何度も挫折を乗り越えて「声」に辿りついたコエステ金子氏--東芝から合弁会社を立ち上げ

藤井涼 (編集部) 日沼諭史2020年12月24日 08時00分
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 大企業のなかで新規事業の創出やイノベーションに挑む「社内起業家(イントレプレナー)」たち。彼らの多くに共通しているのは、社内だけでなく社外でもアクティブに活動し、社内の横のつながりや幅広い人脈、あるいは課題を見つける観察眼やその解決につなげられる柔軟な発想力を持っていることだ。

 この連載では、そんな大企業内で活躍するイントレプレナーにインタビューするとともに、その人が尊敬する他社のイントレプレナーを紹介してもらい、リレー形式で話を聞いていく。第1回目のサントリービバレッジソリューション森氏からバトンを受けたのは、東芝とエイベックスの合弁会社であるコエステを立ち上げた同社執行役員の金子祐紀氏だ。

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コエステ 執行役員の金子祐紀氏

有望なプロダクトを開発するも、そのたびに挫折を味わった

——まず自己紹介をお願いできますか。

 新卒で東芝にソフトウェアエンジニアとして入社し、2011年から事業企画部門に移って以来、10年くらい新規事業の立ち上げに関わっています。現在は東芝とエイベックスの合弁会社であるコエステで、声を利用したサービスを展開しているところです。

 大学院では機械学習、AIの研究をしていたにもかかわらず、就職活動ではテレビ局を受けました。テレビがとにかく大好きなんです。テレビドラマは、昔からどんなに忙しい時でも同時に5作品以上は見ています。連続ドラマになるとトータルで10時間の長尺になるわけで、映画より時間が長い分感情移入もしやすいんですよね。

 たとえば「北の国から」は全シリーズ見ましたが、(放映期間が長いため)時間が一緒に流れて、自分もその世界にいるような感じがして、自分ごととして捉えていました。

 そういうわけでテレビ局に就職したかったのですが、あえなく全滅しました。だったらテレビを作ろうかなということで東芝に就職して、ソフトウェアエンジニアとしてテレビ関連の開発に携わることになったんです。

——テレビ番組ではなくテレビ自体を作ることにしたと。本当にテレビが好きなんですね。

 ただ、当時からすでにテレビ離れとか、最近はテレビが面白くない、とか言われていましたよね。でも、僕からすると面白いテレビ番組はたくさんあります。夜遅く、仕事から帰ってきたときにテレビをつけて、たまたま自分が気に入るものがなくて「つまらない」と思ってしまう人が多いんじゃないかと感じていました。

 なので、自分が見たい番組とマッチングさえできれば、もっとテレビは面白いと思ってもらえるのにと悶々としていたんです。だったら、たとえばAI技術を使ってレコメンドしていくのはどうだろうと。東芝のテレビの上位機種だと、全チャンネルを常時録画する「全録」機能があったので、これが使えるのではないかと考えました。

 よく皆さん「全部録画したって見るわけないよ」と言うんですけど、全部見なくていいんです。全部録画しているからこそ、その中からレコメンドできるんですよ。好みに合う番組を提案したり、検索できたり。好きなタレントの名前で検索すれば、そのタレントが出演している番組やシーンが一覧されて順番に見られたり。そういう機能があったらもっとテレビが楽しくなるよねと。

——そのアイデアがどうやって新規事業につながっていったのでしょう。

 業界で“録画神”と呼ばれている片岡秀夫という人がいるんですが、ある日その人から「新規事業の部署を作ることになったから来て」と夜11時ごろに電話がかかってきたんです。「興味はあるけれど本業があるので……」と言ったら、次の日には兼務の辞令が出ていました(笑)。その人に誘っていただいたのが、僕の新規事業のキャリアのスタートですね。

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 そうして2011年に事業企画部門に移り、一発目に、全録したテレビ番組の中から検索して、好みの番組や出演者のシーンが出てくるサービスを開発しました。それまでのテレビは、いわゆる組込開発というもので、発売の1年半とか2年前から仕様がほぼ決まってしまい、それをひたすら作り込んでいく形。開発スパンが長く、それだとスピード感でネットサービスには勝てません。

 そこで、組込開発のスケジュールに縛られず、改善や機能アップにも素早く対応できるようクラウド型のサービスにして、テレビに搭載したウェブブラウザ上で動く仕組みにしました。

