アップルは4月2日から、「プライバシーは大切」という字幕から始まるCM放映を始めた。YouTubeでも同様の映像が見られる。
プライバシーの大切さ、プライベートを守ることを訴え、携帯電話ならなおさらそうすべき、と訴える。iPhoneのプライバシー性能の高さをアピールする内容だ。
映像の最後には、Appleロゴの上部が錠前のアニメーションに変わり『カチッ』と鍵が閉まる音がする。鍵が閉まるアニメーションは、実際のiPhoneでは見られない動きだ。
Face ID搭載のiPhone X以降では、画面を見るだけで鍵が開き、またサイドボタンを押すとカチッと言って端末がロックされるが、確かに鍵が閉まる時のアニメーションも見たい気がする。
Appleがプライバシー保護への取り組みを強めてきたのは、2018年にFacebookのユーザーデータ流用が大問題になってからではない。
たとえば2016年、カリフォルニア州サンバーナーディーノ市での銃撃事件の容疑者のiPhoneについて、捜査当局の要請でロック画面を回避するソフトウェアの提供を求められても、Appleはこれを拒否してきた。
さらにさかのぼれば、2010年、Wall Street JournalのイベントD8に登壇したAppleの共同創業者、Steve Jobs氏が、プライバシーについて語っている。
当時はFacebookに加え、GoogleがAndroidデバイスを通じてWi-Fi情報を収集していた問題がやり玉に挙がった。
「シリコンバレーの同業者達とわれわれとは、プライバシーに関して非常に異なる見方をしている。プライバシーについて、非常に真剣に扱っている。(クラウドになったとしても)ユーザーは何が起きているか、はっきり分かりやすい英語で知りたいもの。繰り返しどうしたいのかを聞き、また聞かれるのに疲れたら聞くのをやめられるようにするものだ」(Steve Jobs)
Appleはこのイベントの時点で販売されていたiPhone 3GSの頃から、ユーザーのデータをできるだけデバイスの中に留めようとし、またデバイス上で処理することによってユーザーに利便性をもたらそうと設計し始めたという。
Jobs氏も前述のインタビューで、「われわれのことを古くさいと思っているだろうし、実際そうかもしれないけれど」とクラウド時代においてAppleが非常にコンサバティブにユーザーデータ保護を扱っていることを明確にしていた。
Jobs氏が当時語った方針は、現在に至るまで貫かれていることが分かる。
2019年3月25日にSteve Jobs Theaterで開催されたスペシャルイベントで、雑誌、ゲーム、クレジットカード、映像の各種サービスを披露したが、ここで必ず掲出していたスライドに「プライバシーとセキュリティ」という文字が入っていた。
Appleはユーザーが消費するコンテンツやユーザーの支出のデータを集めておらず、デバイス内に保持して処理し、レコメンドや集計などを行うと繰り返し説明している。
雑誌の記事の自動的のおすすめや、クレジットカードを使った店舗のカテゴリの割り出しや店の地図を表示させる機能も、クラウド側ではなくiPhoneの中で処理される。さも、他のストリーミングサービスやクレジットカード会社が、データを収集して分析や収益化を行っていることを消費者に知らせようとしているとすら思わされる。
Appleはそうしたプライバシーの運用ポリシーを敷いているだけでなく、ハードウェア、ソフトウェアの面からも、デバイスで個人情報を守ることに腐心している。
たとえば、A12 Bionicに毎秒5兆回の機械学習処理を実現するニューラルエンジンを搭載したのも、iPhoneの中にあるデータをデバイスで機械学習処理し、ユーザーに有益なフィードバックを行うためだ。チップを自社設計するため、PA Semiを買収し、さまざまなチップを内製化してきた。
またデバイスのセキュリティを高めるため、指紋認証から顔認証へと移行させ、そのためにTrueDepthカメラを構成するパーツを製造可能なサプライヤーへの投資も行った。
Appleの開発には、ユーザー中心のあるべきデザインを施すこと、ただ動作してユーザーの役に立つこと、環境に最大限配慮することと並んで、プライバシーを保護することが前提となっていることが分かる。
Appleには、プライバシーを担当するエンジニアと法務チームがあり、それぞれが議論を行いながら、Apple製品やサービス全体のプライバシー施策を方向付けている。そう聞くと、法務チームがエンジニアチームのチャレンジを制限するブレーキ役にも見えるが、実際そうではない場面も多々あるという。
例えば地図アプリで、匿名化された場所のデータのタイムスタンプを取得することについて、法務チームは合法的だと判断したそうだ。しかしエンジニアリングチームから、そのデータを取らなくても、地図アプリの機能改良に生かせるとして、取得するデータから排除したという。
そうしたプライバシーに取り組む各チームは、4つのポリシーを敷いているそうだ。
この中でハッとさせられたのは、最小限の個人データ収集だ。
iPhoneを使っていると、地図、写真、ウェブブラウザSafari、そしてパーソナルアシスタントSiriに至るまで、各アプリでログインを求められない。地図は自宅の場所、勤務先、カレンダーの次の行き先を自動的に把握し、写真はメモリーに束ねられて検索可能になるのも、iPhoneが夜の充電中に行っている機械学習処理の結果だ。あるいはSiriがデバイスの情報を使って賢く案内してくれる。
他のサービスを見ると、必ずログインをした上でデータを端末外に送信しながら、さまざまなインテリジェンス機能を提供している。見過ごされがちではあるが、スマートフォンの基本機能をログインなしにパーソナライズできるのも、デバイスレベルから個人情報を外に出さない前提で作られているiPhoneならではというわけだ。
Appleの特に機械学習分野、人工知能分野のサービスやアプリは、GoogleやAmazonのそれに比べると、あっと言わせるサービスがあるとは言えない。Jobs氏が言うように、古くさい考え方でプライバシーを守っていることが邪魔している、との見方もある。
その一方で、今後、より多くの個人的なデータ、例えば金融に関する情報や健康に関する情報をスマートフォンに託す際、プライバシーを気にする人にとっての選択肢として、Appleの存在は貴重なものになるかもしれない。
あるいは、すでに医療データについては、iPhone以外に任せられないという評価が決定されているかもしれない。今後スマートフォン低成長時代において、Appleのセキュリティのブランドは、ユーザーを維持し、さらに伸ばしていく上で重要な武器になっていくことになるだろう。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス