不動産業界のDXを推進するもの、阻むもの--DX銘柄2020選出の三菱地所とGAが語る

 企業内におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)が叫ばれて数年が経つ。不動産業界においてもその動きは急務で、新型コロナ感染拡大とともに非対面化、ペーパーレス化、テレワークなど、働き方改革も求められた。しかしDXと言っても「何から手を付ければいいのかわからない」「成果の出る方法が見つけられない」など、悩みを抱えている不動産会社も多いのではないだろうか。

 10月6日、PropTech JAPANが主催したオンラインイベント「不動産業界におけるデジタルトランスフォーメーションの今後とは」には、経済産業省・東京証券取引所が選ぶ「DX銘柄2020」に選出された不動産会社である三菱地所 DX推進部主事兼spacemotio 代表取締役社長の石井謙一郎氏とGAテクノロジーズ 執行役員CAIOの稲本浩久氏が登壇。アナログでのやりとりが残る業界として名前を挙げられることの多い不動産業界におけるDXのやり方、成果の出し方について話した。モデレーターはデジタルベースキャピタル アソシエイトの佐藤大悟氏が務めた。

三菱地所 DX推進部主事兼spacemotio 代表取締役社長の石井謙一郎氏(右)、GAテクノロジーズ 執行役員CAIOの稲本浩久氏(中央)、デジタルベースキャピタル アソシエイトの佐藤大悟氏(左)
三菱地所 DX推進部主事兼spacemotio 代表取締役社長の石井謙一郎氏(右)、GAテクノロジーズ 執行役員CAIOの稲本浩久氏(中央)、デジタルベースキャピタル アソシエイトの佐藤大悟氏(左)

 石井氏は、2008年三菱地所に入社。ビル運営事業部、中国語語学研修生派遣、物流施設事業部などを経て、2017年から経営企画部にて、デジタルトランスフォーメーションの推進に携わり、2019年4月にDX推進部を立ち上げた。2019年11月には、エレベーターメディア事業を展開する「spacemotion」をスタートアップの東京と共同出資で設立し、自ら代表取締役社長を務める。

 稲本氏は、新卒でリコーに入社し、画像処理、認識技術の研究開発に従事。その後、新規事業企画の担当部署に異動し、不動産向けVR ソリューションサービスである「theta360.biz」を立ち上げた。2017年にGAテクノロジーズに参画し、マイソク(不動産広告)の自動読み取りシステムの開発や、AIを活用した間取り図の自動書き起こしシステム「BLUEPRINT by RENOSY」を開発。2019年よりAI Strategy Centerの室長に就いている。

 前職でメーカー勤務経験を持つ稲本氏は、不動産業界のDXにおける現状を「無邪気な言い方をすれば宝の山。製造業は改善を積み重ねて今の姿があり、少しの改善くらいでは喜ばれない。不動産業界に来て感じたのは、業務の自動化や効率化をすると現場の人たちに大変喜んでもらえるということ。この状況は技術者冥利に尽きる」と表現する。

 石井氏は「不動産業は幅広く、どの領域で(業務やコストを)カットできるかによって答えが変わってくる。DXを進めるには不動産領域も、テクノロジーのことも深く理解して掛け算する必要がある。その両方ができる人材は日本国内にまだ少ない。不動産業界の人はどことなく、ITは自分たちには関係ない、他人事感がある。その一方でテクノロジーサイドは、不動産業界の特殊な商慣習やクローズドなコミュニティは理解するのが難しい。不動産の業界知識とテクノロジーの知見をうまくマッチさせないと業界変革は起こせない」とネガティブ面を指摘した。

システム導入を阻む”野良Excel”の存在

 独特の商慣習が根付いた不動産業界におけるDXの推進は、一筋縄ではいかないように思える。DX銘柄2020に選ばれた2社はどんな取り組みをしているのだろうか。

 稲本氏は「GAテクノロジーズはちょっと特殊な環境。ほかの会社でハードルになると思われる経営層の理解が非常にあり、ここは全くハードルになっていない。そもそも約580人いる社員のうち、3分の1が技術者という環境で、なにか新しいことをはじめる時にどこから手をつければいいかわかっている人が多い。平均年齢も31歳と若く、新たなシステムについていけないという人もいない。社内のシステムも新しく、●●のシステムがネックになって進まないといったこともない」とほぼ足かせがないと思われる”特殊”な環境を説明する。

 しかし、その中でもハードルはあり、一番大きかったは現場の抵抗だという。「例えば、営業ツールを採用し、紙の接客資料が電子化されれば、便利だろうと思ってしまうが、現場の声を聞くと取りこぼしたらどうするという話になる。販売図面の自動読み取りシステムを導入したときも、現場からは一斉にやめてくれという声があがった。話を聞いてみると、白紙の状態でくるものは、一から取り組めるが、読み取った情報が一部でも入っていると間違いがあっても気づけない。それでは困ると」と当時を振り返る。

