以前の記事でも取り上げたようにNTTコミュニケーションズは、事業開発コンサルティングなどに取り組むフィラメントと共に新規事業創出に取り組んでいる。半年間の成果として、ワークスペースの即時検索・予約サービスである「Dropin(ドロッピン)」の実証実験を開始し、高精度・手軽さ・シンプルをコンセプトにした文字起こしサービス「CoeNote(コエノート)」のリリースも検討している。
Dropinは今いる場所の近くでワークスペースを求めるビジネスパーソンと、空き席を売上に繋げたい店舗の課題を解決するマッチングサービスである。札幌市のコンベンション「NoMaps」や、ベックスコーヒーショップ・5 CROSSTIES COFFEE(ファイブ・クロスティーズ・コーヒー)を運営するジェイアール東日本フードビジネスと共に都内近郊の店舗で実証実験し、ユーザーフィードバックを得て改善を重ねてきた。Google Cloud Speech APIに成型エンジンを利用することで高精度な文字おこしを実現するCoeNoteも、事業化に至るまで紆余曲折を経ており、大小のイベント出展を十数回繰り返し、さらに社内外でのトライアルを経て、市場の声を救い上げ、ようやくリリースの目処が立つに至った。
合わせてNTTコミュニケーションズは、2020年4月1日に大幅な組織再編を行い、デザイン・デジタルテクノロジー・ビジネスプロデュースを組み合わせた中長期的な新規事業創出部門となる「イノベーションセンター」を新設する。今回は同社が取り組む新規事業の進捗状況を同社担当者および社外メンターとして伴走するフィラメント担当者に話をうかがった。
――まずは半年間の歩みをお聞かせください。
渡辺昌寛氏(NTTコミュニケーションズ イノベーションセンター プロデュース部門 担当課長):DigiCom(デジコン:イノベーション創出などを目的としたNTTコミュニケーションズの社内コンテスト)から生まれたCoeNoteは2020年度にリリース予定ですが、事業化を担当する部署・企業の選定には苦労しました。本来であれば社内事業部で引き取るのが本筋ですが、その部署が見つかりませんでした。そこでCoeNoteチームは複数のグループ会社にも声を掛けて、最終的にはNTTPCコミュニケーションズが主体で扱うことに決まりました。ただ、サービス提供側(NTTPCコミュニケーションズ)と営業側(旧組織の第五営業本部内に設置されたCoeNoteチーム)で、「技術的にできるのはここまで」「いや、お客様には必要だ」と意見が衝突し、NTTグループでいうところの「品質担保」面のせめぎ合いが多かったように記憶しています。
実証実験中のDropinも同様でした。ビジネスパーソンが外出先でテレワークする際は確実に着席出来て、電源や無線LANがあるかどうかが重要となります。また、カフェなどでテレワークする際は、安価なコーヒー1杯で長時間利用する“後ろめたさ”を払拭するためには、正当な対価をお店に支払うべきでしょう。店舗側も長時間利用するお客様から報酬をいただき、企業やビジネスパーソンにアプローチする手段を得られるマッチングサービスがDropinの概要です。ただ、“鶏が先か、卵が先か”ではありませんが、使える店舗が多くないとユーザーメリットはありません。店舗側も利用するユーザーが多くないと参加メリットは低下します。その点で協力してくれる店舗開拓に苦労しました。
他方で当社は事業規模も問われます。単なるマッチングでは小規模なサービスと認識されるため、働き方改革の文脈であり、労働環境全体を変える第一歩と表現することで幹部層の理解を得られました。他にも開発リソースを内製するのか社外から調達するのか、など話が進むにつれて必要な機能も増えつつ、ユーザーフィードバックを基にした改善など地道な歩みを繰り返して今に至ったというのが正直な現状です。
佐藤啓一郎氏(フィラメント 取締役CXO):決して順風満帆な歩みではありませんでした。一歩進んで二歩下がるように問題が発生するため、問題が起きたら逐一共有してもらい、具体的な対応策を提案しています。提案リーダーにも素早く対応してもらい、次の段階に進んだら(フィラメントの提案を)想定して先回りするような関係を構築しながら進めてきました。
