2019年の夏だけでも40近い作品が放映されている日本のアニメーション。手描きのイメージを持っている人もいるかもしれないが、いまやアニメ制作現場においても着実にデジタル化が進んでいる。それも作画だけでなく、制作におけるさまざまなシーンで活用が広がっているという。
今回は、オリジナル劇場アニメ「プロメア」や、配信用ショートアニメ「みるタイツ」などのプロデュース・宣伝に携わるアーチ代表取締役プロデューサー 兼 グラフィニカ取締役プロデューサーの平澤直氏と、数あるアニメスタジオの中でも、積極的にデジタル技術を取り入れている横浜アニメーションラボ代表取締役の大上裕真氏に、アニメ制作現場におけるデジタル活用やエンジニアの役割を聞いた。
——まずは、お二人の関係性や両社がこれまで手がけてきた作品などを教えてください。
平澤氏:アーチでは「予算があり、アニメを制作したいけれどその方法が分からない」方々とご一緒して、どのような作品を作りたいのかを整理し、大上さんのように実力を持つアニメスタジオや、オーダーに応えてくれるアニメスタジオと引き合わせます。その後、いずれかのポジションに立って、アニメ作品が完成するまでご一緒する“現場によく足を運ぶ設計事務所”のようなものでしょうか。同じ文脈で述べれば、横浜アニメーションラボが“施工業者”さんですね。
大上さんはProduction I.Gに新卒で入社し、自分はバンダイビジュアル(現バンダイナムコアーツ)を経て、Production I.Gでお世話になりました。大上さんと私が共に関わった作品で一番古いのは、2009年の「テイルズオブヴェスペリア the first strike」でしょうか。その時は大上さんはデスクという制作現場の番頭さんのようなお仕事で、自分は法務の立場でした。
大上氏:私はProduction I.Gでいくつかの作品に携わり、平澤さんと本格的に組んだのは2013年の「翠星のガルガンティア」でした。
平澤氏:翠星のガルガンティアはありがたいことにヒットし、続編もご一緒しました。その後、CGベースのアニメを作りたいと思い、私はProduction IGを離れました。大上さんの独立はその後ですよね?
大上氏:そうですね。平澤さんが先に転職し、その後に僕が起業しました。
平澤氏:(平澤氏の次のキャリアである)ウルトラスーパーピクチャーズ時代も、マルイさんのオリジナルアニメCM「猫がくれたまぁるいしあわせ」などについて相談させていただいたことで、大上さんとのご縁が深まりました。マルイさんのCMは第1シーズンの2017年5〜6月末まで取り組んだ作品ですが、2018年3月から始まった第2シーズン的な新作は、アーチとして独立後に横浜アニメーションラボと取り組んだ作品です。他にもミクシィさんの「約束の七夜祭り」や、サウジアラビアの政府機関と東映アニメーションさんと一緒に作っている劇場アニメ「The Journey(ジャーニー)」などでご一緒しています。
The Journeyはもともと、サウジアラビア政府系の財団の子会社であるマンガプロダクションズさんから東映アニメーションさんにお声がかかりました。サウジアラビアの日本大使館で働いていたこともある同社CEOのイサム・ブカーリ氏が中心になって進んでいますが、同国はエンターテイメント産業の育成・強化をビジョンに掲げており、「ぜひ日本と組みたい」とオファーを受けて始まったと聞いています。東映アニメーションさんは日本ナンバーワンのアニメスタジオですが、本件に関しては東映本体だけではリソースを確保できないとのことで、私のところに話が持ち込まれました。
正直に申しますと、新たな取引先と仕事をする際は企業文化のすり合わせなど、乗り越えるべき課題は少なくありません。加えて本件は、海外の企業で、かつ、初めてアニメを作る方が取引先です。多くの課題が自身を成長させる機会だと捉え、チャンスだと楽しんでくれるアニメスタジオさんを探し、今回も大上さんに「一緒にやらないか」と声をかけました。
整理しますと、元請けは東映アニメーションさん、自分はプリプロダクション、映像製作は横浜アニメーションラボさんという組み合わせです。現在は、東京都中野区に専用スタジオを設けて、2020年の公開に向けて制作が進行中です。
大上氏:平澤さんとお仕事する際は、デジタルツールの活用を中心的に取り組んでいます。The Journey以外にも2社で企画立案し、自社開発ツール等を試すためのアニメ制作もしています。本来であれば受注案件はクライアントの意図・要望に合わせるため、ツールがメインになることはありませんが、The Journeyでは現在開発中のツールもコラボレーションしながら、アニメ制作に取り組んでいます。
