現実に近い「サイバー空間」で民意を可視化--デジタルツインで10年後の課題解決を目指すNTT Com - (page 2)

 前提としては、江東5区のハザードマップに沿って、たとえば2019年の台風19号を超えるような水災害が今後72時間以内に発生する、という設定にするつもりです。実際の時間の流れは72時間より早めることもあるかもしれませんが、先ずはこれまで通り「~ですので避難してください」とアナウンスし、ユーザーのみなさんには自分の考えにてサイバー空間で動いていただく予定です。

 たとえば「マイ・タイムライン」(防災行動計画)をすでに作成している方はその内容に沿ってすぐに避難行動をとるでしょうし、そうではない方は避難先を慌てて調べたり、高層マンションや高台に住んでいる人は避難しなくても大丈夫と考えたり、いろいろな判断や行動があると思います。最適とされている解はあるとしても、初回の実証実験では、「現実でもそうするだろうな」と自分が思う通りに行動していただければと考えています。

——参加者はどのような流れで避難することになりそうでしょうか。

 どう作り込むかにもよりますが、基本はご自身が今いる場所からスタートすることになると思います。自宅にいるのであれば、自宅からスタートして、現実世界と同じような風景・地形のなかを歩いて避難所に向かいます。普段生活されているエリア内での避難なら迷わないでしょうが、隣町まで避難する必要があって、そこがなじみのないエリアなら現実と同じく迷ってしまうかもしれません。

 ただ、たとえば気象災害のようなテーマでは、いろいろなシナリオを用意したいと思っています。平常時と同じように徒歩で移動しようとしても河が氾濫して橋を渡れないとか、交通渋滞で身動きが取れないとか、さまざまな問題が発生している可能性はあります。橋が封鎖されているときにどうすればいいのか、課題や悩みなどが出てくるでしょう。

 避難している最中に遭遇するそういった問題に対して、自助・公助・共助の精神で解決していくことができるようなプラットフォームにしていきたいと思っています。普段からサイバー空間で訓練されていれば、いざというときに現実で同じようなことが起こっても、迷うことなく行動できるようになるのではないかと考えます。

——プラットフォーム上では人の動きはすべてデータとして残っていくわけですよね。

 そうです。1ユーザーの視点では、街中をあちこち走り回ったり、近くの避難所にたどり着いて休んだり、家の中にいたりと、いろいろなパターンがあると思います。ただ、プラットフォーム運営側のわれわれやセンターBの側では、全体の俯瞰的な状況が見えています。たとえば、プライベートには配慮した形にてすべての人の動きが地図上などにマッピングされているイメージですね。

——実証実験終了後は、参加者にアンケートを取ったりするのでしょうか。

 もちろんわれわれの視点と、ユーザー1人1人の視点では見え方、捉え方は異なると思いますので、避難行動の間にどんなところで課題を感じたかなど、フィードバックはぜひいただきたいと思っています。しかしながら、おそらく初回の実証実験における行動結果は惨憺たる結果になる可能性が高いと思います。そしてその後何度もシミュレーションを繰り返していくうちに社会的な最適解が見えてくると考えますので、まずはトライしたいですね。

——水災害に限定されているとはいえ、実現には多くのパートナーが必要になると思います。この避難訓練ではどのようなパートナーを求めていますか。

 1つはわれわれと共にデジタルツインを実現するシミュレーターを開発していただける方。一緒に開発させていただくか、もしくはすでに関連する技術を持っていらっしゃる方々と進められればと思っています。

 もう1つは防災・減災に関係するコンテンツをお持ちのところ。たとえば防災・減災に寄与するサービスや、防災計画の立案検証の機能をお持ちの方、防災関連グッズなどを取り扱っている方などが想定されます。防災グッズについては現実世界での配布・販売方法をサイバー空間で再現する、というような形で物理的・バーチャル的に関わっていただくのもありがたいですね。

