ITビジネスメディア「CNET Japan」は、大規模オンラインカンファレンス「CNET Japan Live 2021 〜常識を再定義するニュービジネスが前例なき時代を切り拓く〜」を、2月いっぱい(2月1〜26日)開催中だ。
連日に渡り“常識の再定義”をテーマに各社が登壇するなか、前半も終盤戦に差しかかった2月10日には、NTTドコモ・ベンチャーズ代表取締役社長の稲川尚之氏が、「ニュービジネスの創出に向けた組織づくりとは?~CVCの立場から~」と題して登壇した。
NTTドコモ・ベンチャーズといえば、老舗CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)として知られている。NTTグループにおけるスタートアップとの総合窓口の役割を担い、5つのファンドを運営、ファンド規模は累計700億円にのぼる。
同社を率いる稲川氏は、MBA取得を経てNTTドコモにてコア人材やグローバル人材の育成を担い、2013年からは日米でのスタートアップ投資や協業開発とそれに伴う組織作りを手がけてきた。本講演では、2018年にNTTドコモ・ベンチャーズのトップに就いてから取り組んできたCVC体制の変革など具体例を交えながら、新たな時代に求められる組織づくりや人材活用について語った。
「NTTドコモ・ベンチャーズは、NTTグループ各社が新規事業を創出するためのパートナーを探す役割を担っている。そのため、親会社の戦略に連動して動くこと、われわれが独自にアンテナを伸ばして新しいビジネスの“種”を発掘すること、この2つの大きな役割を持っている」(稲川氏)
稲川氏は、こうした「連動性」と「独立性」いずれの要素も必要だとしたうえで、大企業でCVCや新規事業など新しいことを行うための組織づくりの難しさをこのように語った。
「新規性と既存事業とのバランス、自由度と規律など、相反する要素をバランスよく存在させないと、新規事業はいいものが出来ていかない。またCVCとしても、財務リターンと戦略リターンのバランスをとっていかなければ、どっちつかず、中途半端になってしまう」(稲川氏)
NTTドコモ・ベンチャーズの12年間の歩みを振り返ると、それぞれの良いところを見ては、こっちはどうかと悩みながら、最適な“チューニング”を模索してきたという。稲川氏は、「大企業の中で新規性を持ちながら、既存事業や活動の“質“とのバランスをとっていくために、どういう組織づくりをしてきたかを掘り下げてお話ししたい」と語り、同氏が実施してきた具体的な施策と結果へと話題を転換した。
稲川氏が最初に行ったのは、「ぶらさない“フィロソフィー”の設定」だ。まずは常に論点であり、考え方がずれやすいポイントについて、確固たるポリシーを定めた。CVCでいえば「戦略リターン or 財務リターン」という基本的な投資目的がそれに当たる。
「以前は“両取りする”としてきたが、CVCといえども、財務リターンは絶対と軸足を据えた。CVCとして活動を継続するためには財務リターンは不可欠。まずは良質な投資をして、その上で戦略リターンも獲得すると組織の意識を統一した。企業として伸びていく優良な投資先とはいずれシナジーも生まれる可能性が高く、中長期的には両方のリターンを獲得できる可能性が高い」(稲川氏)
継続的に親会社にイノベーションの種を提供し本当によいスタートアップと接点を持ち続けるためには、投資家としてのレピュテーションを高める必要がある。そのためには、財務リターンをきちんと獲得できる"良質な投資”を続け、そうした姿勢を内外に浸透させることが不可欠と考えたという。
稲川氏は、「こうした営みは、さあやろうと思ってもすぐにできるものではない。フィロソフィーに則って、継続的に取り組むことで、徐々に良いディールが入ってきたり、人々の意識が変わったり、事業会社から理解を得られるようになったりという変化が起こる。良いディールを得るためには、投資家ややスタートアップのコミュニティへの仲間入りが必要だが、大企業というだけではスタートアップの皆さんとすぐに交われなかったりする」と苦労も明らかにし、地道な取り組みが欠かせないことを強調した。
続けて稲川氏は、「みんなの意識を統一するためには、掛け声だけではなく環境を整える必要がある。ただしすぐにできるのかというと、こちらもなかなか難しい」と話し、組織変革やチームづくりの妙を「音響のエンジニアリング」に喩えて説明した。
「たとえばコンサートなどで良い音を鳴らそうとする場合、裏側ではエンジニアの方がいろいろなパラメーターを動かしつつバランスの取れた状態を見つけて、最終的に欲しい音を鳴らす。これはすぐにできるものではなく、現場で試行錯誤しながら調整していくしかない。チームづくりも同じで、体制、人事、ルール、人の感情などのさまざまな要素のパラメーターを、少しずつ変えながら地道にチューニングしていく作業になる」(稲川氏)
稲川氏は、組織などのハード面とカルチャーなどのソフト面で構成要素を分解し、各要素の「緩める」部分と「締める」部分をチューニングしていったという。「財務リターンが見込めるものに投資するというフィロソフィーは前提という意思は強く持ちつつ、組織はシンプルに、意思決定はスピーディに、チームは横断化した柔軟な形にということで、自由と規律の両立を図ってきた」(稲川氏)
講演で稲川氏は、3つの「リデザイン」による組織づくりを紹介した。1つ目が「組織のシンプル化」、2つ目が「意思決定やルールの簡略化」、3つ目が「チームの横断化」だ。
組織のリデザインとして実施したのは、日米で分断されていた投資組織の統合だ。当時の課題として、分断による対外的なわかりにくさ、資金利用の非効率性、調整業務の増加、投資ポリシーの違いなどさまざまな点があったという。
「投資組織全体の再編を幹部と調整しながら実施した。日米のチームを統括することで組織としてのミッションが明確になり、ルールが一本化されたことで現場レベルでも調整業務がなくなり、動きやすさが大きく変わった」(稲川氏)