渡辺氏:(プロダクトアウトに向けて)新規事業制度を走らせたところ、いくつかの課題が見つかり、現状にマッチさせてきたのが今年度の取り組みとなります。前述のとおり弊社は事業規模を問われるため、原体験を起点にしたサービスは小さくなりがちですが、そこを「次の柱になり得るビジネス」に押し上げるのが課題の1つでした。事業化フェーズ単位でステージゲートを設定していますが、チームメンバーがスムーズに加速できるようにゲートの難易度や分割など見直しています。当初設定していたステージごとの予算もプロジェクトによって規模感が異なるため、申告制に変更しました。また、各ステージの審査も役員が参加していましたが、初期ステージは我々課長職やメンバーに任せてスピードアップしています。
佐藤氏:チームメンバーが動きやすいように上司に苦言を呈するのも僕らの役割。マイクロマネージメントタイプだと、つい口を出してしまう。そこを「お引き取り願います」と言うことも。
――先ほど事業規模という課題を挙げられました。しかし、それはトレードオフですよね。早期にローンチしなければ品質設定も難しい。その状況下で事業売り上げを問われても答えようがなくジレンマに陥ってしまいます。
大貫明人氏(NTTコミュニケーションズ イノベーションセンター プロデュース部門 部門総括/担当課長):そもそもの事業構想を、想定EXIT先やステークホルダと予め意識合わせしておいた方が、将来の事業規模含めた全体像を理解してもらえ、EXIT時の齟齬や障壁が低くなるため、そのような基本動作をあらためてしっかりやろうというのが正確でしょう。初期サービスや機能単品に留まることなく、将来の事業イメージや規模が目に浮かぶような世界観(ビジョンのやや詳細版)が必要かと。これまでは「自分たちだけで作り過ぎた」感がありましたので、これからは社内外の事情をあらためて鑑みて、相手が共感するであろう提案が必要だと考えます。
渡辺氏:この半年間で我々も多くのことを学びましたね。
佐藤氏:僕らの理想はチームリーダーが自ら事業部長になる気概を持つことです。Dropinのリーダーはこの気概を持っていますから、順調に進んでいるのではないでしょうか。CoeNoteのリーダーも気概はありましたが、サービス提供の重責を営業組織で担う難しさを知っていたため、「その責任をどこかに引き取ってもらう」ことを考えてしまった。そのロスが後になって顕在化したように思いますね。メンタリングの場で、リーダー本人の口から「NTTPCコミュニケーションズと役割分担してCoeNoteプロジェクトを進めたことに対しては、自分自身の覚悟が足りなかったと自戒の念がある」とおっしゃっていました。
大貫氏:事業オーナーは、事業構想をしっかり考え、それを明言化しなければなりません。
――難しい部分ですね。やはり、根回しなのでしょうか。
大貫氏:「我々はこう。おたくはこう。ここは同じだけどここは違いますよね」が旧来の“根回し”ですが、これからはお互いの事業構想を照らし合わせ、将来における相乗効果などを模索することから始めるべきかと。それを学んだのがこの半年間ですね。
――アイデアを事業化するために山のようなステップを重ねなければなりません。しかし、今日のお話をうかがうと、まだ足りないような気がします。必要な要素は何でしょうか。
大貫氏:継続性ですね。1年後はこの程度だが、5年後10年後はこうなるという構想を示し、お客様やパートナーに「だから組もう」という話を持ち掛けることです。
構想と言えば、前回取材していただいた際は、私個人としての妄想に近い構想も語りましたが、その構想の一部が現実のものになりました。「ビジネス・テクノロジー・クリエーション」の三位一体に「技術戦略」を加えた“四位一体”として、新規事業創出を実践推進する「イノベーションセンター」が設立に至り、この4月1日より活動を開始しました。
戦略などを担う技術戦略部門、我々が在籍するプロデュース部門、技術のプロフェッショナルを集めたテクノロジー部門、同じくデザインのプロフェッショナルを集めたデザイン部門の4部門から成り立ちます。新規事業創出は当然のこと、テクノロジーとデザイン部門はCoE(組織横断的専門集団)とし社内各部への技術支援を、また技術戦略部門はNTT持株研究所、大学、スターアップとの協業を強化する予定です。イノベーションセンターは将来を見据えた組織であり、トップを務める稲葉(同社イノベーションセンター長 稲葉秀司氏)は「CSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)」を提唱し、社会課題ドリブンにてパートナーと組み、ブレイクスルーを引き起こす技術に基づいたxTech、(NTTのR&Dとの密連携を目指す)IOWN構想を通じて、10年後に3桁億円になる複数の事業開発を目指しています。
