朝日インタラクティブが運営するITビジネスメディア「CNET Japan」は2月19〜20日の2日間にわたり、ビジネスカンファレンス「CNET Japan Live 2019 新規事業の創り方--テクノロジが生み出すイノベーションの力」を開催した。
ここでは、atama plus代表取締役の稲田大輔氏による講演「成績を“2倍”にする驚異のAI教材『atama+』はいかにして生まれたか--CNET Japan副編集長が聞く」の模様を紹介する。モデレータはCNET Japan副編集長の藤井涼が務めた。
稲田氏は、東京大学大学院 情報理工学系研究科を修了後に三井物産に入社し、2年目で広告の新規事業を立ち上げた。その後、ブラジルでベネッセと教育事業を立ち上げ、現地に5年間駐在しながらベネッセブラジル執行役員や、現地EdTech事業会社の執行役員などを歴任した。そして、2017年に大学時代の同級生たちとともにatama plusを創業した。
atama plusは、生徒一人ひとりの学習状況をAIで分析し、個々の専用レッスンを提供するタブレット教材の「atama+」を提供するEdTechベンチャーだ。ブラジルで教育事業を展開する中で、教育現場で生徒たちがタブレットやPCを持ってグループディスカッションをしている様子を目の当たりにし、日本の教育を変えたいという思いから起業したという。
「様々な国の教育を見てきたが、世界は変わっているのに日本はそのまま。先生が黒板の前で一方通行で全員に同じ授業をしている。150年前と変わらないやり方ではこれからの社会で活躍する人材は作れない」(稲田氏)。
稲田氏はこれからの教育について、「基礎学力の習得も必要だが、プレゼンテーション能力やコミュニケーション能力、ディスカッション能力などの社会でいきる力との両方を習得させるべき」と説く。ただし、現状では学校や塾の現場にそのような時間はないため、テクノロジやAIを活用して基礎学力の習得にかかる時間を半分以下にして、余った時間を社会で生きる力の習得に充てるという新しい教育の形を提唱している。
atama+を使った学習では、タブレットの中にAIの先生がいて、生徒の習熟度や学習履歴、解答にどれくらい時間がかかりどんな時に集中あるいは忘れるかなど、取得したデータを集計しながら個々に最適な教材を作る。つまり、教育をパーソナライズする。
atama+は、先生の役割も変える。今まで先生は、知識を教える「ティーチング」と、叱咤激励する「コーチング」の両方を担っていた。これをAIがティーチング、先生はコーチングと役割分担する。教室で一人ひとりにAIの先生がつき、個々の強いところ弱いところを見極めて個別学習させ、人間の先生は勉強の仕方を見るようにする。目指すところは、「AIと人のベストミックス」(稲田氏)による教育だ。
ティーチングアプリは、例えば物理の勉強をしているときは、目標を決めると、「今はもっと基礎的な単元の演習問題を解いた方がいい」などの学習テーマを画面上でレコメンドするほか、物理と数学は結びついているので「今は物理より数学のこの部分をやるべき」など、学習状況や理解度を踏まえてその生徒が今勉強すべきことを自動的に提示する。
コーチング用のアプリでは、どの生徒が何を勉強していて、何に躓いているか、タブレット上でリアルタイムに把握できる。それだけでなく、誰々が問題に正解する間近だというアラートも出る。これにより、「できたときに褒めてもらうと人は伸びるもの。できそうな段階がわかり、『ほめる準備をしましょう』という指示が出て、できた瞬間に生徒を褒めてあげられる」(稲田氏)という。ほかにも「この生徒は不正解時に解説をきちんと見ていない可能性がある」などの情報も表示されてフォローもでき、生徒それぞれの効果的な学習を支えられる。
現在はZ会、栄光ゼミナール、学研グループ、駿台グループなどの塾で採用されており、センター試験の数学I Aで100点満点の試験で、2週間勉強した生徒の得点伸び率の平均が約1.5倍になるといった成果が出ている。通常の学習方法に比べると、学習成果は2倍以上になるという。
稲田氏は、大企業で複数の新規事業を立ち上げ、その後に起業するという道を歩んでいる。もともと大学時代から新規事業に興味があり、東大では起業やスタートアップを学ぶプログラム「アントレプレナー道場」に参加。お笑いの新規事業を考えてコンテストで準優勝するなど素養はあった。ところが、社会に出てみると実ビジネスにそれまでの経験を生かせなかった。
そこで「机上の新規事業案ではなく、お金を出す人の気持ちを感じてから新規事を作ってみよう」(稲田氏)と広告関連の子会社への出向を志願し、「ドブ板営業」に身を投じる中でお客の気持ちがわかるようになり、ようやく事業の立ち上げに至ったという。
当時の新規事業の内容は、大企業の食堂のトレー上に広告を打つというもの。事業化したのはよかったものの、1人目のお客さんにあっさり広告の紙を捨てられてしまった。もともと稲田氏が新規事業作りに興味を抱いたのは、「人を笑顔にするための大きな枠組みを作るため」だったが、そこに自らが求めていた人の笑顔はなく、最初の新規事業開発で挫折を味わうことになった。
本当にやりたいことは何かを考える中で、日本は経済的に豊かなのに自殺率が高い不幸な国であることに気づいた。逆に当時、幸せと感じていると答える人のランキング1位がブラジルで、貧富の差も激しく、経済的に豊かでないのに幸せと答えられる人が多い理由を探るため志願してブラジルへ。現地で生活する中でブラジル人は幼少期の過ごし方が違うと感じた。
そこで「日本人も幼少期の過ごし方を変えるとハッピーになれるのでは」(稲田氏)との考えから、社内で新規の教育事業を企画し、ベネッセと一緒にブラジルで教育事業を立ち上げた。その際に、教育とポルトガル語ができるのは稲田氏だけだったため、責任者に抜擢された。
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