 自動読み取りシステムは画像認識技術を利用しているため、100%の精度ではないが、高い精度を実現している。ゼロから入力するよりもはるかに効率的だろうと考えたが「入力されたものを信じてしまうから、ゼロにしてほしい」という要望があったという。

 これを受け稲本氏は販売図面の人力チェックを開始。月に5000枚ほどある図面をすべてチェックしてから現場に出したという。そうすることで、安心して使えるシステムだと現場が理解。きちんとシステムを現場に使ってもらえる環境を整えた。

 稲本氏がここまでしてシステムの導入を進めるのは、”野良Excel”の撲滅を掲げるからだ。「システムを導入しても、気がつくと現場の人がExcelを使っているということは本当によくある。これを野良Excelと呼んでいてこの戦いは大変(笑)。Excelは誰でも使えて便利だが、ファイルが分断されてしまい、情報の流通という面から考えるとシステムに一本化したほうがいい」と話す。

 石井氏も「野良Excelは当たり前、基幹システムもいわゆるスパゲティ状態になっていて、典型的なIT化が遅れている環境だった」とDX以前の社内の状況を説明する。

 「DXという言葉すらない時期にデジタル変革を進めることになった。それまでは現場の営業職で、会社を俯瞰して見たことがなかったが、見渡してみると課題は山積み。本社の移転が予定されており、移転後はフリーアドレス化になることも決まっているのに、現在使っているPCは固定席に有線LANで接続されており、持ち運びもできない環境だった」(石井氏)と話す。

 その中で石井氏が進めたのは、ひとつずつ丁寧に説明し、実行していくこと。あえて当時まだ浸透していなかったDXという言葉を部署名に使い、全社員に広めていくことから始めたという。

 ただ、活動を開始してからも「何をやっているかわからない」という雰囲気が社内にあり、それを払拭するために社内説明会やIT勉強会などを積極的に続けた。「それでも2年くらい前は社員の人の心に響いていないもどかしさを感じていた」(石井氏)と話す。

 「IT化が遅れていることに関しては、ベストプラクティスをやるしかないと思っていて、コンサルティングやベンダーの方にご協力いただきながら、数多くのプロジェクトを一気に動かした。そのプロジェクトも丸投げせずに、社員をプロジェクトオーナーとして組み入れ、丁寧に回した。これが結果的に三菱地所グループのIT環境を大きく進歩させたと自負している」と、社内外を巻き込みながら進めてきた。

DXのやり方はベストプラクティスがない

 一方、DXの浸透については「ベストプラクティスがなく、私自身も悩みながら活動している。ただ大事だと思っているのは目に見える結果を出すこと。不動産業界の面白さは、どれだけ土地を購入できたか、テナントをいくつ決めたかなど成果や見えやすいところ。それはDXでも同じで、ちゃんと形に残すところまでやるべき」と話す。

 稲本氏も「DXのやり方は解がない。ただ言えるのは現場へのリスペクトを持って根気強く寄り添うこと。要望に耳を傾けることが大事」と強調した。

 DXについて今後の展望について問われると、稲本氏は「自動化や効率化できることを人力でもできるから今のままでいいという経営者もいると思うが、それは罪。効率化すべき部分はどんどん効率化して、人間は人間にしかできない仕事をすべき。不動産業界において、お客様の心を動かすことは人間にしかできない」と返答。それに対し石井氏も「全く同感。DXについては、ここ3年くらいすごく国内での盛り上がりを感じるが、DXはテクノロジーの実装が目的ではなくてあくまで手段。何をゴールにしていくか可視化する作業が必要。顧客のニーズドリブンで考えるべき」と続けた。

 石井氏は顧客のニーズを重要視する上で必要なのは「不動産以外の周辺領域の動向もきちんと知ること」とし、中国のリテール市場の動向などをつねに追っているとのこと。稲本氏も「建設業界は不動産同様にテクノロジー化の進みが遅く、人手不足に悩んでいるとも聞く。テクノロジーで変えられる余地があり、興味深い」と挙げ、不動産領域以外の業界の動向にもアンテナを張る。

 石井氏は「日本の不動産業界はレガシーだ、斜陽だと言われているが、悲観はしていない。例えばラクスルが印刷業をアップデートしたような未来を作る可能性を秘めていると思う。新型コロナの影響で不動産会社の価値も変わった。この変化を捉え、新しい未来を作っていきたい」とまとめた。

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