名門音楽学校やソフトバンクアカデミア--異色のキャリアをもつ虎岩正樹氏が説く「伝える力」の大切さ - (page 2)

ソフトバンクアカデミアにトップ20で合格

 この経験をきっかけに「自分の過去の引き出しを違うところで使ってみたい」という気持ちが高まった。ギターの営業職を辞め、次なる挑戦の場を探していた時に目にとまったのが、孫正義氏の後継者養成学校として、2010年に設立されたソフトバンクアカデミア1期生募集の記事だった。

 ソフトバンクアカデミア1期社外生100名募集の選考は、3分間のプレゼンテーションだ。そもそも、ビジネスプレゼンとは何ぞやというところからのスタートだったが、驚くことに虎岩氏は約1万4000名もの応募者のうちトップ20に入って合格した。

 「米国の場末でずっと音楽をやってきた僕からすると、ビジネスプレゼンもギターがパワポに変わっただけで、人前で何かを表現するという点では同じだというスタンスだった。だから、他の方とアプローチがかなり違っていたのだと思う。審査では『虎岩さんは、話の中身は大したことは言ってないんだけど、話の仕方が参考になる』と言われたりして、畑違いかもしれないけれど、ひょっとしたら役割があるかもしれないと思った」(虎岩氏)

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 もっと相手の目を見て話したらいいよ、いまの“間”は大事だよ、などの虎岩氏の「伝え方」のアドバイスが響くのは、路上からキャリアをスタートして、自らも表現をするし、講師として表現する人たちにも教えてきた、「リアルなやり取りの積み重ね」があるからこそだ。

 そこで、虎岩氏がこれまでの経験を生かして企画したのが「ビジネスパーソンのライブハウス」。ソフトバンクアカデミアの同輩たちを招き、あえてビジネス領域の違う一般聴衆向けにプレゼンしてもらうもので、渋谷にあるCD屋のスペースを借りて、毎週月曜日の夜に4年間プロデュースし続けた。

 「緊張するし、エキサイティングだし、上手くいくときもコケるときもあるっていう体験を、音楽の世界にとどめておく必要はないんじゃないかと思って、始めたのがビジネスパーソンのライブハウスだった」(虎岩氏)

 虎岩氏がソフトバンクアカデミアで数多くの優秀なビジネスパーソンと接して感じたのが、「実はすごいことをやっているのに、それが上手く伝わっていなくて終わってしまう人が多い」こと。オープンな表現のぶつかり合いをする機会がないからこそ、いびつなものが作られてしまって売れない。そんな状況を見てきた経験から、「伝えるスキルみたいなものに気を使えると、意外と面白いことが起こるんじゃないかなと思った」という。

 そんな虎岩氏は現在フリーランスとして、コーチングやイベントオーガナイザー、テイラー・ギターズのプロダクトスペシャリストなどを務めながら、さまざまな形で“伝えることの大切さ”を教えている。

「伝える力」を磨くには?

 では、虎岩氏の言う「伝える力」を磨くにはどうすればよいのだろうか。同氏自身が実践していることを、いくつか紹介してくれた。

 まず、「頑張れと言わない」こと。頑張れの一言で済ませるのは、考えることを放棄することと同じだと指摘する。「これをこうしたら、こうなるという、実は頭の中にある色々なことを言葉にして説明するクセをつけた方がいい」(虎岩氏)

 そして、「必ず1日1回は知らない人と喋る」こと。知り合いとばかり、説明しなくても通じる“身内ノリ”を続けることで、自分の表現力はいい加減になっていくためだ。

 「たとえば、今日は知らない人と雑談してないなと思うと、僕は夜11時50分にコンビニへ行って店員さんと喋る。ただものを買うだけじゃなく、定型文ではない言葉を引き出せたらOKみたいなルールを作っている」(虎岩氏)

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 場の雰囲気を壊さずに、議論を進める工夫としては、米国時代に覚えた「僕はいいと思うけど、悪魔の代弁者(Devil’s Advocate)として言わしてもらうと、これはよくないと思う」という逃げの一言を勧める。「場の雰囲気を守るのは日本人の美徳でもある。それは間違いないから、場の雰囲気を壊さずに、自分の意見を表現して議論を進める方法を考えればいいと思う」(虎岩氏)

 仲良いふりをして本音をぶつけ合わない組織に対しては、「二心異体」を啓蒙する。「一心同体じゃなく、二心異体。『全然心も通わないし、お互い全く違うけど、頑張ろうぜ』と言うこと。さっきと矛盾しているけれど、ここはあえて“頑張ろう”と言う。お互いが相手を、自分にはできないことができるとリスペクトすれば、仲良いふりをしなくても自然体でもって、いかに違うかを探すようになる」(虎岩氏)

教科書を自分で描く時代

 このような具体的な打ち手の閃きとは、つまり「自分で自分の教科書を描く」ことだ。虎岩氏は、米MIでギター講師をしていた頃から、自分で解決法を見つけることがベストだと教え、自らもそれを実践してきたという。

 「ギターのソロを弾きたい、英語を話せるようになりたい、プレゼンが上手くなりたい、何でもいいけど『そのために、今日何ができるか』という落とし込みは、自分でやろうと思えばできる。問題点を一番小さくすると、解決方法はすぐ隣にある。それを何回かやっているうちに、どうやって解決しようかを考えるのが楽しくなって、他人のマニュアルはいらなくなる。自分で教科書を描くことが楽しくなっていく」(虎岩氏)

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 コロナ禍でミュージシャンはもちろん、音楽業界は大打撃だ。虎岩氏が、「ライブ音楽を世の中の潤滑油とすることで、会社の会議がトークショーのようになったり、大切なプレゼンテーションが盛り上がったりすれば、ビジネスはもっと面白くなる」と手がけてきた「Prnst Live Tonight!」(於 BLUE MOOD)も、やむなく4月以降のリアル公演を中止している。

 非常に苦しいこの時期に、生きた学びを聞かせてくれた虎岩氏が、アフターコロナのPrnst Liveをどのように手がけるのか、楽しみに待ちたい。それまで皆が、自分で自分の教科書を描き、今日できることを積み重ねることで、世の中を少し前に動かすことができるのではないだろうか。

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