アニメ制作現場はデジタルでどう変わったか--アーチ×横浜アニメーションラボに聞く - (page 2)

平澤氏:クライアントと現場をつなぐため、ビジネスチャットツールとクラウドストレージが一般化しつつあります。いまでは、メールを使うのは決定事項を一方的に伝える時くらいでしょうか。簡単な質問は、SlackやWeChatなどを併用する場面が多くなりました。

大上氏:弊社の現場でも全社員レベルでSlackを導入し、業務委託で作業に関わる方にも利用をお願いしてきました。主に休業連絡や仕事に関する確認に使用し、私用レベルの連絡はLINEなどスマートフォンベースで行われています。先ほどお話ししたように横浜以外にも中野や、美術制作を行うスタジオが鹿児島にありますので、SkypeやZoom、ハングアウトなども一通り使ってきました。他にもタスク管理SaaSの「Taskworld」を工数管理で使用し、作画系ツールであれば「Adobe Photoshop」や「ClipStudio」、我々が開発したタイムシート作成・制作管理ツール「UAT(Universal Animation Timesheet)」を使って作業をお願いしています。

横浜アニメーションラボのスタッフのデスク
横浜アニメーションラボのスタッフのデスク

平澤氏:これまでクリエイターさんはインディペンデントの方が多く、作業単価でギャランティをお支払いすることが一般的でした。しかし、デジタル化に伴いサブスクリプションでソフトの使用コストが発生したり、ちょっとした独自ツールの開発が日常的に行われていく中で、クリエイターのインハウス化のメリットが増えつつあるのが現状です。

 この数十年間、アナログベースでどこのスタジオも類似したワークフローで取り組んできました。(デジタル化にともない)ワークフローの独自化も難しくなり、特に3DCGを扱う企業はインハウスを志向する部分が強くなっていると思います。デジタルソフトを用いた手描きアニメを志向する横浜アニメーションラボにもインハウスの波が訪れていますね。

大上氏:弊社ではDropboxを30アカウント前後使用し、年間で100万円近い費用が発生しています。Adobe PhotoShopも同様ですね。年間投資額は大きいものの、そのメリットは無視できません。クラウドストレージを使えば、何らかの理由で出勤できない場合でも自宅で作業するなど、場所に縛られない働き方が可能です。アニメにおけるデジタル化はコストカットの文脈で語られがちですが、この環境を作るにはむしろ大きな費用が発生するため、費用対効果の見極めがポイントになると考えています。

 現場ではDropboxに各作業者の作業データをアップロードし、次工程作業者への受け渡し、作業進捗の可視化、ビジネスチャットツールを用いて作業者間の連絡を促してきました。さらに開発環境という文脈では、前述のUATをワークフロー管理機能を持たせるようにバージョンアップさせ、アップロードの自動通知機能や、AWS S3を用いたアップロード時はデーターベースに自動的に日付やユーザー名を格納しリスト化する機能の開発も思案中です。ここまで進めば通知の手間を省いた自動化が可能になります。制作現場では進行担当が多忙なため、「進行状況が分からない」という声は少なくありません。一連の自動化ソリューションを実現すれば、各工程に携わる方々も、よりクリエイティブなコミュニケーションに多くの時間を割くことが可能になります。

——これだけデジタルツールが活用されるようになると、アニメの制作現場でもエンジニアが重要になってくるのでしょうか。

平澤氏:最近は映像を作るにあたって、手描きでやるなら紙なのかデジタルなのか、CGでやるならプリレンダリングなのかリアルタイムレンダリングなのか、アニメーションはモーションキャプチャーメインなのかあるいは手作業がメインなのか、さらには、使用するのはどのソフトウェアで、どんなワークフローを構築するのかというように、取り得る選択肢が増えてきました。その結果、制作現場に技術に関する研究開発を担うエンジニアやプログラマーがこれまで以上に必要とされるようになっています。

 スタジオやプロジェクトによってエンジニアの規模は異なりますが、「スパイダーマン: スパイダーバース」(2019年3月公開、ソニー・ピクチャーズエンタテインメント)を例に挙げれば、この作品はアニメ制作に必要な予算に加え、その前段である開発環境そのものの構築にも多くの予算が投入されている印象を受けています。

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大上氏:制作現場の視点では、「エンジニアがいないとアニメを作れない」とまでは断言できないものの、インフラエンジニアがいないと近年のアニメーションのワークフローに対応できないのが、各制作現場で起きている現状です。規模が大きくなるほど、データ保存方法やバックアップルール、データの管理方法を定めるエンジニアの存在は欠かせません。

 一方で、画像処理に長けたエンジニアは、アニメの表現の幅や撮影処理など、他社との差別化における重要な要素となりました。弊社としても実写の映像表現や新たな映像プラグインを調査する人材がいないと、新しい映像表現の提案は容易ではありません。「このプラグイン(ソフトウェア)を使えば今までとは違う映像アプローチができる」と、監督やクライアントに提案できる人材が社内にいることで他の映像制作会社との差別化につながります。

平澤氏:実態としては、これまでもアニメ制作現場の中でそういった知見をお持ちの方がいわば兼業で対応していました。エンジニアを本業とする方が増えていくはこれからですね。一方、優秀なエンジニアの方は当然報酬の高いIT企業などを選ばれると思うので、副業としてアニメの制作に関わることを選択肢の1つとして考えてみてほしいですね。

——日本のアニメ制作現場における課題は何でしょうか。また、その中にはテクノロジーによって解決できるものもあると考えますか。

平澤氏:企画の方向性に合わせて、どれだけ大人数で、あるいは少人数で、お客さんを感動させる映像を作ることができるか、だと思っています。理想を申せば、海外のクリエイターの力も借りて4桁に迫るような人数でアニメを作ることも、そして、売上から報酬を再配分することが容易な漫画家とアシスタントさんくらいの人数でアニメを作ることもできるような、ある種の弾力性を持てるといいなと思います。

大上氏:現場から見ると制作に携わる作品に商業作品が多いため、コストの部分がナイーブにならざるを得ません。クライアントと現場の間にある映像のクオリティと制作期間の問題が大きく、「コストがあれば良いものができる」というクライアント側のオーダーに対して、現場側が「設定されている制作期間だとオーダー通りには出来ない」であったり、「前はこのコストで良いものができた」と思うクライアントに対して、前回の座組では今回の期間では組めないスタッフの状況があったりと、クライアントの映像イメージと制作現場のスタッフのすり合わせを、事前にどれだけできるかが重要になってきています。

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——近年は「Netflix」に代表される外資系プラットフォームが、大規模な予算を投下してオリジナルアニメを制作しています。この動きをどう見ていますか。

平澤氏:あくまでも制作費確保の選択肢の1つだと思っています。アニメ産業が抱えるテーマの1つですが、やはりすべてのプラットフォーマーと適切な距離感を保たなければなりません。1つの企業、あるいはプラットフォームに依存してしまうのは、ツールという文脈でもお客様へのチャネルという意味でもリスクを抱えます。Netflixが制作費アップや地上波では実現できなかった表現を容認してくれるのは歓迎ですが、状況に甘えてNetflixが好む作品ばかりを作るアニメスタジオがリソースを拡大した際、はたしてアニメ産業がエコシステムとして豊かになるかは疑問ですね。

 ただし、「Netflixは悪玉」と申し上げるつもりはありません。現在、対抗馬となるプラットフォーマーが見当たらないものの、(Netflixと同等のストリーミング配信を行う企業が)乱立する状態になれば、良きパートナーであると思います。

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