 ただ、それが意味のあるものになるかどうかは実際に試してみないとわかりません。 防災グッズをサイバー空間のある場所に置いても、そこに誰も避難して来ないかもしれません。想定より人が来ないところもあれば、想定をはるかに上回る人が集まるところもあるでしょうし、そのあたりも何度もシミュレートを繰り返すことで、最適解みたいなものをお互い見出せていければいいなと思っています。企業規模にかかわらず、大手様からスタートアップ・ベンチャーまで、われわれの目標に共感いただける方ならどなたでもウェルカムです。

——避難訓練をサイバー空間で実施する最大のメリットはどこにあると思いますか。

 先ほども申し上げたように、現実世界では時間的・場所的な制約があったり、コロナ禍にて密集できない制約もあったりして、現実世界でシミュレーションをしようとしてもなかなかみなさんにご参加いただけません。それに、学校や企業が避難訓練をするにしても、多くは建物の外に出てくるところまでではないかと思います。たとえば東京の東側から県境を越えて千葉県まで逃げましょう、みたいなことを250万人規模で実施するなんて、現実の訓練ではまずできないですよね。

 そうしたなかで、さらに自助・公助・共助で解決できる課題も、それだけでは解決できない課題もたくさん表面化すると思います。ここに対してユーザーのみなさんやセンターBとして関わっていただく自治体の方々、サービス開発を目指す企業など、いろいろな方のアイデアを募ることができるのは大きいと思います。最終的に共に助け合い、しっかりしたWin-Winの経済活動につなげられれば素晴らしいですよね。

サイバー空間はどこまで「粒度」高く再現されるのか

——今後のロードマップや海外展開も視野に入れた動きなども含めてお伺いできますか。

 最初は気象災害から始めますが、2〜3年後にはこのプラットフォームと親和性の高そうな人口の多い都市における課題にも活用していきたいですね。また、食料自給率の低さ、海外に依存しているエネルギーなど、日本ならではの課題に対していかに効率的、効果的に解決するか、といったところにも貢献できればと思います。日本以外では、地理的に近いASEANなどの国々にも広げていきたいところですが、国内にはまだまだたくさん課題があります。それをまず解決したうえで、日本の周囲にも広げていければと考えています。

——現在の新型コロナウイルスのパンデミックのような状況において、何らかの解決につながる活用の仕方もありうるのでしょうか。

 残念ながらそれは難しいのではないかと思っています。今回水災害をテーマに選んだ理由の1つは、江東5区の250万人が避難するにあたって、ハザードマップなどの「水災害が起きたらこうなる」というきちんとした前提条件や予測がデータとしてあり、それをシナリオとしてマップ上に落とし込むことができるからです。しかし、パンデミックに関しては「発生したらどうなる」というはっきりとした予測データが現時点ではありません。

 われわれがプラットフォームで実現したいと思っているのは、ある状況下で人がどのように行動するのか、というデータを得るところにあります。人がどのように行動すればパンデミックが収束するのか、といったようなシミュレーションは感染症の専門家や医学に通じた方々が手がける部分ではないかと考えます。

——サイバー空間はどれほどの「粒度」で現実世界を再現しようと考えていますか。たとえば他人の家に上がれるのか、避難所で人が多すぎて食料が不足したりするのかなど、気になります。

 9月頃の避難訓練の実証実験が始まる前に、細かいところまで作り込むのは難しいと思います。たとえば建物としてはリアリティのある外観でも、中には入れないものになると思います。避難所ですとキャパシティの上限がありますので、100人と決めたら101人目が来たときに「あなたは入れません」のように表示せざるを得ないでしょうし、防災グッズや水・食料も時間とともに消費していく設定になるかもしれません。早めに避難所にたどり着いたら水・食料が得られて、在庫がなくなった後に来た人はもらえず、体力が減っていくなどですね。

 でも、将来的には限りなく現実世界に近づけたいと思っています。防災に限らず他の分野でも活用していくことを考えると、もちろん個人のプライバシーの兼ね合いもありますが。極力現実世界に近い、普段の物理空間が忠実に再現されているような世界を作りたいですね。

