3人目のパネリストは、集合住宅向けのスマートロック「NinjaLockM」や、不動産管理向けの「スマート物確」「スマート内覧」といったサービスを開発しているライナフ取締役の杉村空氏。スマート物確とスマート内覧では、顧客からの物件確認の電話対応についてAIを活用した自動音声応答で効率化したり、内覧の予約受付や鍵の受け渡しをウェブを通じて行えるようにするなどして、不動産会社の業務支援に取り組んでいる。
賃貸物件に関わる不動産会社がメインのクライアントだが、同社が提供サービスを通じて把握しているだけでも3~4月は入居希望者が大幅に減っており、問い合わせ件数も「かなり厳しいものがあった」。ところが、反対に感染拡大が落ち着き始めた5~6月は法人契約の問い合わせ件数が例年より上向いている傾向もあり、全体としてみれば「(減ったというより)ずれ込んだというイメージ」になっているとのこと。
物件や顧客の動向を把握している同社らしい興味深いデータも披露した。問い合わせのあった物件を首都圏の最寄り駅別にランキング化してみたところ、2019年3~4月は港区の青山や表参道といった山手線内が人気だったが、2020年3~4月は田園都市線の都心から離れたエリアや東急東横線の神奈川県寄り、あるいは千葉寄りの足立区など、郊外の駅が上位に入ってきたという。リモートワークが広がったことで、物件探しの際にこれまで重視されがちだった買い物の利便性や会社へのアクセスといった部分の優先度が下がっていると考えられる。
同社サービスを利用している不動産会社はオンラインで顧客とやりとりできることから、杉村氏いわく「電話対応のためだけに出社しなくていいので、リモートワークにもスムーズに対応できる」というのがメリットの1つ。しかし、より上手に活用している不動産会社には2つの特徴があるという。
1つは、サービス導入により発生する余剰リソースをどこに使うのかが明確に定まっていること。システムやテクノロジーによってそれまで人の手で行っていた業務を自動化・効率化することで、スタッフの人員や時間にはその分余裕が生まれることになる。代わりに物件オーナーをより丁寧にフォローする時間を作るのか、ほかの新しい業務を手がけるのか、コールセンターのコスト削減を図るのかなど、最初から改善すべきポイントが明確になっている不動産会社は高い導入効果が得られているという。
もう1つは、業務の効率化だけでなく「可視化」することも大きな価値と捉えていること。紙書類やホワイトボードを使ったアナログな手法で顧客とのやり取りに関わる情報を整理、共有し、データを手作業で集計しているような不動産会社がいまだ少なくない。しかし、同社のサービスを利用すれば返信率や問い合わせ件数、そこから内覧予約につながった割合などもデータ化でき、課題の洗い出しが容易になる。
「問い合わせは多いが内見後に契約に至る件数が少ないとなると、今までは“家賃を下げないとダメなのでは”という発想になっていたが、データから見れば“内装に問題がある”ということがわかってきたりする」とし、問題の可視化にシステムを活用できるかどうかも不動産会社のDXには重要になってくると杉村氏は考えている。
不動産会社がDXを推進することで、どこが大きく変わるのか。杉村氏は森田氏と同じように「人」への影響、特に人材の採用という側面に注目している。不動産会社は土、日曜日が通常業務で、水曜日を休日としているところが多く、それが採用における1つの壁にもなっている。近年、新卒の就職先として人気が高いのはテクノロジー系の外資系企業や国内大手企業で、不動産業界は敬遠されがちだ。不動産業界は「古くさい、アナログ」といったイメージが先行し、若い優秀な人材を取り逃している可能性が高いと同氏は分析している。
しかし、ある大手不動産会社のなかにはDXにより自動化を進め、土、日曜日を休日にしているところもあり、「それだけで(人材採用を)改善でき、今までコンタクトできなかった若手にもアプローチできるようになる」と語る。アナログな業務を省くことで、「より重要な業務に社員のリソースを集中している、若いうちから大事な業務を任せられ、成長できる」といったアピールにもつなげられるとする。
何より、最新のテクノロジーを活用することで他社との差別化にもつながりやすいのが現在の不動産業界でもある。中小規模の不動産会社ではDXに向かう動きが鈍くなりがちだが、杉村氏は会社のマネジメント層にDXの必要性を理解してもらう際には、「DXが成功している他の会社の事例を調べるなど、アンテナ高く張って情報収集すること。それができるところはきちんとDXが進んでいく」とアドバイスした。
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