パナソニックがロボティクス技術などを使って、人やくらしを豊かにする「Well-Being(ウェルビーイング)」に取り組んでいる。2019年には、独自の組織「Aug Lab(オーグラボ)」を開設。約1年間で700以上のアイデアと20個のプロトタイプを作り上げた。
ロボティクス技術は、人手不足の解消や仕事の効率化など、ビジネス面における活用が進んできたが、Aug Labが目指すのは、「ロボットがすることとヒトがすることのバランスを取り、経済合理性と個人のQoLを両立したWell-beingの世界を作る」こと。その取り組み内容と1年間の成果を、パナソニック マニュファクチャリングイノベーション本部ロボティクス推進室総括の安藤健氏が説明した。
Aug Labの「Aug」とは、増強、拡張などの意味を持つ「Augmentation」のこと。「人を全ての中心に置き、自己拡張(Augmentation)の技術を作ることによって、人の感性や心に働きかけ、日常を豊かにしていく。Well-beingなプロトタイピングを通じて、人を理解していく。こうした取り組みを通じて、機械側はどういうことをすると人がどう感じるのかの知見を貯め、それがパナソニックとして大事な知見、ノウハウになり、役立つだろうと考えている」と安藤氏は、その位置づけを説明する。
「単独で取り組めるとは考えておらず、外部との連携が必要。それもエンジニア同士といった連携だけではなく、社会科学やクリエイティブな活動などに取り組む人たちと広くつながっていきたい」とし、この1年で外部との連携も強化してきた。
2019年には、英国の「Royal College of Art(RCA)」やクリエイティブカンパニーの「Konel」、慶應義塾大学などとワークショップを実施。すでに、屋内でランダムな風を再現する「TOU(ゆらぎかべ)」、3体から成るコミュニケーションロボット「babypapa」、離れた場所にも想いも届けられる遠隔応援デバイス「CHEERPHONE」と3つのプロトタイプを開発した。安藤氏は現在を「プロトタイプ使って社会実証を推進していく」と新たなフェーズに入ったと位置づける。
TOU(ゆらぎかべ)は、屋外に流れる風に反応し、屋内に風のゆらぎをもたらす壁。「自然のランダムなゆらぎを感じることで、ぼーっとした時間を提供し、創造性が増す」(安藤氏)ことが目的だ。「常にデジタルデバイスに囲まれている現代は、脳が完全に休めていない状態。在宅勤務が推奨される中、通勤時間もなくなり、その傾向はより顕著になっている。TOU(ゆらぎかべ)は、人間は脳を弛緩させることで新しいアイデアを生み出せるという仮説のもと、作ったプロトタイプ。同様にゆらぎが得られるものとして、焚き火のアイデアもあったが、実際に火を使うことは難しく、今回は風と壁を用いた」と開発の経緯を明かす。
磁力に反応する特殊な表面材と電磁石が等間隔に配置されたバックパネルの組み合わせから構成され、サイズは770mm×770mm×70mmで1ユニット。壁掛けの絵のように設置したり、柱のように並べたり、壁全体を覆うこともできるという。「布に磁性材料を混ぜ、布の裏には無数の電磁石を配置。オンオフで素材がくっついたりはなれたりすることで、風のようになびく様子を擬似的に作り出している」(安藤氏)。
すでにKonelの制作拠点にプロトタイプを設置しており、実際に稼働しているとのこと。安藤氏は「窓のない会議室や地下室、高層階といった自然が不足する空間への設置が考えられる。宇宙空間などにも提案できる」と今後を描く。開発期間は3〜4カ月で、かなりのスピード感を持って実施したとのこと。Konelのメンバーとパナソニックからは安藤氏のほか、素材の専門家が参加している。
babypapaは、3体のロボットが非言語でコミュニケーションをしたり、子どもの写真を撮ったりするコミュニケーションロボット。ロボットが歌ったり、笑ったり泣いたりすることで、子どもの笑顔を引き出し、腹部のカメラで笑顔の瞬間や日常を記録できる。撮影した写真はスマートフォンやタブレットから確認可能だ。
「最大の目的は笑顔を増やすこと。どういう行為をすると子どもが喜び、親に子どもの状況が伝わるのかを成長記録とともに蓄積していく。子どもを怒ってしまった時などにbabypapaがその場をなごませてくれたり、子どもを歯磨きへ誘導したりといったこともできる」(安藤氏)と、役割は幅広い。パナソニックの社内デザイナー、エンジニアと岐阜県に拠点を置くデザイン会社GOCCO.とともに取り組んでいるプロダクトだという。
CHEERPHONEは、親機となる「Master unit」と子機の「Child unit」から構成するワイヤレスデバイス。腕に装着できる形状で、距離を超えて声と想いを届けられる新しい応援用デバイスになるという。「新型コロナウイルス感染拡大防止による無観客試合が増えるいるが、それ以前からスポーツ選手に応援する声を届け、人とのつながりを進めていきたいと思っていた。CHEERPHONEは応援の新しい形として提供できないかと思っている」と安藤氏は、現状を踏まえた取り組みを説明する。
スタジアムなどの会場に行けない人がアプリを通じて、子機を託す人を探し、マッチングした相手に子機を預け、託された人が会場に子機を持っていくと、子機から応援できる仕組み。自宅などの離れた場所に居る人が親機を持って応援することで、会場の子機に「声」が届く。
「在宅勤務により、普段接している人と距離が離れてしまったと感じる人も多い。遠隔で思いを届けるデバイスを作れないかと思って作った。開発には、パナソニックの技術者とデザイナーも参加しているが、アイデア自体は福島県会津若松市で開いたワークショップで出てきたもの」だという。
生み出された3つのプロトタイプは、販売時期や価格は未定としており、「現在は実証実験の段階。2020年度はユーザーに使ってもらいながら、事業化に近づけていきたい。パナソニック内で事業化することが難しい場合は、オープンイノベーションで取り組んでいきたい」(安藤氏)との姿勢を示す。
Aug Labでは、2020年度の共同研究パートナーを募集している。対象は、国内の大学・研究機関や企業等に所属し、人の能力・感性を拡張させることに関連した研究開発やプロトタイピングを実施することが可能な団体。学術的な研究開発のみでなく、デザイナー、クリエーターなど幅広く募る。
共同研究費用として1件あたり300〜500万円を想定しており、公募件数は2〜3件程度を予定。締め切りは5月29日になっている。
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