——たとえば、ユーザー自身の現実世界での所持金がサイバー空間に反映されて、できること・できないことに制約が加わったりといったことも可能になるかもしれませんね。

 いま財布に入っている額を反映したり、電子マネーと連携できたり、というのはありかもしれませんね。避難の途中にて自動販売機で飲み物を買ったりすることもできるようにして。スマートフォンも時間経過でバッテリーが消耗して、充電しなければ連絡ができなくなってしまうとか、モバイルバッテリーがあれば少し長く使えるとか。

——このサイバー空間を日常的に使ってほしいとのことでしたが、そのためにはユーザーのモチベーションを高めるためにゲーム要素、エンタメ要素みたいなものも必要になってくるかもしれませんね。

 そうですね。ただ、プラットフォーマーであるわれわれ自身がエンタメ性を出してしまうと、現実世界と乖離が生じてしまうかなとも思います。ですので、たとえばセンターBとして関わっている企業が自分のお店に来てほしいとか、誰かに届ける荷物を代わりに運んだり、受け取ったりするクエストみたいなものを用意したりとか。もしくは、より現実世界での行動変容を促すために、自治体と連携して実際に使える地域マネーをサイバー空間でも発行してみたりとか。そういうことがユーザーに参加してもらえるインセンティブになるのかなと思います。

——今の話とは相反する内容になるのですが、あまりにもゲーム的にしてしまうと、ユーザーが現実とはかけ離れた行動を取る可能性が高くなる気もします。サイバー空間が現実に近いものであると思わせるための仕掛けなどは何か考えていますか。

 1つは、すでに申し上げたように本人自身であることを認証させていただく登録にて、1人1体のアバターしか持てないことですよね。たとえばサイバー空間での避難訓練をある大学の研究室にて検証しようとしたとき、参加する学生の方が10名いれば、そのなかの1人が勝手な行動をとると、他の人から現実同様に反感を買うことになるでしょう。そういう意味での抑止力は期待したいですよね。

 一方で、勝手な行動をとる方がいたとしても、現実世界ではそういうことをしそうにない人なのか、はたまた、そういう人は現実社会においても同じようなことをする可能性があるのか、というのは学術的にも検証する価値があると思っています。当社グループには人為的な行動をシミュレートしている部署もありますので、人のいろいろな行動をどう捉えるかについても、ある種の研究要素にしていきたいと思っています。良いとか悪いとかではなく、そういうものだと踏まえたうえでシミュレーター基盤に活かしていくことも必要ですし、良い学術的要素にもなるのではないか、と2つの側面から考えています。

——最後にこのプラットフォームに対する意気込みをお願いします。

 とにかくたくさんの人にこのプラットフォームを使っていただきたいです。そうすれば、現実では露見しなかった課題が見つかると思います。それに対して自助・公助・共助で解決できること、またはセンターBとして参画される自治体が行政サービスとして改善すべきところ、企業が活躍できる部分が明らかになるはずです。

 そうすることで、これまでの世界がより良くなっていく可能性があります。一層かゆいところに手が届くサービスが開発され、災害が発生しても人命が救われ、人々がもっと幸せになる。そんな世界ができることを私たちは望んでいます。

キャプション
Social Risk Management Platform(仮称)のプロジェクトメンバー

CNET Japanでは2021年2月にオンラインカンファレンス「CNET Japan Live 2021 〜『常識を再定義』するニュービジネスが前例なき時代を切り拓く〜」を1カ月間(2月1〜26日)にわたり開催する。このカンファレンスで、大貫氏には2月5日(金)に講演してもらう予定だ。後半では質疑応答の時間も設けるほか、セミナー終了後にはオンラインで大貫氏と1対1で5分間会話できる「1on1交流会」も開催する。Social Risk Management Platformのパートナー企業として応募できる機会にもなるため、ぜひ参加してほしい。

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