あらゆる業種や分野で活発になっているDX(デジタルトランスフォーメーション)の動きは、政府官公庁にも広がりつつある。なかでも最近の大きな取り組みの1つは、9月30日に公開された「TEHAI(テハイ)」だろう。
警察庁指定重要指名手配被疑者である5名(見立真一、小暮洋史、小原勝幸、上地恵栄、宮内雄大)の過去の写真と、それを元にしたAIによる“今の顔”を掲載するウェブサイトだ。
TEHAIは、ヤフー、電通デジタル、PARTYの3社が手を組み、警察庁の協力のもと開発が進められた。“堅いイメージ”のある警察庁が民間企業とタッグを組み、AIによる手配写真で広く情報を募るーー。その大胆さや柔軟さに驚いた人もいるだろう。では、どのような思いでこのプロジェクトを進めたのか、警察庁と3社のキーマンに話を聞いた。
きっかけは、スマートフォンで多くの人が使うカメラアプリなど、普段の生活の中にすでに入り込んでいるAI技術を、「もっと社会的に意義のあることに活かせないか」という電通デジタルの森氏の思いつきだった。そこで考えたのが、10年以上もの長い間同じ写真が使われ続けていることもある被疑者の手配写真だったという。
「指名手配被疑者の“現在の顔”を公開することが警察の捜査に役立つのでは」と考えた森氏のアイデアを受け、PARTYの創業者である中村氏が調整役を引き受けた。中村氏は電通デジタルとヤフーの顧問も務めていることから、技術・インフラ面についてはヤフーに協力を仰ぐことにしたという。
ヤフーが引き受けた理由の1つは、それが社会貢献につながると考えたからだった。同社がCSRのコンセプトとして掲げている「UPDATE JAPAN」の「デジタルの力を使って日本をエンパワーメントしていく」という目的に合致していた、と同社マーケティングソリューションズ統括本部の秦氏は話す。
また、広告事業を展開する同社が「広告は嫌われ者みたいなところがあるが、2019年から“広告を好かれ者にしよう”というプロジェクトも始めた」ことから、「その一環としてドンピシャのアイデアだった」ことも大きかったという。しかも、Yahoo! JAPANでは「おい、小池!」のポスターで注目された事件の手配広告を2000年代に掲載した実績があり、警察とのつながりもあった。
2019年10月頃から、電通デジタルではさっそくAIを利用した技術検証を開始した。ウェブサイトの公開は2020年9月30日のため、実際に動き始めたのは1年も前だったことになる。最初のうちは著名人の過去と現在の顔写真などを用いて検証し、信憑性の高いAIモデルを探っていく作業を繰り返したという。
ある程度、技術面での目処がたち、警察庁に提案したのは年が明けた2020年2月頃。警察庁としては、これまでにウェブサイトやポスターなどで指名手配被疑者の情報を募っていたものの、写真が古く、決め手となる通報が得にくくなっていたのが実情だった。新たな手立てを模索するなかで、「情報が1つでも多く集まれば」との思いからTEHAIのプロジェクトに協力することにした、と警察庁の高橋氏は打ち明ける。
ただ、指名手配被疑者の“現在の顔”をAIで予測するのは容易なことではなかった。すでに説明したとおり、被疑者の写真には古いものが多く、解像度も低い。電通デジタルの森氏によれば、「AIが顔として認識できないこともあった。肌の感じまでは読み解けないため、それを再現するためにさらに解像度を上げるAIを使ったりもした」とのこと。かなりの数のAIモデルを試し、実際に指名手配被疑者の生成に入る前の、採用するAIモデルを見極める事前検証を含めると、AI開発には10カ月近くかけているという。
最終的にはAIのモデルをA・B・Cの3パターン用意した。パターンAは加齢による変化を予測して老化させるAI、パターンBは「老人の顔のテクスチャーを貼り付けるようなイメージ」で再現するAI、パターンCは同一人物の老化前と後の写真1万3000組、2万6000枚を元に学習し推測するAIだ。A・B・Cそれぞれで3つのバリエーションを作り、1人あたり計9種類の“現在の顔”を予測する形とした。
5人の指名手配被疑者の顔予測にあたっては、「警察庁からは素材を提供して、AI技術を活用していただいた」と高橋氏。開発する電通デジタル側も、「第三者に似てしまう」という万が一の可能性を想定したうえで、同社の法務部門とも綿密に連携をとったという。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス