エストニアは本当に「電子国家」なのか--現地に移住した日本の若者がみた実情 - (page 2)

実は「不便」なエストニア暮らし

 前述したように、行政サービスの電子化は日本よりも一歩先をいっているエストニアだが、実生活ではまだまだアナログで不便なことが多かったり、国民のITリテラシーも特別高いわけではないことは、意外と知られていない。

 私は大学在学中にキャンパス内で寮生活をしていたが、IT国家で有名なエストニアにも関わらず、Wi-Fiが切れてしまうことはたびたびあった。また、寮はソ連時代に作られたもので、壁にはヒビがあり、そこから雪が部屋の中まで入ってきたこともあった。寮の部屋の中で雪かきをしたり、極寒の冬にお湯が出なくなり冷水シャワーを浴びたりした日々は、今では懐かしい記憶である。

タリン工科大学の正門
タリン工科大学の正門

 店舗での買い物については、エストニアをはじめ欧州の多くの国や都市では、支払いはクレジットカードだけで済む。しかし、日本のように「Suica」やスマホで手軽にタッチ決済する文化は浸透しておらず、クレジットカードを自分で機械に差し込んで暗証番号を入力して支払いを済ますのが主流だ。

 エストニア国内のほとんどのお店ではクレジットカードでの支払いが可能だが、その他の決済システムなどは普及していない。クレジットカードが多くのお店で使えることは日本と比べて便利だが、IT国家のイメージの強いエストニアで、スマホ決済などが普及していないのは意外と感じるだろう。

 エストニアの多くのスーパーには、顧客が自分で商品をスキャンしていくセルフレジと、店舗スタッフによる有人レジの2つが配備されている。セルフレジは現金を受け付けておらず、カード決済のみである。私は現金を普段持ち歩いていないため、セルフレジを利用することがほとんどだが、有人レジに列をなして現金払いを選んでいる現地の人は少なくない。

 IT教育についても、エストニアではすでに小学校からプログラミング教育を開始しているため、日本よりもITリテラシーが高いと思われるかもしれないが、実はそれも人による。確かに小学校で興味関心のある子は、ITの勉強をすることも可能だが、「プログラミングなんて全くしてこなかった」という学生は少なくない。また、比較的英語が話せる人が多いエストニアだが、もちろん全員ではない。若者の中にもロシア語しか話せない学生もいる。

 私の実体験として、大学の授業において、シラバスには「英語での授業」と記載されていたが、実際には担当教授が英語が話せないため、エストニア語で授業を進められたこともあった。また、プログラミングの授業ではホワイトボードにコードを手書きし、さらにプログラムを紙にペンで書いて提出する試験などもあった。

ホワイトボードにコードを手書きするプログラミング授業
ホワイトボードにコードを手書きするプログラミング授業

 エストニアにおけるITエンジニアの現状についてもお伝えしておきたい。一般サービス業や教員と比べて、ITエンジニアの報酬が高いことや、国自体がIT産業に力を入れていることもあり、確かにエンジニアを目指す人は少なくない。しかし、逆にITエンジニアの求人ばかりに偏っており、そのほかの仕事を探する人の中には別の国へ移住する人も多い。

 また、ITエンジニアといっても言語的にはJavaのウェブエンジニアが中心だ。私は大学卒業後はデータサイエンティストやデータエンジニアを目指したが、求人はほとんどなく、そのせいで競争も激しかった。欧州のシリコンバレーを名乗るならAIやVRの求人もありそうだが、UnityやUE4を使ったVR エンジニアやデータエンジニアの募集は残念ながらほとんど見たことがない。

 このように、日本で言われる「電子国家」のイメージと実際の姿には大きなギャップがあることも理解しておくべきだろう。

齊藤大将

Estify Consultants OÜ 代表

エストニア・タリン在住。2016年にタリン工科大学物理学科入学。在学中にはエストニア小型人工衛星開発や修士研究に従事しつつ、コンサルティング会社を設立。現地ハッカソンでの受賞多数。2018年夏に同大学卒業後、エストニアでビジネスをする人のサポートを続けつつ、日本アニメなどのコンテンツ文化を広めるために、ベラルーシのコスプレイベントで審査員を務めたり、コンテンツ制作するなど、文化事業での活動を始める。国内外での登壇やワークショップなどの活動も精力的に行う、数々のスタートアップが熱視線を送る若者。タリン工科大学テニス夏大会で2度のチャンピオン。

Twitter @T_I_SHOW_global

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