにしないといけないが、悪い面の表現の仕方などは大変参考になる。決算資料は投資家の方も見るので、実は一番のプレゼン資料になっていると思う」と明かす。
現在は”秘伝のタレ”のように継ぎ足したり、不足分を補ったりしながら作成しているという企画書だが、「起業した当時は、とにかくたくさんの企画書を作った。一回で良い資料は絶対に作れない。締め切りが1カ月後だったら、10バージョンはつくり、捨てるくらいの気持ちでやることが大事。1つの資料でも何バージョンも作るのが鉄則だと思う」とした。
【次ページのダウンロードボタンから、今回紹介した企画書全ページをPDFでダウンロードいただけます。なお、ダウンロードするにはCNET IDが必要になります】CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
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