——お二人はProduction IGで一度同僚となり、その後も色々な作品を共に手がけられているんですね。では、アニメ制作においてテクノロジーはどのように活用されているのか教えてください。
平澤氏:企画やプロデュースに携わる私と、期間内予算内でより良いもの作る横浜アニメーションラボさんでは、一言にテクノロジーが大事ですと申しても、そのアプローチが大きく異なるでしょう。予算確保やお客様への提供方法を預かる人間からすると、デジタルは多様な意味で物理制約をなくす存在だと思います。自分がアニメ業界でキャリアを積み重ねていたころは、ようやく仕上げ(動画に彩色する作業)工程がデジタル化しつつあり、撮影(各制作部署からあがってきた素材をアニメ化する作業)がデジタル化したころでしょうか。
ジェイフィルムさんの掛須さんがデジタル編集に着手されたのが1990年中ごろで、それがだんだんと一般化し、編集、撮影、音響といったポストプロダクションがデジタル化しつつある時代でした。以前はセル画や撮影台という物理存在があり、音響もテープで収録していました。それらがデジタル化することで、工程の入れ替えや修正が容易になり、トライ&エラーがしやすくなりました。さらに2013〜2014年ころはキャラクターをCGで動かす深夜アニメが登場し始めます。デジタル化が進むことで試行錯誤もしやすくなり、新しい才能を持つ人材がアニメ業界に参加し、新しいワークフローが模索しやすくなった時期ではありました。
大上氏:現場では背景、仕上げ、撮影といった置き換えやすい作業からデジタル化した印象が強く、最近ではワコムの液晶ペンタブレットも精度が高まり、紙を使っていた作画さんも液晶ペンタブレットと描画ソフトを使ってレイアウトや原画を描くことが増えてきました。うちの原画さんも24インチの液晶ペンタブレットを使っていますが、より高い精度が求められる原画は、紙を使うことが多いですね。
他方でデジタル化に移行しきれていないのが動画です。もちろん国内でもデジタル動画に取り組む企業もありますが、テレビシリーズの物量をすべてデジタル動画にするほどのキャパシティはありません。デジタルは紙の大きさなどの概念がなく、どこまでも広げられることが魅力の1つです。ただ、原画の線の描写や雰囲気をデジタルで表現するためには、アナログよりも多くの時間と技量が必要なため、弊社は場合に応じてデジタルとアナログを使い分けています。
——デジタルとアナログの併用はしばらく続きそうでしょうか。
大上氏:いまだにデジタルで受けきれないキャパシティの量が出たときは、紙に出力しなければならないため、(原画に関しては)僕は続くと思います。一方で紙上で多くの技術を蓄積した演出さんや作画監督さん、キャラクターデザイナーさんが作品に携わる場合、「紙じゃないと修正できない」と言われますと、紙工程を経てデジタル工程に戻さなければなりません。アニメーションを作る上で多くの協力企業が関わる場合、作業を行うクリエーターに合わせたフォーマットを選択するのが現状ですね。
平澤氏:「アニメと実写は何が違うのか」という点もお伝えしなければなりません。実写は特定の場面でカメラの角度や演技プランの異なるテイクを複数回撮影し、編集で取捨選択しながら一本の映画につなげていく作業が前提です。映画は「編集で生まれる」ことが常識となっていますが、アニメは脚本の後、絵コンテを専門にする人たちが、テレビアニメなら20数分を連続した300〜400カットで描きます。それに手直しを加えながらアニメーターに渡していきますが、編集段階でカットが入れ替わることは実写に比べてかなり少なく、そもそも(放映する)数倍もの映像が編集に持ち込まれることはありません。映画編集について書いてあった本によると「地獄の黙示録」で使われた映像が撮影現場で監督OKとなった全撮影量の1〜2%だと読んだことがありますが、アニメは90%以上使いますよね。
大上氏:アニメは少なくとも描いていただいた素材は無駄なく使うのが前提なので、編集が行われた後の作画工程素材は100%に近い状態でカットが使われます。
平澤氏:アニメは蓄えた素材を刈り込むのではなく、絵コンテという工程で最初に刈り込むため、絵コンテを描けるか否かがアニメ演出家になれる大きなポイントとなります。たとえば、紙に描いた絵コンテも順番が違うなと感じれば切り貼りするような、無駄を省く特殊技能が少なくありません。デジタル化が進むことで特殊技能習得が少しずつ緩和し、異なる業種で培った才能がアニメ業界に参入しやすくなっているのがデジタル技術の役割だと考えています。
——先ほどワコムの液晶ペンタブレットの話になりましたが、他にはどのようなデジタルツールを導入していますか。
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