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高額転売に待ったをかけた「原価マスク」--トリニティに聞くマスク製造の舞台裏

日沼諭史 坂本純子 (編集部)2020年10月01日 09時00分
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 新型コロナウイルスが日本国内で蔓延し、全国的にマスクの品薄が深刻になっていた4月、突如として現れた「原価マスク」。費用の内訳をパッケージに細かく表記し、利益を一切取らないというユニークさに加えて、高額転売が相次いでいた市場に文字通りの“価格破壊”を起こしたことで、大きな注目を集めた。

話題を集めた原価マスクのパッケージ
話題を集めた原価マスクのパッケージ

 原価マスクを企画・販売したのは、スマートフォン「NuAns NEO」や、スマホケースなどのアクセサリー製造・販売で知られるトリニティだ。

 CNET Japanでは、通常であればマスクのような日用品を取り上げることはあまりないのだが、シャープなどのテクノロジー企業がマスクの製造を発表したタイミングでもあり、またこれまでにも取材をしてきたトリニティが原価マスクを始めた意外性から掲載したところ、驚くほどの反響があった。

 実は、マスクとは一切無縁の事業を展開していた同社がマスクを、しかも原価で販売することを思いついたのは、以前から中国の工場と取引があったから、という単純な理由だけではなかった。どういう経緯で原価マスクが誕生し、そのなかでどんな気付きが得られたのか、トリニティ 代表取締役の星川哲視氏に話を聞いた。

トリニティ 代表取締役の星川哲視氏
トリニティ 代表取締役の星川哲視氏

20万枚、4000箱を売るはずが、まさかの設定ミスで……

――「原価マスク」を始めたきっかけは、スマホアクセサリーなどの製造委託をしていた中国の工場がマスクを作っていたから、と伺っています。そもそもの企画の経緯を教えていただけますか。

 1月20日まで、僕は仕事で中国の深圳にいて、1月21日の便で日本に帰ってきました。1月21日頃から中国は旧正月で、お休みに入る場合が多いんですね。深圳って40年ほど前までは漁村だったところを、一気にハイテクの街にしたわけで、もともと深圳に住んでいた人はほぼいない。だから皆、帰省するんです。

 僕はギリギリまで深圳にいて帰ってきたのですが、その頃感染が発覚し始めていた武漢は深圳から1000kmくらい北にあったので、わりと遠いところの話だなあという感じでした。ところが、帰国直後に中国全域に感染が広がって、旧正月が明けても政府から「会社に戻るな、人は移動するな」というような指示が出てしまいました。

 旧正月が終わっても工場は稼働できないし、中国でもマスクをしなきゃいけないようになった。日本には以前からマスク文化みたいなものがありましたけど、中国にはありませんでした。だから中国で生産しているマスクはほとんどが日本向けだったんですね。それを全部中国国内に回せというお達しが政府から出て、とはいえ人口が14億人、1億2000万人前後の日本の10倍なので、全然マスクが足りないんです。

 それで、工場とクリーンルームを持っていて、あとは機械さえあればマスクを作れるというような工場に対して、政府が金銭面の支援などで後押しして「マスク作れ」ということになったんです。われわれが取引している工場も小さな会社なので、何かやらないと企業活動が止まるから、マスク製造機を入れて急きょマスクを作り始めました。

 そうしているうちに日本でも感染が広がり始め、日本でもマスク不足になりました。僕の身の回りでも買えない人が多い状態になり、買えてもとんでもなく値段が高い、という状態が4月はずっと続いていましたよね。中国からの輸入が全部止まったうえに、元から日本国内で生産しているマスクがほとんどなかったのが原因です。

――あの頃は本当にどこに行ってもマスクを買えませんでしたね。

 でも4月中旬くらいには中国の工場のマスク生産に少し余力が出てきて、中国政府が輸出許可を出すようになりました。僕らとしても、マスクが余っているのなら仕入れて、まずは20名くらいいる社員、経営しているレストランのスタッフやアルバイトの人に配ろうと思いました。でも少量だけ輸入しても輸送料金が割高だから、多めに2万枚くらい仕入れて地元の埼玉県新座市に寄付しようと。

