2020年夏、神奈川県藤沢市の片瀬西浜で、ドローンがライフセーバーの「目」となり活躍した。7月18日から8月23日、土日祝日とお盆の19日間に渡り、慶應義塾大学ドローン社会共創コンソーシアムが主宰するボランティアグループ「Flying Beach Guardians」が、ライフセーバーと連携して海の安全を守るためにドローンを活用したのだ。
毎日10〜15時まで午前3回と午後3回の計6回、計100回を超えるレギュラーフライトと、ライフセーバーからの要請で出動したスクランブルフライトを経て、得られた知見と今後の課題について、慶應義塾大学SFC研究所ドローン社会共創コンソーシアム副代表/Flying Beach Guardians代表の南政樹氏に話を聞いた。
新型コロナウイルス感染拡大防止のため、全国各地の海水浴場が開設を見送る、異例の夏となった2020年。監視者や救護施設もない閉鎖ビーチには、勝手な侵入が多発した。遊泳区域が設けられていないため、サーファーなどと遊泳客が接触する事故の懸念も高まった。
このような事態を予測した神奈川県藤沢市では、「夏期海岸藤沢モデル2020」を作成して、6月19日に発表。マリンスポーツ自粛エリアを設定し、ライフセーバーや警備員を配置して遊泳客の安全監視・指導を行なうことを決定した。また、神奈川県としても、県内にある25箇所の海水浴場の開設を中止したが、海岸における水難事故防止に向けた取り組みを推進していた。
藤沢市と神奈川県からの相談で動き始めたというFlying Beach Guardiansによる海水浴場のドローンパトロールは、「藤沢モデル2020」の枠組みの中で、また神奈川県が2019年より推進してきた「かながわドローン前提社会ネットワーク」モデル事業の一環として実施された。
ポイントは、ライフセービングクラブの指示のもとでドローンを飛ばしたことだ。南氏は、「日本ライフセービング協会、神奈川県ライフセービング協会、そして地元で地道な活動を続けてこられた片瀬西浜ライフセービングクラブの協力があってこそ、今後につながる知見を得られた」と振り返る。
Flying Beach Guardiansは、慶應義塾大学SFC研究所ドローン社会共創コンソーシアムが主宰する、JDRONEなど複数の事業者と、神奈川県内在住のドローンパイロットらによる混成チームだ。有志で参加したプロボノパイロット達は、現場経験豊富なプロ操縦士だが、7月中は安全運航体制構築への模索が続いたという。
まず、ドローンの離発着場所における安全確保。必要な安全スペースの取り方や、子どもの急な飛び出しなどにも対応した遊泳客誘導などが課題だった。当初は安全保安員6名体制で取り組んだが、最終的にはパイロット、副パイロット、安全保安員、計3名で離発着場のオペレーションが可能になったという。
約1km先までパトロールする中で、電波干渉の問題も浮上した。浜にある無線設備や、大勢の遊泳客が使用するスマートフォンの影響などが考えられた。このような飛行環境を踏まえた安全な飛行高度、風や雷などによるフライトキャンセルの条件、機体やモニターなど機材の選定や設定など、さまざまなオペレーション上の課題をひとつひとつチームで話し合って解決していった。実証実験とは全く違う、現場で毎日フライトするという“社会実装”だからこその発見が数多くあったという。
また、「この中で死体を見たことある人はいますか?」という、ライフセーバーからの初回ミーティングでの問いかけは、特に印象に残っているそうだ。「救助活動ではご遺体を見る可能性もある。ちょっとでも耐えられないと思ったら、すぐに言ってください。そうしないと、あなたが自分の死を考えることになる」。命の現場のプロからのメッセージは、Flying Beach Guardiansパイロット陣の緊張感と士気を、よりいっそう高めたという。
ライフセーバーとの連携体制を取れるようになったのは、お盆前、後半戦に差し掛かる頃だった。レギュラーフライトの午前と午後で引継ぎをする際も、「ライフセーバーさんからどういう意見やリクエストがあったか、今日の浜の状況はどうか」など、ポイントを抑えた会話ができるようになっていた。「浜全体をどういう風に見たらいいか、ライフセーバーさんがどういうことを気にされているかを、ドローンパイロットがわかってきた」(南氏)
南氏は「実施前には、ドローンに搭載したスピーカーから危険行為をしている方への声がけや、水難救助の目的で浮環(ふかん)を投下することなどが、象徴的な活動になるだろうと考えていた」と語る。しかしライフセーバー達に聞くと、実際には本当に注意したい時だけしか声かけはしないという。常時オンにしていたドローンに装備したスピーカーは、途中からデフォルトでオフにして、必要に応じて使用するよう運用も見直した。
それに、浮環投下するようなシーンは、ないに越したことはない。「ドローンは何に使えるんだっけ?不要なのではないか」と自問自答する時期もあったという。しかし、「高い波が来たときに浜側から見えない波の向こうにいる人も、結構いらっしゃる。ドローンだと上空から見ることができるので、はっきりわかる。ドローン活用の可能性がある」という話は、しばしば出たそうだ。
「普段からドローンを飛ばしている人にとっては、“自由な視点を持てる”というメリットは当たり前のことだが、実はそこが役立つべきことだと改めて気がついた。新しいギミックをつけることに価値があるのではなく、視点が広がるだけでライフセーバーさんにとって道具になり得る」(南氏)。また、自粛エリアにボートが近づいたときのスクランブルフライトで、ドローンを一直線に向かわせるだけでボートが退避する様子を見て、「ドローンの存在自体が、危険行為の抑止力になる」ということに気がついたという。
今後に向けて南氏は、「圧倒的にドローンの方が効果的だと言える場面について、しっかりと知見を体系化したい」と意気込みを語った。「近いところなら、ライフセーバーさん達が走って見に行ったほうが早い。ドローンが役立つのは、遠いところと、河口や離岸流のあるエリアなど人間が立ち入るのが危険なところだ」(南氏)と、人間とドローンの役割の棲み分けも明確だ。
機体やオペレーションシステムの技術的な課題も見えた。炎天下で潮風、砂埃、砂鉄などもある海水浴場は、ドローンにとっても過酷な環境。海水浴シーズン2カ月間、毎日数回飛ばすことに耐えられるものが必要だ。また、ライフセービングという業務特性上、他の用具とともに「水で洗い流せる」くらいメンテナンスが容易でなければ、使いづらい。
南氏は、「テクノロジーが入りにくい現場に、どうやって入り込み、テクノロジーの優位性をいかに見出すか。それは、支援してくれる人の存在や、現場でしっかり時間をかけられることが不可欠」だと話し、お盆期間の8連勤などを通じてライフセーバーとドローンが“ワンチーム”で連携体制を組めたことで、ドローン活用の可能性を現場視点で見出せたことが最も有益だったと強調した。
南氏は、「ドローンが当たり前の道具になる必要がある。ドローンに詳しくない人でも扱いやすくメンテナンスもしやすい機体・システムの開発や、浜でドローンを活用するための基礎知識の体系化と教育にも、すでに取り組み始めた」と明かす。Flying Beach Guardiansが無事故でドローン運用を終えたいまも、各地からの問合せは続いているそうだ。海水浴場の安全を守るニューノーマルが、湘南の海から生まれるかもしれない。
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