意思決定のリデザインとしては、意思決定プロセスの高速化と、日米横断でのマネジメント体制確立を手がけた。以前は社長や幹部に複数の説明プロセスが並行して走り、この横串の調整を担当者がしなければならなかったが「幹部の意向を恐る恐る探るようになると、スピードが落ちると共に、投資先の選定も無意識に狭めてしまう自粛状態に陥りやすい」と稲川氏は指摘する。
「意思決定プロセスを変更し、担当者には自由にやってもらい、想いを持って説明するというボトムアップ方式を採用した。こうした体制下で投資が成功に導かれ、また各自の想いを反映した活動となることで、結果としてはモチベーションもスピードも上がった」(稲川氏)
また米国拠点のマネジメントでは、自身の駐在経験からも国をまたぐとお互いの状況が見えない状態になりやすいと感じていた。「“任せる”イコール“放任”になってはいけない。アメリカにはアメリカの何か面白いものがあるはずだから、それを持ってきてね、と自由度を持たせて基本的に口を出さない。ただし最後の意思決定など根幹はきちんとグリップする」また子会社ではなく支店形態をとることで、日米のメンバー間に「同じ組織に属している」意識を持たせると共に、両者の交流を活発化させ同じ目線が浸透するようにしたと説明した。
チーム設計においては、投資の専門知識を持つ外部人材と内部人材の融合によって、投資の目利き力や品質を担保しながら、事業とのシナジー構築の両立を図るようにした。また「バディ制」と呼ばれる2人1チーム制を採用して、個人主義になりやすいベンチャーキャピタルの中で相互補完性を保っているという。
「一方で、縦割りになってしまうのはよくないので、案件ごとに『横』や『斜め』のラインで即席のチームを組成できるフレキシブルな体制も敷いた。加えて、会社として特に重視する領域(MaaS/スマートシティ、ヘルスケア、ファクトリーテック)においては、バディとは別に横断チームを組成し連携を強化するなど、緩やかに様々な連携ができるようにしている」(稲川氏)
また、出資や協業といった既存のミッションとは別に自由度を持った活動の場として、若いスタートアップへの支援を行う場も用意したという。CVCの特徴である戦略的リターンからあえて離れ、若い企業の成長だけを考えてメンタリングをすることで、出資や協業にはまだ早いが、将来有望な企業への種まきやスタートアップの成長ノウハウの獲得という形で社員の成長にも役立っているという。
このように、さまざまな形で設計とチューニングを行い、相反する要素についてバランスをとりながら成果を出すための組織作りを行ってきた。
稲川氏のプレゼンテーション後は、CNET Japan編集長の藤井涼が、同氏にアフターコロナを念頭に「ニュービジネス創出」の要件を質問した。
まず、CVCやニュービジネスの創出に適した人材のスキルセットを問われると、稲川氏は「3つの力が必要だと思っている。1つめは広い意味での言語力やコミュニケーション能力。人の話を聞く耳を持ち、未知への情報の理解力が高く、情報を的確に説明して、ちゃんと情報の行き来ができる力。2つめは社交力。人付き合いという意味だけではなく、経験したことのない世界での出会いを受容し、ショックを受けながらもそれを飲み込んで自分のものにしていく力。3つめは、決断力。スタートアップの世界は情報が限られやすいが、そうした不確かな中でも、自分の中の何かを軸にして、前に進めて決断できる力」と回答した。
「コロナ禍における組織づくりでは、どんな試行錯誤があったか」という問いに対しては、「リアルでしょっちゅう会えなくても、話しやすい環境を整えること」(稲川氏)と答えた。特に、講演で紹介したバディ制の利点について、「ヒエラルキーが強くなると、話しにくい案件は僕のところにはこないので、1人で悶々としてしまう」と話し、「小さいバディが組み合うことで、話す時間を増やすことができ、それによって話しやすい環境が作られる」と解説した。
また、「投資先や支援先のスタートアップとの交流や支援の方法が、コロナ禍でどう変化したか」という質問には、「遠隔地のスタートアップとも、手軽に交流を持てるようになった」とメリットを挙げた。稲川氏は「東京に来なくていいというのは大きな要素。東京に出ないと何もできないといった意識を改革するチャンスだ」と述べて地方発スタートアップにエールを送った。
「行動を制約されることで、“いまいる都市で、なんとかしよう”という方向に動くと、その都市自体に、インキュベーション的な空気が生まれて、何か進むのでは」(稲川氏)
最後に、登壇者全員への共通の「常識の再定義とは?」という問いに、稲川氏は「コロナ禍によってデジタルトランスフォーメーションが急速に進んだ結果、ポジティブな面も多々あるが、一方であらゆる情報がデジタル技術で可視化され、オンライン上に載ってくると、ある意味での監視社会が出来上がるのではないだろうか。人々の意見が一気に可視化された結果、みんながそう思っているということに対して、自分はそうは思っていなかったとしても“そうなんだ”と無意識に最適化されそうしたマスの意見と合っているかを自分自身が無意識に“監視”してしまう。インターネットは、マスではない人たちの力や意見を発揮させる力を本来持っていた一方で、逆説的にマスの意見の集約が新たな常識になっていくという流れがあるのでは。だからこそ、今後はさらに“個”の自律性がこれまで以上に重要になっていく」と、アフターコロナの本質に迫った。
なお、NTTドコモ・ベンチャーズは、3月9日にオンラインイベント「NTT DOCOMO VENTURES DAY 2021」を開催する。スペシャルゲストを招いたトークセッション、スタートアップのピッチなどをオンラインで届けるという。参加は無料だ。
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