地元の埼玉県新座市にマスクを寄付した
地元の埼玉県新座市にマスクを寄付した

 ところが、しばらくたっても日本国内でマスクが買えない状況が続いていました。工場でもマスクをもう少し用意できるという話だったので、世の中の欲しいと言っている人に配れるようにしようと考えました。利益を取るのではなく、寄付のようなつもりでやろうかと。ただ、完全にマイナスになってしまうのも困るので、原価で売ることで欲しい人にマスクが回って、転売している人が「この(高額な)値段じゃ売れない」みたいに思うようになったら面白いんじゃないかな、という気持ちで始めたんですね。それが4月23日、24日頃のことでした。

――パッケージに細かく原価の内訳が記載されていたのが斬新でした。

 普通に売ってしまうと、われわれの商品を2000円で買って3000円で転売することもできてしまいます。そうしたらいくら安く売っても意味がありません。なので、もうパッケージに価格を入れちゃえと。税込で2176円ですよ、と。原価の内訳も書いて、輸送料金とか倉庫の手数料とか関税とか、カード決済手数料とかも全部書けば転売しにくいんじゃないかと。さらに名前も「原価マスク」にすれば原価以上では売りにくいですし、インパクトもあると思いました。

上が地元の新座市に寄付をした不織布マスク。同社が運営するレストラン「トリニータ」の地図も入っている。下は原価マスクのパッケージ
上が地元の新座市に寄付をした不織布マスク。同社が運営するレストラン「トリニータ」の地図も入っている。下は原価マスクのパッケージ

――原価の考え方はいろいろあると思いますが、そこに人件費を入れなかったのはなぜでしょうか。

 マスク販売がそこまで大変なことになると思っていなかったというのが正直なところです。企画した最初の頃は20万枚だけ販売するつもりだったんです。この20万枚というのは、輸送用のパレット1つに乗せてラッピングして出荷するときにキリのいい数字なんですね。でも、実際の需要は500万枚以上になりました。

 ただ僕らが当初考えていたのは20万枚なので、ECサイト上では20万枚しか受注しちゃいけないわけです。1箱に50枚のマスクが入っているので、在庫数としては4000個になります。ところが販売を開始してからすごい勢いで注文が入って、「このペースなら20万枚もすぐに売り切っちゃうかな」と思っていたら、なぜか全然終わらなかった。で、よく見たらシステム担当が間違えて在庫を20万箱に設定しちゃってた(笑)。

 1000万枚ですよね。大変なことになった、とすぐに止めたのですが、それでも受注が500万枚を超えてしまいました。そういうことで、急きょ500万枚は作らなきゃいけないことになったんです。最終的には610万枚を出荷しました。20万枚をぱっと売るだけなら、人件費もそこまでかからないかなと思ったんですよね……。

――そんなミスが……発送も相当大変だったのではないでしょうか。

 発送もそうですが、圧倒的に大変だったのは「買いたいけど買えない」という問い合わせを大量に受けることでしたね。どこで買えますか、どうやったら買えるんですかとか、在庫がないですとか、ウェブサイトがつながらないですとか。もうメールからSNSから電話から、どんどん問い合わせが来る。

 一般家庭の人だけじゃなくて、仕事で必要なのにどうしてもマスクが買えないという切実な思いを抱えている方も多くいらっしゃいました。医療施設でも、大病院だと配布の割り当てのようなものがあるらしいのですが、小さなクリニックだと優先的にもらえるわけではないようでした。そういう施設に対しては、ある程度大量に必要なので20箱入りを1まとめにしたものを別途用意するなど、さまざまな対応が必要になりました。

 他には、購入後に発送先住所に誤りがあって届かなかったり、4箱注文したけど後でやっぱり3箱でいいですと言われたり。そういう対応が本当に大変でした。4月末から始まって最終的に販売が終了したのは7月頭だったのですが、その間サポート担当は本当に忙しかったですね。

――人件費を含めなかったということで、ものすごく大きな赤字になったのではないかと心配になります。

 多少は持ち出しがあっても仕方がないとは思っていましたが、物量が多くなったおかげで1個当たりの送料が思ったより割安になったところもあったので、恐ろしいほどの損害ではありませんでした。社会貢献と考えれば、まあこれくらいはいいよねっていう感じのマイナスですね。

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