「常識を再定義するニュービジネスが前例なき時代を切り拓く」をテーマに、2月1日から約1カ月間にわたって開催されたオンラインカンファレンス「CNET Japan Live 2021」。最終日となる2月26日には渋谷区長の長谷部健氏が登壇した。自治体として、いち早く教育や福祉へのICT導入を推し進めてきた渋谷区が、ニューノーマル時代にどのような組織や人材を求めているのかを語った。
渋谷区では、文部科学省の「GIGAスクール構想」が正式にスタートする以前の2017年から、小中学校の児童・生徒1人ずつに対して、タブレットPCの導入を進め、その運用のための教育ICT基盤を整えるなど、積極的に環境整備を進めてきた。さらに2020年9月には、それまでの3年間の課題や評価をもとに、さらに質の高い学習環境を提供するため、1年間の検討を踏まえ、新システムへ移行。児童・生徒用のPCを刷新している。
これまでは、授業や家庭学習にタブレットPCを使うなど、児童・生徒の学習環境の改善を主として運用してきた。しかし2021年度からは、教員への業務支援環境を整え、本来の業務に集中できるようさらなる負担軽減にも取り組む。加えて、長谷部氏は「PCから集まってきた教育ビッグデータをどう活用していくかという段階に入ってきている」とも明かす。
たとえば、子どもたちは毎日PCを使ってその日の気分を天気マークで表し、教員がそれを確認できるようにしている。従来は子どもたちのちょっとした変化に気付くのにも教員の経験や勘に頼らざるを得なかったが、天気マークという簡単な記号で子どもたち1人1人の状況を可視化することで、教員の指導をサポートできる。
また、教育ビッグデータと行政の基幹データとを連携する計画もある。これが実現すれば、たとえば孤食と所得の関係性や、特定のエリアでの割合から、渋谷区版子ども食堂「渋谷区こどもテーブル」をどの地域に設置するのが適切か、という判断もしやすくなる。引いてはスマートシティにもつながってくると長谷部氏は考えている。
他の自治体に先駆けて教育のICT化にチャレンジしてきた3年間については、「最初は現場に戸惑いもあったようだが、隣接の学校での取り組み方なども共有して、レベルは上がってきている」と話す。このコロナ禍においては、多くの学校が休校し家庭学習を余儀なくされた時期もあった。しかし、すでに児童・生徒1人1台のPCを導入していた渋谷区では比較的スムーズに家庭でのオンライン学習にシフトできたという。システム刷新により、ビッグデータ化や行政の基幹データとの連携が視野に入ってきたこともあり、「今から始める自治体と比べれば、1周先を走れていると思う」と自信を見せる。
ただ長谷部氏は、渋谷区が積み重ねてきたそれら多くの経験を独占したままにするつもりはない。渋谷区が蓄積してきたICT教育に関するノウハウをオープンデータとして公開することにも前向きで、GIGAスクール構想の動きが本格化し始めている全国の自治体、学校に情報を共有していきたいと述べた。
一方で、親世代や高齢者を対象にした福祉分野でのICT活用も進めようとしている。渋谷区では2021年9月から、65歳以上のスマートフォンを持たない高齢者に対して3000台のスマートフォンを貸与する計画だ。独居、もしくは老老世帯の高齢者に優先して貸与し、「(ICT技術が福祉分野で)どのように高齢者の生活に役立つかなど実証事業を行う」という。
たとえば健康管理のアプリを活用してもらうことで、病院に通う回数が減り、体力維持を図れるようになる可能性もある。利用者の健康データを収集して分析することで、行政サービスの改善に役立てられると見ている。
ただ、スマートフォンやテクノロジーに不慣れな高齢者も少なくないと考えられるため、「スマートフォンの使い方を教える人が周りにたくさんいることが必要になってくる。今後、そこを学生にサポートしてもらえるような環境を作っていければ」と長谷部氏。それによって離れた世代間でもコミュニケーションが生まれ、地域コミュニティの活性化という違った側面からのメリットが生まれることにも期待している。
「デジタルを強制するのではなく、アナログ的なサポートを望んでいる方に向けてはそれも充実させていく」とも話すが、渋谷区ではLINEを使った住民票などの証明書請求も可能になっており、高齢者の利用も見込まれる。こうしたICTの活用がさらに広がれば、「区役所の窓口業務が減ることになる。空いている職員が出張所に常駐して地域のサポートに回ることも考えられる」として、ICTが業務の効率化だけでなく、行政サービスの充実にもつながるとアピールする。
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