——今の東芝レグザにも搭載されている機能ですよね。それだけでも新規事業の担当者としては成功したと言えるレベルではないでしょうか。当時としてはテレビによるクラウドの活用というのも新しかったと思います。

 テレビって売り切りなんですよね。そのうえコモディティ化が進んでいて、だからこそ日本のテレビメーカーは厳しいと言われていました。ただ、クラウド化することでいろいろなデータ分析ができるのもメリットだったんです。

 国内ではビデオリサーチさんがテレビなどの視聴率データを取り扱っていますが、ある意味これって1つの通貨みたいなものなんです。視聴率1%ごとに広告料はいくらと決まってしまう世界。だから視聴率はすごく重要なデータなんですけど、実際には数百世帯程度のデータしか取れていない。

 僕らが手がけたサービスだと、その機能を搭載しているテレビを購入した全世帯からデータが得られます。数十万、数百万という単位のデータが集まるわけです。どんな番組を見て、どこで早送りしたかもわかるので、そういう統計データを企業に販売するという事業もしていましたね。

——金子さんが、その新規事業を手がける事業企画部門に誘われたのは、以前から何か目立つ活動をされていたからなのでしょうか。

 ソフトウェアエンジニア時代からいろいろ新しい取り組みに挑戦していたので、それが目に留まったのかもしれません。たとえばテレビの映像信号に人間の目で見えないような制御信号を埋め込んで、それでおもちゃを動かしたり。分解したエアロバイクにテレビや扇風機を接続して、テレビ映像が走行シーンになったときに上り坂では負荷を重く、下り坂では軽くして、スピードが上がると扇風機の風を強くする、みたいなものを作ったり。

 映像信号を使った仕組みは、ある玩具メーカーが反応してくれて、その技術を応用したものが製品化一歩手前までいったんですけれど、リーマンショックでうやむやになりました。

——それはもったいないことになりましたね……。テレビ番組の検索サービスの次は何をされたのでしょうか。

 検索サービスが一段落したところで、今度は社長直轄の新規事業開発部ができて、そこに移ってから手がけたのがメガネ型のウェアラブルデバイス「Wearvue TG-1」です。当時は「東芝グラス」とも呼ばれていて、1.5m先に透明のスクリーンが浮かんで情報が表示できるものです。

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メガネ型のウェアラブルデバイス「Wearvue TG-1」

 いきなりコンシューマー向けに展開しても難しそうだったので、まずはBtoB向けで開発を進めました。たとえばトンネル内の修繕箇所を発見するためにハンマーみたいなもので壁を叩く打音検査をやるのですが、その結果が離れたクルマに積んであるPCの画面に表示されるんですね。なので、叩いて外に出て結果を確認して、またトンネルに戻ってコンコンする、みたいなことをやられていたんですが、作業中に目の前に結果を表示できればすごく効率化するはずです。

 ところがちょうどそのころ、東芝が会計問題を起こして大規模な赤字に陥り、社長直轄の新規事業開発部は解散しました。製品は2016年2月29日に発売予定だったのですが、いよいよ発売するぞというその1週間前の2月22日に、あえなく発売中止になりました。

——新たな取り組みを始めては、大きな出来事があって中止するという挫折を何度も味わってきたわけですね。

 もう挫折は慣れっこですし、長いこと仕事をしていればそういうこともあるかな、と割り切っています(笑)。とはいえ、そのときの僕は、もう正直やってられないなと感じて会社をやめようと考えていました。ですが、当時の上司と会社に残る道がないかを話していくなかで、当時盛り上がり始めていたAIの話になったんです。

 東芝では何十年も前から、音声合成や音声認識、画像認識、機械翻訳などのAI関連の研究が続けられていて、ディープラーニングのトレンドもあってようやく花が開きそうでした。世界的に何度目かのAIブームが来そうな空気感があったので、そういった事業に携われるのであれば……ということで、2016年4月からAI関連の新規事業を開発している部署に異動することになりました。

 異動後、AIの専門家に話を聞き、自分で東芝のいろいろな技術に改めて触れて……というのを繰り返していく中で、東芝がもつ技術のうち音声合成、特に「似声」という技術が飛び抜けていたので、これを応用した事業の構想を思いつき、2016年6月ごろにコエステを立ち上げました。

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