また、上記を実現する手段として、やはり前回語りました「BI Challenge Advance」にも本格着手もします。BIC(BI Challenge:社内起業家を育成するプログラム)では我々はサポート部隊でしたが、BI Challenge Advanceでは我々が直営にて取り組みます。プロデュース部門長である東出(同社 イノベーションセンター プロデュース部門長 東出治久氏)は「社会課題の解決につながる世界観、そして世界観に基づくサービス開発提供に取り組む」と述べております。繰り返しになりますが、サービスという手段から入ると小さく纏まってしまうため、実現した世界、つまり上位概念を示して共感したパートナーやカスタマーとの連鎖の輪が欠かせません。話は戻りまして、だからこそ「継続性」なのです。
――ここまで迅速に組織化できたことに驚きました。
大貫氏:後ろ(期限)が決まっていたので走りきるしかありませんでした。期限があったので気力体力も維持出来ました(笑)
佐藤氏:渡辺さんを含めた事務局メンバーは、「一緒に(新規事業を)生み出すメンバー」なんですよ。(NTTコミュニケーションズ ビジネスイノベーション推進室の)事務局であって事務局ではない。伴走者なんです。以前から非事務局的な働き方をしていましたが、ようやく名前が付いた感じですね。
渡辺氏:Dropinのチームリーダーも我々もプロデュース部門の人間が携わってきたので、プレーヤー&オフィサー両方を備えているのが特徴的だと思います。
佐藤氏:僕らの意図もありますが、各メンバーも変化し、目覚めてきました。このまま消えてしまうのはもったいないので、制度化して認められれば、(イノベーションセンターに)参加したいという人が出てくるのも当然だと思います。
大貫氏:これまではゲリラ的に取り組んできましたが、前回語りましたように、これからは本丸的な取り組みとして進めたいと考えます。
――次は、取り組みを評価するフェーズですね。これまでは新規事業創出に関わる有志が集まるサークル的な活動が組織化しました。これからの抱負をお願いします。
渡辺氏:今まで良くも悪くもNTTコムらしくない(エッジが効いている、小粒)といわれてきました。前述した世界観を通じて膨張させていく姿を見せて、社内外の方々から共感を得られる場にしたいと思います。言葉にするのは簡単ですが、まずはモノがなければ始まりません。“鶏が先か、卵が先か”ではありませんが、1つでも成功例を生み出しながら、そこに至る苦労や新規事業創出に携わる方々の支援ができれば、と考えています。
大貫氏:テクノロジーやデザイン部門の「職人」をうまく巻き込めるかが成否を分ける先ず1つ目の要素です。次に、カスタマー接点最前線に長いこと居る「ベテラン勢」が持つ担当業界の深い知見より、アイデアのネタを掘り起こし、事業化まで持っていくという循環を創れるかが成否を分ける2つ目の要素です。そしてこの2つの要素を得ることが出来れば、既存事業の先にある手の届くようで届かない製品と市場の両面に隣接する新規領域を「経営資源を投下すべき領域」として開拓できると考えています。
佐藤氏:前回のインタビューで「ベテラン勢」というキーワードが出てきましたが、(大貫氏の発言は)僕の周りにいるベテラン勢と同じですね。彼らをメンタリングしていると、「もっと広くでかいことのためにやっているんだ」といいますが、正に世界観が相通じますね。彼らは自分で何でもやりますが、あと10年もすれば(ビジネスシーンから)いなくなります。そのノウハウをギリギリのタイミングで投入している感じです。僕も同世代ですが、NTTコミュニケーションズで新規事業創出に取り組む人びとが20年前に会社を立ち上げて面白くしてきた。それをもう一度取り組むのはまさにREBORNですね(現在NTTコミュニケーションズは、創立20周年を機に企業理念や信条を再設計するREBORNプロジェクトに取り組んでいる)。
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